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継承5

「ギル様、起きて、ギル様!」


 ルーシェに揺すられている。またトイレか? ……いや、鐘が鳴っている。もう朝なのか……。


「ん。起きてる……。俺は起きてるぞ……」


 年上の(めん)()にかけて、ぐずぐずしないでとにかく体を起こした。……う、寒い。暖を求め、ふくふくした小さな体を抱きこむ。ぬくもりが心地好い。ふーっと気持ちよく真っ白い中に落ちていく……。


「起きて! ギル様! ねえったら、ねえ! 目を開けて!」


 ハッとして目をこじ開けた。左しか開かないが、今度こそ目を覚ましたぞ。


 抱え込んだまま、ベッドを降りて暖炉へ行く。埋み火を掻きだし、薪を足して、風を送って火を大きくする。

 ぼーっと炎を見ながら、人の城主のところでは、朝の暖炉の火入れは侍従がやるらしい、と思い出す。寝ぼけて侵入者を殺してしまったりしないから。起きた時から暖かい部屋って、いいよな。だけど、俺はやっぱり、寝ている間に誰かに部屋に入られるのは嫌かな……。


「ギル様、着替えようよ」

「ああ、うん」


 そうだった。城主になって初めての朝だ。城内には、ケイが死んだことも、父が怪我で動けないのも、知れ渡っている。主力の竜殺し二人がいない状態の上、俺まで覚束ない姿は見せられない。きっちり着替えて、悠々と席に着かないと。


「ギルバート様、起きましたかね?」


 ノックと一緒に、ばば様の声がドアの向こうから聞こえてきた。


「起きてる! 着替えるところだ」

「ルー坊の着替えを手伝いますよ」


 そう聞こえたと思ったら、返事もしないうちにドアが開き、杖をついたばば様が入ってきた。


「ばば様、おはようございます!」

「おはよう、ルー坊。おまえさんの服はどこだね?」


 俺の膝から飛び下りてばば様のところまで走って行き、服のありかを聞かれて、昨夜椅子に掛けておいたのを取りに行く。ずっと駆け足だ。めまぐるしい。


 その間にばば様は暖炉の前に辿り着き、ルーシェを呼んだ。


「ほら、火の前においで。寝間着は自分で脱げるかい?」

「ルーシェ、自分で着替えられる!」


 俺もハンガーに掛けた服を取りに行った。

 昨夜も自分でできると言ったから、背を向けて他に何かやっているふりをして見なかった。寝間着は簡単な作りだから、着るのに難しいことはないはずだし、ルーシェが女の子なのを思い出したのだ。


 ……だけど、トイレに一人は怖いから、一緒に入って見守っていてくれなきゃダメだって言われたんだよな……。たしかに、ルーシェの体では穴にすっぽり落ちかねないし、刺客が潜んでいることもなきにしもあらずだし……。


「ギル様、体の調子はどうですかね? 痛いところはございませんか? ちょいと体を動かして、確認なさってみてください」


 上着のボタンを締めていたら、急にばば様に声を掛けられた。


「べつに痛いところなんてないよ」

「城の薬師として、御城主の健康状態を把握しませんといけませんのでね。さあ、両手を上げてみてください。ほらほら。はい、そうです。それを前に回して。後ろに回して。手を下ろして。体を右に捻って。左に捻って。腰に手をあてて後ろに体を反らして。前に屈んで。体を立てて。その場で足踏みを。二、三回跳び上がってみてください。……動きはどうですかね?」

「なんともない。これ、毎朝やるのか?」

「戦闘を行った後だけです。不具合は不思議と後から出てくるものですのでね」


 ばば様に手招きされて近付くと、ずいっと下から顔を覗き込まれた。


「すぐ寝付けましたかね? 夜に目が覚めませんでしたか?」

「寝付くのは問題なかった。夜はルーシェにトイレに起こされたけれど……」


 奥の小部屋――両親が寝室にしていたところ――をルーシェの部屋にしてベッドも置いてあるが、一緒に寝るのが当然みたいに俺のベッドにもぐりこまれて胸元にすり寄られたら、一人で寝ろとは言えなかった。


 ……それに、あたたかくてふくふくした体を抱き込んだら、幸せな気持ちで満たされて。白昼夢みたいに現れるケイや父の姿も、心に重くのしかかっている城主の重責も、思い浮かんでこなかったのは、きっとルーシェのおかげだ。


「寝る直前に何か飲ませなすったでしょう? 飲ませるなら半刻ほど前にして、トイレに連れて行ってから寝るといいですよ」

「今夜はそうしてみる」

「見て! 着られた!」


 ルーシェが割り込んできた。


「おお、上手に着られた。えらい、えらい。おねしょもしなかったんだってなあ、いい子だ、いい子だ。どれ、髪を梳かしてやろう。櫛を持っておいで」


 三人で食堂に行ったが、そこでルーシェをばば様に預けた。ばば様は食後に、父の看病をしている母と交代するのだという。父の周囲は警護も厚くしてあるし、ルーシェが生まれる時に取り上げたばば様は、その性別も承知している。


 俺はこれから、朝から押しかけてきた城下の者と会わなければならない。その前に、食事をしながら皆と打ち合わせだ。

 しばらく忙しくて、ルーシェをかまってやれそうにない。落ち着くまでは、ばば様や母に面倒を見てもらうことになりそうだった。




 城下町の地区責任者や組合責任者が、ぞろぞろと大広間に入ってきた。中に入れるのは一案件につき関わる者だけ。つまり全員、昨日の竜の来襲とその顛末を聞きたい者達だ。


 俺は(から)の城主席の傍らに立ち、彼らを出迎えた。


「皆、よく来た」

「謁見をお許しくださりありがとうございます。ギルバート様におかれましてはつつがなきご様子、誠に喜ばしいかぎりです」


 最も城に近い――一番古い――地区の長が進み出て口上を述べ、後ろの者に手で合図を送る。箱に入った物は蓋を開けられ、布を掛けられた物は覆いをはずされ、大きさも形もまちまちの物がさらされた。


(さく)(じつ)は竜の来襲、及び賊の襲撃から町を守っていただき、感謝の念に堪えません。こちらはその(しるし)にございます。どうかお納めくださいませ」

「うん。受け取ろう」


 俺の返事にサマルが合図を出し、城の者が貰い受けた。


「また、差し出がましいとは思いましたが、どなた様かがお怪我を負ったとうかがい、薬草類もお持ちしました。どうかお(あらた)めの上、お納めくださいますよう」


 話としては、こちらが本命だろう。竜殺しの守護がなければ、深い森に囲まれたエヴァーリは、あっという間に森と異獣に呑み込まれてしまう。

 まだ領国としての余力があるうちに、別の地に移ったほうがいいのかどうかを知りたいのだ。


「心を砕いてくれたこと、礼を言う。見ての通り、父が怪我を負い、療養中だ」


 俺は空の城主席の背もたれに触れた。


 俺がここに座らなかったのは、未だ父が城主だと思わせておくためだ。彼らは俺が城主になったと知れば、父は再起不能だと思うだろう。そこにケイの話をすれば、人心の混乱は免れない。

 幸い、竜殺しは死にさえしなければ急速に回復するのは、広く知られた話だ。父はいずれ復帰する。そう思わせておいたほうが、今は都合がいい。


 俺は彼らに視線を戻した。


「そなたらも知っていようが、竜殺しは回復期に無意識の行動が多くなる。故に今日はそなたらの安全を考え、謁見は控えた。俺が対応すること、悪く思わないでくれ」

「悪く思うなど、とんでもないことでございます。御城主様におかれましては、回復期に入られたとのこと、我ら一同お喜び申し上げます」

「ただ、そなたらにも伝えておかねばならないことがある。ケイ・ティレルが死んだ。怪我を負った我が父を守り、彼が竜を屠ったのだ」

「なんと」


 人々が一様に目を見開き、言葉を失った。詳しいことまでは本当に広まっていなかったらしい。城内の情報統制は取れているようだ。


「本日の昼、葬儀をする。弔いの鐘が鳴ったら、そなたらも彼のために祈りを捧げてやってくれ」

「もちろんでございます。必ずケイ様のご冥福をお祈りいたします」

「それと、もう一つ。ランダイオとの取引は控えてもらわなければならない。

 竜の来襲で察しはついているだろう。今回の敵はランダイオだった。奴らは、このエヴァーリを竜の餌場にしようとしたのだ。

 竜はケイが屠り、ランダイオの青の竜殺しは俺が殺した。それに、兵も三十人ほど裂き殺したが、それだけでとうてい許せるものではない。

 そなたらに兵を同行させる。町に戻ったら、ただちにランダイオ商人を追い払うのだ。ただしランダイオ出身でも、我が町の住人となっている者は除外する。彼らはエヴァーリに忠誠を誓った者。裁きを加えてはならない」


 むしろ残った者の中にこそ密偵がいる。それはそれで使いようがあるので、残しておいてほしいと、サマルに言われている。


「レン、ウォリック」


 二人を呼ぶと、進み出てきて「お任せを」と礼を取り、町の者達と向き合った。ここから先の細かいことは、見守るだけだ。


「お疲れ様です、ギルバート様」


 サマルが杯をさし出してきた。目が合い、微かに頷かれる。人前で偉そうに振る舞ったことがないから、うまくできたのかよくわからなかったが、なんとかボロを出さずにすんだようだ。

 無意識に安堵の溜息を吐きそうになって、とっさに呑み込んだ。まだ人目がある。

 とりあえずごまかすために、杯を呷った。

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