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竜眼公の日常  作者: 伊簑木サイ


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異獣狩り6

 うちのルーシェはそれほどかわいいのか? いや、俺はかわいくってしょうがないのだが、それは、


「ウルム卿、同鱗でなくても竜殺しの子ならば、そんなにかわいいものか?」


 ――それともルーシェだから、なのか。

 その可能性に、ゾッとした。彼らが無意識に性別を嗅ぎ分けているのだとしたら。


「え。ええと、はい。同鱗ではなくてもかわいいです」

「へえ、そういうものか。俺は領地を出たことがないから、他の幼い竜殺しを見たことがないんだ」

「その……、うちで面倒を見ている幼い竜殺しは、事情が事情ですので、不安そうだったりぼんやりしていることが多く、そういうのを見ると、よけいに面倒を見てやりたくなるし、かまってやりたくなります」

「それは卿だけではなく?」

「はい、そうです」


 続けて何か言いそうに口が開いたが、ピタリと動きが止まった。考えるように目がうろうろした後、口を閉じる。まあ、たぶん、ユニス卿の話でもしようとしたのだろう。彼も子供好きだからルーシェに会いたがった、とかなんとか。でも、彼の話を出したら、俺が不機嫌になるだろうと思ったに違いない。その通りである。ユニス卿のユの字も聞きたくない。


 ルーシェが噛んでいた物を全部飲み込んだようなので、水袋をさし出した。胸元に落ちている食べくずを払ってやる。付いたままにしておくと、虫がたかるからな。教えた運動――屈伸したりぴょんぴょん跳びはねたり――をしはじめたので、またウルム卿に向き合う。


「実は卿を呼び寄せたのには訳がある。この先、何者かにより罠が張られている」

「承知しました。気を引き締めてまいります」


 ここまですんなり言うってことは、やはり護衛のつもりで来たのだな。ウルム卿なら義憤に駆られて、「いったい誰が」だとか「どうしてそんなことが」だとか言いそうなものなのに。

「……つかぬことをうかがいますが、隊の後方におりました私には、敵の気配を察知できなかったのですが……」

「ああ、無理もない。目印を付け変えられていただけだからな」

「目印? ……あ。木に布が縛りつけられていたあれですか?」

「そうだ。領民が森に入る時のために、危ない場所を示したり、迷わず帰れたりするよう、設置してあるのだ」


 異獣狩りの間は一般人の森への立ち入りを禁止しているが、我々がこの付け変えに気付かなければ、本格的に冬支度をするこれから、遭難者が出たかもしれない。まったくもって許しがたい。


「こんな奥にまで人が立ち入るのですか」

「まだ昼前だ。ここから戻っても日が沈む前に戻れる。日帰り範囲は生活圏だ」


 ウルム卿があぜんとしている。他から来た者には、ずいぶん森深くに感じられるのだろう。

 そういうのはよくあって、他所から来た盗賊がこのあたりに棲みつこうとしたり、死体を捨てたりする。


()(もの)を放置しておくわけにはいかない。

 誘導されている方向から考えると、罠が張られているのは、この先の狭い谷間だ。流れ落ちる小さな滝で行き止まりになっている。そこへ誘い込んだ上で、両側の斜面の上から弓で狙うつもりだろう。

 そこで、待ち受けている賊を、二手に分かれて処理する。一隊は俺が、もう一隊はレンが率いる。卿にはレンの隊に入ってもらいたい」

「いいえ。私に閣下の護衛をお許しください」

「いいや。俺も卿と同じ危惧を抱いている。……おそらく竜殺しが来ている」


 彼は答えなかったが、そのまなざしが答えになっていた。


「だからこそ、卿には俺とは別に行動してもらいたい。どちらにいるかわからないそいつを、確実に殺す必要がある。……卿には荷が重いか?」

「そんなことはございません!」

「ならば、任せる。

 賊は森で遭難したことにしたい。そのためにも、証言できる者が残るのは都合が悪いのだ。一人残らず殺してくれ」

「……は。承知しました」


 彼の硬い表情が気になる。もしかしたら、人を殺すのが初めてなのかもしれない。まっとうな感覚を持った竜殺しなら、守るべき対象である人を殺すのに、忌避感があるのは当然だ。だが、今は。

「奴らは明確な意思を持って俺を殺しに来た。森に施す目印の意味を知っていなければ、誘導はできない。下調べしてこの時を待っていたのだ。俺はそのような(やから)に、慈悲を与えてやる気はない」


 はっとしたように俺を見つめ返し、ウルム卿は勢いよく頭を下げた。


「閣下のお望みどおりの戦果をお約束いたします」


 ようやく足を引っ張らなさそうな面構えになってくれて、レンと密かに、「なんとかなりそうだな」と目配せを交わした。




 偵察の報告によると、賊は両の斜面に三人ずつのみ。全員、帽子とマスクを着用しており、髪色も鱗も確認できなかったとのこと。


 竜殺しの髪色で、どこの領国がちょっかい出してきているのかわかると期待したんだが、さすがに隠していたか。殺した竜に由来するので、人の髪では有り得ない色が多い。うちみたいに白でも独特な光沢で、人ではないと見分けが付くくらいだ。


 総勢六人という少人数なのも、一騎当千の竜殺しがメンバーに入っているとすれば、隠密行動なのもあって、当然と言えば当然だ。ただ、その当然という思い込みを餌に、もっと広範囲に多くの伏兵を配置して罠を張っている恐れがある。そのため念入りに索敵させ、他にいないのを確認させた。


 道案内のサミュエルには、相棒のハールと、滝の上で隠れていてもらうことにした。一般人だからな。

 それ以外は二手に分かれて、大回りして斜面の背後に出た。


 少しずつ離れて待機している賊三人を、それぞれ目視する。うん、やはりどれが竜殺しかわからない。

 ただ、谷の入り口に近い場所に陣取るのは、逃走者を逃がさないために、射手として優秀な者だろう。竜殺しがいるとしたら、そこか真ん中だろうな。弓矢で始末できなかった時には、白兵戦になる。奥に陣取っていれば、入り口方向へ逃走者を追うことになる。確実に全員狩るつもりなら、奥へと追い立てなければいけないからな。


 奥の賊は隊員に任せ、手前の賊に短剣を抜いて忍び寄った。残り五メートルほどを残したところで、足下の枝を踏み折り、ポキンと音が立った。ピクと賊が身構えるより先に地を蹴って踏み込み、口を押さえて首をかき切る。……つもりが、勢い余って首があらぬ方向へ曲がった。もろい。人だ。


 ビュッと風がうなり、考えるより先に後ろへ跳んだ。地に足を着いた眼前に、人影が迫ってくる。みぞおちをえぐるように短剣が襲ってきて、体をひねってぎりぎりでかわしつつ、相手の腕を絡め取った。速い。こいつが竜殺しだ。


 関節を極め、俺も短剣を突き出す。しかし極めた方向にくるりと飛ばれ、拘束を解かれた。

 いったんお互い距離を取る。仕切り直しだ。


「なんだ、本当に子供じゃないか。成人間近じゃなかったのかよ。それに背中のはなんだ。どうして幼いのをこんな場に」


 見くびった軽口を装った口調が、話せば話すほど動揺をあらわにしてるように聞こえた。


 基本的に竜殺しは、成人前の竜殺しに甘い。そう聞いている。同鱗でなくても己のテリトリーに入ることを許すし、かわいがる。ヴァユの奴らも、ルーシェをかわいがりたくてたまらず、羽目を外した行動をとるほどだし、ウルム卿があんな暴言を吐くくらいには、強制力のある習性なのだろう。


 ランダイオの竜殺しと対峙した時には、べつに感じなかったから、どの程度なのかと思っていたんだが……。


「こちらは始末しました!」


 奥の敵を片付けた隊員の声に、状況を把握したのだろう、竜殺しが背をひるがえし、斜面を下りだした。その斜面を、ウルム卿を先頭にレン達が駆け上ってくる。


「ウルム卿! そいつが竜殺しだ! 逃がすな!」


 おう! と答えて、張り切って斬りかかっている。敵もさすが年長者で、巧みに受け流し、逃走を続けた。……が、その一拍にも満たない足止めでじゅうぶんだった。

 俺も斜面を飛び下り、後ろから敵の足を払って突き倒した。起き上がる隙を与えず肩甲骨の間に膝をついて頭を押さえつけ、首に短剣を突き立てる。


 この程度で竜殺しは死なない。すぐに引き抜き、次は頸椎を砕くためにナイフを逆さに持ち替え、柄頭に左手を添えて、力いっぱい突き下ろした。

 足掻いていた腕と足が、ぱたりと力を失う。念のため、刃が隠れるまで押し込み、掻き切るように引き抜いた。


 立ち上がり、敵の体の下に足先を入れる。蹴って仰向けにさせると、見開いた目に生気はなかった。そこでようやく、竜殺しから離れた。

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