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継承3

「そういえば、レン、さっき、突発的な出来事って断言していたな。まだ間諜から何の知らせもないってことか?」

「はい、そうです。……だよな、サマル?」


 家令のサマル――間諜の人選も派遣も彼の仕事だ――が頷く。


「一つもありません」


 事前に襲撃の情報を伝えてこなかったどころか、事が起こったのに、誰一人としてランダイオの軍備の様子を知らせてこないのは、まだあちらに襲撃の情報が届いていない可能性が高い。

 軍を動かせば、伝令が動く。それがない、ということは。


「やはり、ランダイオ城主の決定ではなかったということか」

「そう思います。いくら竜が一緒でも、あの人数で城攻めはできません。城の制圧には、最終的に白兵戦が必要ですからね。あれでは圧倒的に人数が足りません」


 レンの意見に、俺も賛成だった。

 では、何のために攻めてきたのか。


「青の竜殺しが、竜に餌をくれてやるために、暴挙に及んだ。皆もそう考えるのか?」


 誰もが頷き、その中でウォリックが口を開いた。


「ランダイオのここ何年かの困窮と悪政は有名な話です。

 竜の餌に困って、罪人を喰わせはじめたなど、それだけでも言語道断でしたのに、それすら食い尽くされて、新たな罪人を得るために、横暴な取り締まりがまかり通っている状態です。

 かといって、竜に餌を与えなければ、暴れて手当たりしだいに食い散らかしていたようで。相当、竜殺しは肩身が狭かったようです」


 ランダイオは国境の大半を同盟領と接している。例外は敵対する同盟に属しているエヴァーリ。うちだ。ここを襲うのは自然なことだ。


 竜を生かすために。そんなことのために、ケイが死ななければならなかったなんて。


 ケイの死に顔が脳裏にちらついて、腸が煮えくりかえる。急速に膨れ上がった殺意で体がはちきれそうだ。吐く息が震える。……ああ、ランダイオの者を一人残らず殺してやりたい。


 竜であっても、生まれたばかりなら殺すのは難しくないのに。それをせず、国力が落ちても竜を養い続けたのは、強大な戦力になるからだろう。


「竜を生かした時点で、ランダイオには他領に侵攻する意思があったということ。今回の襲撃がランダイオ城主の決定ではないなど、問題にならない。奴らには、死を与えてしかるべきだ。……だが」


 口惜しさに、溜息を吐く。


「動ける竜殺しが俺一人では、ランダイオを手に入れても、領土が大きくなりすぎて防衛に手がまわらなくなる。それに、困窮して荒れている地を手にしても、立て直しに金と時間と労力を奪われる。

 もし、ランダイオを滅ぼして放置すれば、ハヌーヴァ王が必ず兵を送り込んでくるだろう。そいつは今のランダイオ城主より切れ者のはずで、手強い敵になるはずだ。

 それくらいならば、愚かな男を城主の座に据え置き、ハヌーヴァ同盟からの防波堤代わりにしたほうがマシだとしか、思いつかない。

 ……それらを覆す策は、ないだろうか。俺には見つけられないんだ。ランダイオを滅ぼしてなお、エヴァーリに利のある策を」


 祈るような気持ちで問うた。けれど、誰もが()(かた)()い表情で目を伏せる。

 その中で、ネイトだけが顔を上げたままで、発言した。


「こういった場合、現実的に求められるのは賠償金になります。そのお話は、お父上からもお聞き及びかと」


 双方の関係が破綻したとき、外交の使者として神官が選ばれることは多い。神官を殺すのは神を冒涜するに等しいし、教会が間に入って結ばれた契約は神に誓うものになるから、まっとうな者なら破らない。

 なにより神官は、地上に人が栄えることを神の意志をして尊ぶ。神官には、敵も味方もないのだ。ただ、神により地上で生きることを許された子らがいるだけ。


 怒りがグワッと増す。憎い者達の命を嘆願する話など聞きたくない。怒鳴りつけたい気持ちを抑えて、答える。


「聞いています。最低限の流通を維持し、賠償金を分割にして、払えぬときは領土を得ていけ、と。

 ですが、ケイを失い、父も城主を退くしかないほどの損害を受けた場合の話はしていません」

「その話をしたら、あなたは無理をなさったでしょう、お二人を助けるために。ですから、お父上はおっしゃらなかったのです。

 エヴァーリをこの先も守るには、もう子をもうけられないお父上でもケイ卿でもなく、ギルバート様とルーシェ様が必要なのです。

 お父上とケイ卿は、竜が来た場合、お二人のうち一人は死ぬ覚悟でいらっしゃいました」


 ガン、と頭を殴られたような心地がした。

 振り向かずに足場へと飛び下りていったケイの後ろ姿が、血を吐きながら『竜を止めろ』と叫んだ父の顔が、脳裏にチラつく。


「お二人は、ギルバート様ならエヴァーリとルーシェ様を守ってくださると確信していらっしゃいました。

 どうか、怒りに囚われず、賢明な道を選ばれますよう」


 ルーシェがモソッと動き、ハッとして見下ろした。膝の上に載せていたのに、また忘れていた。

 いつもならつられて上がってくる榛色の瞳が、俺を見ない。居心地悪そうに、指を組み合わせて、こしょこしょ動かしている。

 その(いとけな)い姿に、言葉にできない感情が渦を巻き、喉が詰まった。目頭が熱くなる。


 ……ああ、そうか。そうするしかなかったのか。


 竜は強大な生き物だった。しかも人との戦闘方法を仕込まれていた。それが竜殺しと共にやってきた。犠牲もなしに勝てる相手ではなかったのだ。


 父上達はそれをわかっていたから、守備を整えるだけでなく、ヴァユを巻き込み、竜に対する特別協定も結んでいた。

 父上もケイも、俺すら命を落としたとしても。ヴァユならば盟主として、エヴァーリを守り、ルーシェが独り立ちするまで喜んで面倒を見てくれるだろうから。


 その場合、ルーシェの自由な意思は、おそらく保証されない。ルーシェは女王の駒として、駒であることも意識しないように教育され、その意に従わされたはずだ。そうやってヴァユは支配力を強めてきたのだから。

 だからこそ、ケイは命を懸けて竜を殺したのだ。俺を生き延びさせ、ルーシェを守るために。


 ――ケイが望んだのは、ルーシェを、エヴァーリを、守ること。けっして、復讐ではない。……それを望んでいるのは、俺だ。


 ルーシェの頭へとなんとなく手が伸びた。柔らかい髪を撫でる。ぱっと仰向いた顔は驚いていて、笑いを誘った。自分の唇が弧を描いているのがわかる。

 体中に巣くっていたおどろおどろしい感情が、いつの間にか霧散していた。


「ミカ」

「はい」

「賠償額について、ある程度は父上と相談してあるのか?」

「はい。してあります」

「では、今回の被害に対して妥当か、今一度見直してくれ」

「承知しました」

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