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女王5

「おお、ヴィルジール様! 快復されたのですね。なんとめでたいことでしょう! 偉大なるイスヘルムのご加護に感謝を!」


 晩餐の席に父を見つけた女王は、そう言祝いだ。


「ランダイオとの交渉にあたってくださり、誠に感謝いたします。このご恩、このヴィルジール、必ずお返しいたします」

「水臭いことをおっしゃいますな。エヴァーリとヴァユは兄弟も同然。エヴァーリの苦しみはヴァユの苦しみ。喜びもまた同じです。お力になれたのなら、これほど嬉しいことはありません」

「重ね重ね痛み入ります」


 二人ともニコニコしているが、父上個人が恩返しすると言ったら、女王は「エヴァーリとヴァユ」と、すかさず返してきた。父上も父上だが、女王も女王だ。

 二人の鉄面皮ぶりを、しっかり勉強しておかなければ、と思った矢先、ふっと二人の雰囲気が柔らかくなった。


「すっかりいつものヴィルジール様ですね。安心しました」

「まだこのていたらくですがね。お手柔らかに願います」


 なくなった腕の袖を揺らし、父上が肩をすくめる。


「ご子息はご立派に城主の務めを果たしていらっしゃいますよ。エヴァーリはこれからも安泰でしょう」

「ラダ様のお眼鏡に適ったとは。嬉しいことです」


 二人に視線を向けられ、俺もとっさに笑みで応えた。笑顔が引き攣ってないといいんだが……。


「私がランダイオから預かってきた者を、ヴィルジール様にも直接お目に掛けられ、肩の荷が下りた心地です」


 そう前置きした女王は、振り返って「いらっしゃい」と、後ろに控えていた子供を呼んだ。


「ランダイオ城主の嫡子、アークリッド殿です」


 御城主とその御家族にご挨拶を、と促されたその子は、一瞬も目を上げることなく、片膝をつき、深く頭を下げた。


「アークリッド・ロンダールにございます。この度の、青の竜殺しが起こした暴挙について、ランダイオを代表して、深くお詫び申し上げます。また、あの竜と竜殺しを討ち果たしてくださったこと、並びに、我が領への寛大な処遇に、深く感謝いたします」


 十二才でこれだけの挨拶ができるとは、見上げたものだ。父親と同じく、取り繕うことが上手いだけかもしれないが。


「立って、顔を見せてくれ」


 そう声を掛ける。素直に従うが、やはり伏し目を崩さない。


「目を上げて、こちらを」


 それでようやく目が合って――、ビクリと体を強ばらせる。その子がゴクリと音をたてて唾を飲み込んだ後に、続く呼吸が浅い。怖いのだろう。異形としか言えない、この竜眼が。


 縦に瞳孔の入った竜と同じ瞳だ。この目を初めて見て、恐れないでいられる者は少ない。誰もが恐怖に顔を歪め、何歩も後退さる。大柄で頭部が鱗だらけのケイを見たときよりも、だ。それを考えたら、後退らず、無表情を保っているのは、頑張っているほうだ。


 ……そんな風に思える自分に、ほっとした。何をしたわけでもないこの子を、ランダイオの血を引いているというだけで、憎くて憎くてどうしても許せないと感じたら、どうしようかと考えていた。


「エヴァーリ城主、ギルバート・レドヴァーズだ。あなたを歓迎する。

 皆、聞け! 我が名において、アークリッド・ロンダール殿に庇護を与える!

 身柄はネイト神官に預けるとする。……ネイト」


 手招きして二人を呼び寄せる。


 もしも俺がこの子を憎く思ってしまったとき、簡単には危害を加えられないように、ネイトに託すと決めていた。戦時に調停役を果たす神官の庇護下なら、この子も少しは気が休まるだろうというのもある。


 二人が挨拶を交わすのを見守り、言い添える。


「ネイトは博識で名高い。よく学ぶといい。いずれ、ランダイオ城主になった時に、彼の教えがあなたの力となるだろう」


 近隣領国が荒れると迷惑を被ると、今回で思い知らされた。この子にはきちんとした教育を施して、絶対に賢明な人物になってもらわなければ。


 アークリッド・ロンダールが、ぎくしゃくとしながら礼の形を取った。


「レドヴァーズ様の庇護に恥じぬ成果を上げられるよう、精進いたします」

「期待している。それと、呼び名はギルバートでいい。レドヴァーズは他にもいるからな」

「では、ギルバート様とお呼びいたします。私のことは、どうぞ、アークとお呼び捨てください」

「……そうだな。わかった。アーク、成人して同輩になるのを、楽しみにしている」


 はっとしたように、アークが顔を上げた。


 そうそう、おまえを苛めるために預かったんじゃないからな! 何年かしたら隣の領の城主になる奴とは、仲良くしておくにかぎるだろう? 七つしか違わないし、同年代なんだから、どうせなら良い関係で長く付き合いたい。


 というのが伝わればいいな、とジッと見つめたら、たぶん、拝命の礼にかこつけて目をそらされた。

 いつまでも異形の瞳を見るのに慣れず、恐怖から俺達を憎む者もいる。そうならないといいんだが……。


「御城主様、さっそくアークリッド様をお連れして紹介にまわってもよいでしょうか?」

「ネイトにすべて任せます」

「ありがとうございます。では、御前を失礼いたします」


 アークもネイトにならって礼をし、まずは俺の横にいる両親とルーシェへ、改めて挨拶していた。


 俺は女王やオーレリア殿と軽い会話を交わしながら、席に案内した。他の面々も席に着くように促し、楽団に音楽を流させる。従僕には酒と料理を運ばせた。


 宴会が始まった。


 父上はこれで下がる。本当なら起きて歩きまわっている体調ではないのだ。こんなところに顔を出さず、回復に努めてほしかったが、今のエヴァーリには若輩者の俺だけという噂が広まれば、そこに付け込もうという輩が現れないとも限らない。どうしても健在であることをアピールしておきたかった。


 急に足下でガタガタという音がして見遣ると、ルーシェが椅子を押していた。


「どうした?」

「椅子が遠いからくっつけてる! ギル様のお口に手が届かないもん!」

「いや、うーん……」


 ヴァユ一行の目が気になる。とりあえず、ルーシェと目線を合わせるふりでしゃがむ。これで少しテーブルの影に隠れられる。


 昼に難しい話は終わっているため、夜は無礼講だ。……無礼講ではあるが、幼児が出席するような場ではない。ルーシェを連れてくるつもりはなかった。


 ところが、ヴァユからルーシェと会える機会を設けてほしいと、強く要望が入った。

 それでしかたなく連れてきた。あの熱望ぶりだと、偶然を装って、探しだして会いかねない。それくらいなら、目の届くところで会わせた方がマシだ。


 そんなわけで、ルーシェの席は、俺と母上の間にして、がっつり囲ったんだが……。


「今日はお客様が来ているから、行儀よく食べようと話しただろ?」

「うん、ちゃんと手じゃなくてフォークで刺すね!」

「それも大事だが、お行儀よくというのは、自分の分は自分で食べるということだ」

「ちがうよ! ギル様にご飯を食べさせるのが、ルーシェのお仕事だもん! 御城主様、じゃなくて、ううんと、えーと、大旦那様、に頼まれたもん! ギル様にご飯食べさせてあげてって!」

「あれは、俺が食事を抜かないよう見張れと言われたんだ」

「ちがうもん! ルーシェがギル様に食べさせるの! 食べさせろって言ったもん!!」


 言ったな。たぶん、それは言った。言ったが、そういう意味じゃない。……と説明するのは、今ここでじゃないな。ルーシェが目にいっぱい涙を浮かべはじめている。泣かないように言葉を尽くして説得するには、時間がない。こんなどうでもいいことで、一所懸命なルーシェを泣かせたくない。


 それに、もう手遅れだよな……。あの大声じゃ、いつもどんなふうに食事しているか、客に聞こえてしまっただろうから……。

 目的としては、それでいいんだが。

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