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女王2

 女王は母上と和やかに話している。各地でのドレスの流行りについてだ。

 南国の海で採れるネデレク貝で染められた織物が人気なのは、俺も把握している。商隊がちょうどうちを通り、良い実入りになっているから。そちらの街道の保安は抜かりないよう気を配っている。


 女王の娘が来ているドレスも、話題の織物で作られたものだろう。艶やかな赤紫は、彼女の緑の瞳をよく引き立てているし、その瞳と色合いのよく似た緑柱石のネックレスも、装いに映えていた。


 あの石はシュマケル産だろうか。滴るような妖しい光をたたえていて、目が吸い寄せられる。シュマケルの高級品は、なかなかお目にかかれないから、後学のために、ぜひ近くでじっくり見てみたい。珍しくて高い品は、詐欺が多いのが困りもので、それを回避するには、一つでも多く本物を見るしかない。


 じっとネックレスを見ていたら、母上に足を密かに蹴飛ばされた。


「オーレリア様は本当にお美しくなられて。ねえ、ギルバート」

「ええ。ネデレク染めのドレスがよくお似合いです。シュマケルの貴石も、オーレリア殿の瞳の輝きには、霞んで見えます」


 女性を褒める言葉のパターンは、実はまだこれしか習得していない。 

 ドレスの良いところを指摘して、それが似合っていると言い、身に着けている宝石より輝いていると言う。高貴な女性はどちらも絶対に纏っているはずだから、どんな場合もおかしな褒め方になったりしない、らしい。


 なのに、オーレリア殿は口を押さえてクスクス笑いだした。自分でも失礼だという自覚があるらしく、「申し訳、ありません」と笑いの合間に謝罪を搾りだしてくる。


「オーレリア」


 女王が咎める口調で呼ぶと、いずまいを正して、んんっと咳払いをした。


「たいへん失礼をいたしました。八年前に来た時のことを思い出してしまったのです。あの天真爛漫な悪童が、あまりに立派に振る舞われているものですから」

「それはお互い様でしょう」


 天真爛漫な悪童は、彼女のほうだったはずだ。一つ年上の彼女は俺より背が高く、口も達者で、姉貴風を吹かせて、あらゆる悪戯に俺を巻き込んだ。蜂蜜酒で酔っ払ったのも、宴会の真ん中で歌って踊ったのも、もとはといえば彼女の発案で、ウィルバートが止めようとするのを、「弱虫」と嘲って追い払ったくらいだ。


 どうやらすましていただけで、彼女は少しも変わっていなかったらしい。俺の指摘に、「ははは!」と開けっぴろげに笑って、「それそれ!」と楽しそうに瞳をきらめかせた。


「失礼だとも思わないで失礼なことを言うんだから、相棒は! 変わってない!」

「すべての無礼を許すと言ったのは、あなたです」

「だからと言って、おまえの無礼が許されるわけではありません、オーレリア。たとえ幼馴染みといえども、最早気安く接してよい方でははないのですよ。お相手のお立場を考えなさい」


 ピシャリと女王が窘めた。

 オーレリア殿はすいっと立ち上がり、スカートを左手で摘まんで右手を胸に当て、淑女の正式な礼をした。


「たいへんなご無礼をいたしました。申し訳ございません。至らぬわたくしめに、どうかお慈悲を」


 文句のつけようがない優雅さとへりくだった物言いが、返って皮肉に感じる。いかにも彼女らしくて笑ってしまった。


「あなたも変わっていなくて、安心しました。

 ヴァユの未来も安泰ですね、ラダ様」

 

相棒については明言を避けつつ、彼女に好意的なことを示しておく。


 こんなところでわざわざ無礼に振る舞って、そんな約束があったとひけらかすのは、いったいどんな意図があるのか……。いくら相棒の約束をしたからって、無茶振りするなら、一言断りを入れてからにしてほしい。


 なにしろこっちは、女王に口では勝てないから、せめて口車に乗せられて不利な条件を呑まないように、何に対してもすぐに断言するなと言われているのだ。そんな政略初心者に高度な対応を求められても、煮え切らない態度しかとれない。


 そこへちょうど給仕が料理を運んできた。助かった!


「さあ、オーレリア殿、次の料理を共に楽しみましょう」

「ギルバート様の寛大なおはからいに感謝いたします。ギルバート様とエヴァーリにイスヘルムの加護のあらんことを」


 最後に楚々と祈りを捧げて、王女は座った。

 ちょっと珍しい遠方のフルーツの盛り合わせで、場が和む。


 ネイトが各地の神官の様子を尋ねたり、ウルム卿に異獣討伐の話を語ってもらったりと、料理を楽しめる会話が続く。

 腹が満たされ、実のないやり取りに飽いてきた頃、ふと沈黙が落ちた。


「素晴らしいご馳走でした。もてなしに感謝します。……そろそろ、ランダイオとの交渉について、お話ししなければなりませんね」


 女王の言に、俺は手を振って合図をし、大皿を片付けさせた。酒は残し、つまみと、それにお茶も用意させる。その間に、ヴァユもうちも紙束が持ち出されてきた。


「まずは目録を」


 渡された書類を見る。事前に伝えた要望がそのまま通っている。というより、若干多い。つらつらと確認していって、一番下で目が止まった。なんだこれは?


 同席している母上、書記のウォリック、財務のミカにも書類をまわし、見てもらう。


「ランダイオ城主は、暴虐のかぎりを尽くしていた青の竜殺しを殺してくれたことに、たいへん感謝していました。

 近年は、竜の餌として人さえ要求されていたそうで。非力なる人の身ではどうすることもできず、国は蹂躙されるままだったとか。ランダイオに籍を置いていた竜殺しが、エヴァーリにも被害を与えたことは、誠に遺憾に思う、と。ですが、神に誓って、ランダイオはエヴァーリに敵意は持っておらず、同じ被害者であったことをお伝えください、とのことです。

 その(あかし)に、嫡男を賠償が終わるまで人質としてさし出すとおっしゃり、身柄を預かってきました」


 あのクソ城主め、白々しい言い訳に飽き足らず、勝手に人質まで押しつけてくるとは!


「手際を疑うようで申し訳ないのですが、その嫡男だという男の出自の信憑性は、どの程度なのでしょうか?」

「城主夫人が産んだ第一子です。それに間違いはありません」


 ランダイオの城主夫人といえば、たしか、若い頃から何人もの庶子をもうけても結婚はしなかったランダイオ城主が、十五の娘をかっ攫ってきて正妻にしたっていうあれか!? 前回この人が来た時に、大人達がヒソヒソと話していた記憶が……。


 ちょっと待てよ。


「年はいくつですか?」

「七才と聞いています」


 やっぱりな! ほんの子供じゃないか! ランダイオ城主め、クソだクソだと思っていたが、ここまで人でなしだったとは。


「そちらで預からないとおっしゃるのでしたら、こちらで預かってもかまいません。人質は、私が交渉の条件として出したものです。

 ランダイオ城主は信頼するに値しない男です。そんな相手から、わずかなりとも約束の履行を引き出せるとしたら、執着している妻か、それに類するものだけと判断しました。……とはいえ、それすら怪しくはあるのですが。

 ランダイオ側の条件の一番下をご覧ください。毎年一度、城主夫人が人質と面会できる権利を与えました。夫人が望んだことでもありますが、一年に一度は夫人の子供に対する情を新たにさせれば、見捨てさせない一助になるかと」


 あー……。人でなしなことをしたのは、この人だったのか。……そうだな。そういう人だって、知っている。必要ならば、どんな非情なことでもやってのける。だから同盟内で絶大な信頼を寄せられているし、かく言ううちだって、同盟協定以外に、竜に対する特別協定をわざわざ結んだ。


 ……この人は、ただの人なのにな。しかも女性で、俺の腕の一振りで簡単に殺せてしまえる。そんな人に、俺、会った時からずっと気圧されっぱなしだ。いつだって優しく接してくれているのに、どことなく怖い。たぶんそれは、腹の据わりかたが半端ないからだ。


 その人に、今、値踏みされている。この申し出を、俺がどうするかを。エヴァーリの次の城主が、これからも手を組むに値する人物かどうかを……。


 うちから人質を要求しなかったのは、賠償金を払わない――払えない――ならば、相応の領地の割譲を求めるつもりだったからだ。ランダイオにはもう竜殺しがいない。武力行使となれば、こちらに分がある。ハヌーヴァ同盟が出しゃばってきても、大義名分はこちらにあり、いくらでもやりようがある。


 それを、人質によって制約を付けられた。武力行使がヴァユにとって割に合わないと判断されれば、最悪、人質を殺して――暗殺されて――終わり、だ。うちは残りの賠償金をご破算にされ、ヴァユは新たな紛争に悩まされることはなくなる。


 うちのために骨を折ったみたいな言い方をしているけれど、決してそうではないんだよなあ。どっちかっていうと、ヴァユのため。すがすがしいほど、すべてはヴァユの利益に帰結している。


 ウォリックから書類が返ってきて、目が合って頷かれる。特に問題は無いようだ。


 そうだなあ。もしも賠償金が払われない日が来たら、人質の首ではなく、今度こそ本当にランダイオ城主の首を斬ってしまおうか。そうして、人質を新城主の座に着ける。――それこそ、さんざんヴァユがやってきたことだ。女王が仲介に入った事案にふさわしい落とし所ってものだろう。


「城主夫人の産んだ子は、他にどのくらいいるのですか?」

「娘ばかり三人です」


 口笛を吹きたくなる。今のところ本当にたった一人のランダイオの正統な後継者が、手の内に転がり込んできたということだ。


「では、人質は厚く遇しなければいけませんね」

「ギルバート様ならわかってくれると思っていました」


 女王は満足げに微笑んだ。

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