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竜眼公の日常  作者: 伊簑木サイ


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女王8

 ……それから。こちらには誰も寄りつかなかったので、なんとなくウルム殿とサシで飲んでいるうちに、うっかり酒をすすめすぎて、酔い潰してしまった。気付けば、周囲もいい感じにできあがっている。


 父上はいつも、こうなる前に下がっていたっけ。上の者がいると無礼講にならないからって。

 さっさと廊下に出ると、柱の陰で、家令(サマル)が配膳係と話しているのを見つけた。


「どうした、何か問題でも?」

「いえ、ワインを漉すのが間に合わないというので、とりあえず麦酒を増やすようにと、指示していたところです」

「そうか。突然、酒蔵を開けるなんて言って、悪かったな」

「なんの。我らの仕事は、御城主が存分に采配をふるえるようお支えすることです。お見事でしたよ」

「ありがとう。俺はこれで下がろうと思うが、後は任せて大丈夫か? 酒が足りないなら、ひとっ走り行って、他の食料庫から持ってくるぞ」

「後のことはどうぞお任せ下さい。御城主になったのですから、軽々しくそういうことはなさいませんように。特にお客人の目がある間は」

「わかった、任せた」


 降参だというように両手を上げてみせる。そのとおりなのだ。ちょっと考えればわかるのに、どうしても俺は考えなしなところがある。


「女性陣はもうお下がりになりまして、大奥様から、ルー坊を預かっていると言付かっております。寝ないで待つと言い張っているそうで」

「それは早く迎えに行かないといけないな」


 廊下は急ぎ足で、階段は五段飛ばしで駆け上がった。フロアの入り口に立つ兵士に手を上げて挨拶し、両親の寝室前で一応身嗜みを整えた。丁寧にノック。


「ギルバートです」


 少し待つと、内側から静かにドアが開けられた。


「ルーシェは寝てしまったの。頑張っていたのだけれど」


 ソファに座ったまま、肘掛けに斜めにもたれかかっている。首がもげそうなほど傾いでいて、幼児の体のやわらかさに苦笑した。

 あ、そうだ、連れて行く前に。


「母上、さきほどはありがとうございました。ラダ様のご様子はどうでしたか?」

「頭を抱えていらっしゃいましたが、あなた自身はこれっぽっちも気にしない性格だと説明して、ご理解いただきました。……そこでホッとした顔をするのは、浅慮というものですよ」


 う。何が悪いのかわからなくて、返事ができない。


「主君が()()にされて、心穏やかでいられる臣下はいません」

「それについては、ウルム卿には罰として異獣狩りに出るよう申しつけました。ついでに、狩りの成果を貴婦人に捧げると宣言し、ヴァユの兵にも参加するよう呼びかけました。これで、ヴァユ側からの贖罪と、ラダ様の名誉も回復できるのではないかと。

 それで、お二人にご相談したいことが。褒美はどのような物が良いでしょうか」


 まさか本当に異獣の死体を貴婦人に渡すわけにはいかない。異獣の毛皮は美しくないし、毒に侵されていて肉も食えない。昆虫類ならなおさらだ。丈夫な素材は取れるんだが。


 だから狩りの成果を捧げるとは、最も多くの異獣を狩った者に褒美をとらし、その者が褒美を貴婦人に捧げる、という形になる。つまり、褒美は貴婦人が好む物がいい。


「もちろんおまえは、母に最高の栄誉を捧げるつもりだろうな?」


 ベッドの中で起き上がっている父上に聞かれる。寝てないってことは、だんだん体力が余ってきている証だ。よかった。


「はい。幸い、熊や猪の異獣の出没情報が入ってきていますので、私の獲物にしようかと」


 ヴァユには、群れやすく狩りやすい異獣の情報を渡すつもりだ。獲物が山となれば見栄えがするだろう。


 アリの異獣は猫くらいの大きさになるし、群れて厄介だ。ムカデも人ほどの大きさで、毒を持っていて面倒だ。クモはベトベトの巣の中にいて、うっかり巣に囚われると大変なことになる。そういうのを人海戦術で狩ってもらえると助かる。


 対してこちらは、量より質でいく。実はそれほど強くないんじゃないかと大勢の前で疑われたのだ。強い異獣を狩って、黙らせる。


「褒美は私のほうで選んでおくわね」

「お願いします」


 父上に、来い来いと手招きされた。ベッドの脇に置いてある椅子に腰掛けると、また来い来いとされる。内緒話だろうか?


 身を乗りだしたら、ぐっと頭を上から押されてベッドに押しつけられた。わしわしと頭を撫でられる。


「俺達の反応をうかがわなくていい。本当にまずいときは、まわりが止めてくれるはずだ。自信などいつまで経っても付くものではないぞ。誰も未来を知ることはできないのだからな。むしろ自信があるときは己の慢心を疑ってみろ。

 いつでもその時に最良と思う選択をしていくしかないんだ。その先のことは、その時に選ぶしかない。俺は毎日その繰り返しでやってきた」


 うー、恥ずかしい。自信がなくて、さっきの俺の采配はどうだったかと聞きたいと思っていたのを見抜かれてた。俺の判断をいちいち採点してもらうのは違うってわかっているから、聞かなかったけれど。


 ……と考えてないと、父上の気遣いに泣きそうだった。ここ何年も厳しく次期城主として指導されてきて、すっかり忘れていた。昔は抱っこされて、よく頭を撫でられていたっけ。


「あの時は、城主の任を渡すだけで精一杯で、心構えやらなにやら話してやれなかったのが心残りでな。まあ、俺の背中を見て育ったんだ、心配は全然してなかったんだが。言えなくて後悔したから言わせてもらった」


 父上の手が離れた。少しおどけた声音が降ってくる。


「もうこんなご無礼はいたしません、御城主様」


 こんなやりとりは、これっきりなんだろう。……父上にそう思ってもらえているのなら。


 なるべくたくさん息を吐いて、大きく吸って、身を起こす。


「父上にはやってもらわなければならないことがたくさんあります。一日も早い復帰をお願いします」

「承知した」


 席を立つ。ルーシェのところに行った。起こさないように、そっと抱え上げる。寝間着に着替えさせてくれてある。ありがたい。


「そうだ、異獣狩りにはルーシェを連れて行け」


 思わず振り返った。


「城の警備が手薄になる。俺がこれでは何かあったときに心許ない。おまえのそばが一番安心だろう。それに、そろそろ狩りの仕方を教えてやってもいい頃だ。おまえのことも、よく連れて行ってやっただろう?」


 最初のうちは、たしか、背負われるというか、途中で落っこちないようにくくりつけられていたんだよな。父上が急停止したり方向転換したりするたびに振り回されるのが面白かった。足場を飛ぶ時の方がスリル感はあったが、狩りには多くの人々と参加している楽しさがある。きっとルーシェも喜ぶだろう。


「わかりました。そうします」


 就寝の挨拶をして部屋を出た。俺達の――城主の――寝室はもう少し奥だ。

 この廊下へ入れるのは階段からだけで、そこに警備の兵が立ち、松明が焚かれている以外は、明かりはない。

 竜眼は暗くてもそこそこ見えるから、手持ちのランプはいらない。両手がふさがっているこんなときは、竜眼は便利だ。


 ルーシェは健やかな寝息を立てていた。


「明後日は、狩りに連れて行ってやるぞ」


 己の低い囁き声が耳に届いて、ひやっとした。立ち止まってルーシェの様子を窺う。この話を聞いたら喜ぶだろうなと考えていたら、うっかり口に出てしまった。……目覚める気配はない。よかった……。

 こんな時間に興奮させたら、なかなか寝付かなかっただろう。……だけど、喜ぶ顔が見たかった気もして。


「それは明日の楽しみにしておかないとな。……おやすみ」


 声にはしないように、苦笑交じりに口の中で呟いた。

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