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竜眼公の日常  作者: 伊簑木サイ


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異獣狩り5

 翌朝は昨日より早く、日が昇る頃に城を出た。猪の異獣を二頭狩るために、昨日より奥まで入り、数泊する予定だ。

 森の入り口に、ウルム卿と成年男性――朱色の髪をしている、ヴァユの竜殺しだ――が立っていた。俺を見て、揃って礼を執る。無視をしていくわけにはいかないので、仕方なく立ち止まった。

「昨日はご苦労だったな、ウルム卿」

「同行させていただき光栄でした。……お許しいただけるならば、我が同鱗を紹介させていただきたいのですが」

「うん。願ってもない。二人とも顔を上げてくれ。」

 ランダイオとの仲裁に行ってきたのだ。ヴァユの竜殺しが、若輩のウルム卿一人のわけはない。少なくともあと二人はいるはずだと踏んでいたのだが。

 朱色の長髪がサラリと揺れ、ほとんど鱗のない整った顔が現れた。目の下に一つと唇の端近くに一つ。ほくろのようなそれがまた、彼の容姿を華やかにしていた。他の鱗は服の上からではどのへんにあるのかわからなかった。

「こちらは、ユニス・ケマルです」

「ユニス卿、会えて嬉しく思う」

「武名高きエヴァーリ公に拝謁が叶い、まことに光栄にございます」

「卿とその部隊のものだという猟果を見た。一帯の異獣は狩り尽くしてくれたと聞いている。感謝している」

 ヴァユには面倒な(ねずみ)の異獣を丸投げした。ちょうど発生の一報が入ったのだ。猫ぐらいの体躯に強力な歯で何でも――草木も建物も生き物も――囓って、手当たりしだいに丸坊主にしてしまうから、早い対処ができて助かった。……雑魚を押しつけやがってと思われているかもしれないが。

「お役に立てたのなら幸いにございます。閣下こそ、あれほどの異獣を一撃で倒されたと聞いております。感嘆いたしました」

「まだ二日ある。卿らも狩りを楽しみ、存分に活躍してくれ」

「ご期待に添えるよう精進いたします。……ところで、一つお願いが」

「なにか」

「僭越ながら、お背中の幼き竜殺しにも、ご挨拶するお許しを願えますか?」

 横に控えているレンに視線をやる。俺の背中を見て、横に首を振っている。……そうだよなあ。寝ぼけ眼のぐでんぐでんなルーシェを無理矢理着替えさせて、おんぶしてきたのだ。

「またの機会にしてもらえるか。まだ寝ている故、起こすにしのびない」

「重ねてお願いする無礼をお許しください。互いに竜殺しの身なれば、次はいつお目にかかれるかわかりません。せめてお顔だけでも拝見することは叶いませんでしょうか?」

 しつこいな! 竜殺しがいくら子供好きだからって、……ウルム卿か。ユニス卿の横でそわそわしていやがる。あいつ、昨日のことを大仰に話したな。

 エヴァーリの新しい主となった俺の話を、ヴァユの連中は聞きたがったに違いない。俺の話をすれば、ルーシェの話もすることになっただろう。一日中背負っていたわけだし。それで好奇心を刺激されたってところか。

 物理的に、願いをつっぱねることはできる。俺は城主で、相手は一介の竜殺しだ。だけれど、ヴァユの女王に重用されている竜殺しに、たいしたことでもない願いを礼儀正しく請われて無下にするのは、俺の城主としての度量を問われる。

 ……しかたない。

 レンに手伝ってもらって、おぶい紐をはずし、ルーシェを腕に抱く。(ひと)(かど)の竜殺しに背後を覗き込まれるなんて、まっぴらだからな。

 ユニス卿に向かってルーシェを少し見せるようにすると、近寄ってきて、屈んで見る。とろんと表情がゆるみ、ああ、とも、はあ、ともつかない息をついた。ゆるやかに両手を伸ばしてきたかと思うと、自然な態度でルーシェを抱き取ろうとしたので、右足を引いて視線をさえぎり、立てた槍の影に入って牽制した。身構える。

 彼のまなざしがギラリとしたものに変わった。今にも飛びかかってきそうだ。

「ユニス(にい)

 ウルム卿があわてたようにユニス卿の腕を取った。ん? と不思議そうに目をまたたき、ウルム卿を見て動きを止めた。それからゆっくり俺に視線を戻す。その瞳から剣呑な色は消えており、すっと片膝を地についた。

「ご無礼をいたしました」

 言い訳は出てこなかった。上の身分の者にしつこく願い、聞き入れた相手に近付いて、殺意を見せたのだ。どんな言い訳も許す理由にはならない。

 もっとも、他意はないのは見て取れた。ルーシェに見惚れて、かわいさのあまり抱っこしようと無意識に手が出ただけだろう。だが、それを邪魔されたからといって怒りを見せるのは、失礼にもほどがある。

 あー、もー、面倒くさいな! 失態を許す理由を、なぜ俺が探してやらなければならない? 今度という今度は、ほとほと嫌気がさした。

「下がれ。二度と顔を見せるな」

 これ以上絡むなら、ぶちのめす。

 ユニス卿は一度深く頭を下げ、そのまま顔を上げずに立ち上がると、何歩も後ずさり、間合いから抜けたところでもう一礼して、去っていった。


 ウルム卿はグズグズと何か言いたそうにしていたが、断固として拒絶した。元はと言えば、こいつが無礼をはたらいたからだ。これ以上、なあなあで済ませてやる忍耐は残っていない。()(かつ)が服着て歩いているような奴は、近付くな。

 やがて彼も諦めて深く礼を執り、立ち去った。


 ……かと思ったんだが。


「ギルバート様、ウルム卿らしき者がついてきています」


 レンからの報告に溜息をついた。

 ……これは確定だな。ウルム卿がついてきているのは、ただ償いのためだけではなく、彼以外の誰かの意向があるからだ。あいつ、そこまで無神経でも図々しくもない。ヴァユとして必要だからそうしているのだ。


「使いを遣って、合流しろと伝えてくれ」


 ヴァユのおかげで、城の警備を気にせずに異獣狩りができている。本来だったら、ケイがおらず、父も重傷を負い、俺も狩りで城を空けるとなれば、絶好の襲撃の機会なのだ。


 けれど城を狙えないとなれば、残る攻撃目標は俺だ。城を出て少人数で行動しているとなれば、なおさらだ。狙うのが楽だし、異獣に襲われたように装えば、犯行をごまかすこともできる。

 そんな俺を、そんなに護衛したいというのなら、やってもらおうではないか。


 休憩して待っていたら、申し訳なさそうにウルム卿が現れた。すぐに片膝をついて畏まる。


 ルーシェがおやつを食べながら、不思議そうに俺と彼を交互に見た。

 そうだよな。昨日は仲良くなって別れたのに、急にどうしたのかと思うよな。


「畏まらなくていい。顔を見せるなとは言ったが、卿に言ったわけではない」

「今朝はたいへんなご無礼をいたしました!」

「ああ。わかっているなら、もういい。あいつを俺に近づけるな」

「承知してございます」

「ところで、合流するからには、俺の下で働いてもらうことになるが、それでかまわないのだな?」

「もとよりそのつもりです」

「ならば、卿にはこの部隊の護衛を申しつける」

「喜んで拝命いたします」

「まずは休憩を取れ」

「は」


 ウルム卿、やればきちんと礼儀にかなった言動が取れるんだよな。公の場で、あんな暴言をわざと吐くような性格とは思えない。


 ユニス卿の性格は知らないが、初対面ではわきまえた挨拶をしていた。大人の余裕はあっても、こちらを侮る感じはなかった。


 なのに両人とも、なぜ、ルーシェが絡むと、とたんに理性が飛んだとしか思えないことをしだすのか。

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