継承4
「レン、城下はどんな様子だ?」
「混乱は特にはありません。城の閉門は解いておりませんが、城下への出入りの制限はしておりません」
「うん、それでいい。こちらの状況を漏らさないよう、引き続き頼む。
サマル、ウォリック、城下からの陳情の受け付けを、明日再開させたい。それまでに、想定される質問とそれに対する回答を一緒に考えてほしい」
「承知しました」
「他にやらなければならないことはあるだろうか?」
面々を見まわして問うと、それぞれも顔を見合わせ、やがて母が言った。
「今のところは、葬儀以外何も」
そうだった。父上にそれを一番に頼まれていたんだった。
「ケ……、あー、その、葬儀の話なんだが」
ケイの、と言おうとして、父親の名を出されたらルーシェが黙っていないだろうと思い直し、とっさにごまかした。
「手配はしてあります。棺と葬儀の用意は」
「遺体は礼拝堂で預かっています」
サマルとネイトが続けて答えてくれる。
「用意が調うのは、いつ頃になりそうか」
「明日の正午には」
サマルが請け合ったのに頷き、ネイトへ視線を送った。
「では、明日の正午に葬儀を頼みます」
「承りました」
「じゃあ、執務室に場所を移そうか。ここには資料も紙もペンもないし」
皆が腰を上げ、移動の用意を始めた。
ツンツンと袖を引かれる。
「……ギル様、もうお話ししてもいい?」
「ああ、いいぞ。よく静かにできたな。助かったよ、ルーシェ。えらかったな」
わしゃわしゃと頭を撫でた。
こうしてみると、ケイがあれほどルーシェを抱き上げては撫でまわしていた気持ちがわかる。何かができれば、それだけでえらいとしか思えない。ちょっと前まで赤ん坊だったのに。言葉も通じなかった。それを考えると、ちゃんと言うことを聞いてくれるだけでも、成長したなあと感動する。
「おなかすいた」
「え?」
「おなか、すいたあ! おなかすいたあああああああああーーー!!!」
ルーシェが拳を振り上げ、足もバタバタやりだした。途中から泣きも入りはじめる。
そういえば、昼を抜いている。普段ならおやつまで食べている時間かもしれない。
「わ、わかった、悪かった、すぐに飯食いに行こう、な!」
あわてて扉へ向かうと、サマルに呼び止められた。
「ギルバート様、お食事をお持ちしてあります」
「助かる! すぐに頼む」
サマルが廊下に声を掛けると、ウィルバートが大きな籠を持って入ってきた。さっとパンを一つ取り出して、ルーシェに握らせてくれる。
ルーシェは泣きやみ、小さな手でパンを千切ると、はい、と俺の口につきつけた。
「いや、それはおまえの分」
「ううん、ルーシェの仕事だもん! 御城主様に、ギル様のご飯のめんどうをみるように頼まれたの、約束した! こ……、こ……?」
「小姓」
「そう、ギル様のこしょーになったから!」
睫も頬も涙で濡れているのに、断固として俺に食べさせる、という決意にあふれている。自分だって泣くほどお腹が空いているのに。
ありがたく口に入れてもらった。もぐもぐしながら、ルーシェが手に持っているのを千切って、口元へ持っていってやる。
「一緒に食べるのが仕事だからな」
ルーシェも嬉しそうにパクリとかぶりついた。
そんな間に敷物が広げられて、籠から食べ物が取り出されて並べられた。敷物の上に下ろしてやり、並んで座って、しばらく夢中で食べる。
満腹になって人心地着いた頃、ルーシェが尋ねてきた。
「ねえ、おとーさん、どこへお出掛けしたの? いつ帰ってくる?」
ケイが城を離れているときは、だいたい俺や母やばば様と食事をする。今もそれだと思っているのだろう。
ケイが死んだと言って、ルーシェはわかるのだろうか?
二年前の、ルーシェの母の葬儀を思い出す。ルーシェはケイに抱っこされて、指をしゃぶりながら、言われるがまま、バイバイと手を振ったのだ。
それにさっきも、「寝ていて起きない」と怒っていた……。
「……ケイは明日にならないと戻ってこない。今日は俺と寝ような」
「そうなんだ……」
不満げに下唇を突き出す。泣く前兆だ。
「寝る前に、昔話ごっこやらないか? 俺は『ワシリカ』がやりたい」
『幸運なワシリカ』は、ワシリカが山で異獣に出くわして逃げ惑い、迷って不思議な家に辿り着いて、ご馳走を食べて帰る話だ。ルーシェの好きな蜂蜜がけのパンが出てくる。これで昔話ごっこ――登場人物になりきって、適当に話を改変する――をすると、だいたい最後は蜂蜜のかかったパンを食べるのではなく、パンの入った蜂蜜を飲むことになる。
屈んで、ルーシェの耳元で囁く。
「ここだけの話なんだが、俺は自分の蜂蜜を持っている。異獣狩りに行った時、蜂の巣を見つけて取ってきたんだ。それを舐めさせてやる。他の奴には内緒だぞ」
目をまんまるにして、蜂蜜!? て叫びそうな顔をしたから、シッと唇に指を一本あててみせた。
「ワシリカでいいか?」
「いいよ、ワシリカで!」
「よし、約束だ」
笑いあう。泣かさずにすんで、ほっとした。
「ケイには明日の昼、必ず会わせてやる」
「うん、わかった!」
無邪気にご機嫌で返事をするルーシェの頭を、またぐしゃぐしゃになるまで撫でた。