女王4
「うーん。あなたと話していると、話が逸れていけない。なんの話してたっけ?」
「……竜殺しの求婚。あと、噂がどうとか」
「ああ、そうそう。竜殺しが伴侶を選ぶ基準は、もしかしたら、竜殺しの子を産めるかどうかを、本能でわかるせいじゃないかって噂、知ってる?」
「いいえ」
「エヴァーリは質実剛健だものねえ、真実かどうかわからない噂なんか口にしないか。
うん、まあ、とにかく、そういう噂があるんだ。で、その噂がひるがえって、竜殺しにまったく選ばれないうちは、竜殺しを産めない血筋なんじゃないか、て。初代女王は、婚約間近だと思っていた男が竜殺しになったとたん、振られたし、弟も竜殺しになれずに死んでいるしね」
その噂の何が問題なのかわからない。わからないが、悪い噂だというのは、口調でわかる。
オーレリア殿が肩をすくめて、面倒くさそうに溜息を吐いた。
「べつにそれならそれで、私はいいと思うんだよ。人だからこそ、移動宮廷なんてできているんだし。うちまで竜殺しになったら、他の五家が黙って担ぎ上げ続けてくれるかわからないし。
でも女王は、血筋に欠点があるみたいな噂が、気に入らないんだ。だから、ヴァユの娘が竜殺しと結ばれるのを願っている。
こうやって娘を幼い時から連れ回して、各地の竜殺しに会わせまくるくらいには。つまり、非公式の見合いね」
「……もしかして、俺とも?」
「そう。だけど、あなた、私より宝石のほうが気になっているんだもんね~。笑いをこらえるのが大変だった!」
「いや、我慢できなくて、笑ってましたよね」
「我慢できなくなるような受け答えするほうが悪いと思う」
「あなたの笑いのツボがおかしいと思います」
「ほーら、またそうやって、失礼なこと真顔でサラッと言う」
お互い譲れないとばかりに睨みあい……、おかしくてたまらなくなって、二人で同時に吹き出した。ひとしきり、笑いたいだけ笑う。
しばらくして笑いを収めた彼女は、大きく息を吐いた。
「そんなわけで、相棒続行ってことでよろしく」
「こちらこそ」
どちらからともなく、元来た道を戻りだした。
「もし、あなたに求婚されていたら、女王候補からははずされてしまうところだったから、助かった。
次代が竜殺しで、五家と同列になってしまうと、権力バランスが崩れてしまう。だから、竜殺しを産む娘は、間違いなく候補から除外される」
竜殺しが産める血筋だと証明したいが、跡は継がせないって……。
たった八才の頃から、女王になりたいと目を輝かせて言っていたこの人の夢を、理不尽に握りつぶさずにすんでよかった。
「一応こうやって、努力の跡も見せたし、母もいいかげん諦めるだろう」
「努力?」
呆れたまなざしを向けられる。
「あなたねえ、成人前の竜殺しだからって、迂闊すぎ。年頃の男女が二人っきりって、良くてデート、悪くて逢い引きだぞ」
意味を理解するのに数秒かかった。
そんなこと考えつきもしなかった。けれど、そうか、そういう目で見る人もいるのか? 俺、竜殺しだけど? 人の男みたいに、誰にでも性欲を抱けるわけじゃないらしいんだが?? そもそも、そう言って、ウルム卿を追い払ったのに。
「はい、はい、もういいや。この話はおしまい! 次は、この八年、あなたがどうしていたか……」
「ギル様ーーー!!!」
ルーシェの声が聞こえた。螺旋状の階段にわんわんと反響する。戸惑っているうちに、もう一度呼ばれる。間違いない、ルーシェだ。
「あなたは、そこに。何かあるようなら、上へ行って、見張り台に逃げ込んでください」
オーレリア殿にそう言い置いて、七、八段ずつ飛ばして駆け下りた。
「ルーシェ! どうした!?」
「あ、ギル様、どこ!?」
ぐるっと一周半したあたりで、ルーシェの姿が見える。
「何があった!? どうしてここに!?」
駆け寄り、剣の束に手を掛けつつ、数段先に下りて、下をうかがう。
「ちゃんと一人じゃないよ、大旦那様と一緒に来たよ」
どんっと背中に飛びつかれ、首に細い腕がまわされた。にょっと橫にルーシェが顔を出してくる。
「父上と? 本当か!?」
「うん」
俺はすぐさま、ルーシェをおんぶしたまま駆け下りた。
ぐるぐるぐるぐる下っていくと、一番下の段に、大きな背中が腰掛けていた。
「父上!」
「ギルバート」
「大丈夫なのですか!?」
「目が覚めたから、体をほぐしがてら、こっちの寝室に移動してきたんだが。途中でルーシェがおまえを見つけてな。どうしても行くと言って聞かないものだから」
「よかった!」
膝をついて、父上に抱き付く。うっ、と呻かれ、壁側にしていた左腕の感触がないのに気付いた。あわてて身を引く。
「すみません! 傷に障りましたね……」
左袖がひらひらしていた。腕が入っていないからだ。
俺の視線を見て取って、父上は「うむ」と頷いた。
「早急に義手が欲しい」
「すぐに鍛冶師を呼びます。……いえ、明日にしましょう」
顔色が良くない。ルーシェと一緒に来ないでここに座っていたのも、体力を温存したのだろう。死の淵を彷徨うようなあんな怪我を負って、まだ十日かそこらだ。そもそも、二の城壁から主郭まで上って来たこと自体が無茶だ。当然の顔色だ。
「まずは寝室へ行きましょう。肩を貸します」
「自分で行ける。それより、王女のエスコートがあるんじゃないのか?」
あ。そうだった。ウルム卿に「部屋まで送る」と約束したのだった。
王女のものらしき足音が、コツン、コツンと階段を下りてきていた。
「オーレリア殿に会いますか?」
「いや、晩餐の時にでもまとめて挨拶しよう」
「そうですか。ではルーシェは……」
「ギル様といる!」
突然叫ばれた。耳が痛い。細い腕に、ぎゅううと首を絞めあげられる。これは離れそうにない。
「連れて行くといい」
父上は立ち上がって、案外しっかりした足取りで塔を出ていった。それを見送って――本当に一人で大丈夫か心配だった――いるうちに、彼女が一人で下りてきた。
「ルーシェ殿、初めまして。こんにちは」
おんぶしたままだったルーシェに目を留めて、彼女はお姫様らしい言葉遣いで、にっこりと挨拶をした。
……返事がない。
振り返ってルーシェを見ようとしたんだが、うまくいかない。頬と頬がくっついている。
「ルーシェ、ご挨拶は?」
「……こんにちは」
あれ? なんでそんなに不承不承なんだ?
「ルーシェ?」
今度こそなんとかルーシェの表情を見ようとしたら、顔を引っ込めてしまった。コツンと後頭部に硬いものが当たって、その下が生温かくなってくる。髪に顔をうずめているようだ。
いったいどうしたんだ、珍しい。どっちかというと好奇心旺盛で、人懐こいんだが。
「あなたのことが大好きなのですね」
「兄弟同然ですから」
「竜殺しは、幼い竜殺しをとてもかわいがりますよね。同鱗なら、成人しても仲がいいですし。……幼い頃は、それがうらやましかった」
「人だって同じでしょう?」
返事の代わりに苦笑がこぼされ、歩み寄ってくる。
「……だから、あなたと相棒になりたかったんだ」
すれちがいざまぽつりと呟き、塔の出入り口へと先に立って歩いていく。
どういう意味だ? 姉妹仲が悪くて、苦労しているんだろうか。女王候補として競い合う相手だし……?
言葉の意味を考えているうちに、彼女の姿が見えなくなった。
「おーい、帰り道はどっちー?」
外から迷子寸前な声が聞こえてきて、あわててその後を追った。