第8章:牙の影
翌朝。ビルの上層階。
陽が昇り始めた瓦礫の街を見下ろしながら、カイは静かに立っていた。
隣でナナがリンに水を渡している。 「しっかり飲みな。まだ顔、真っ青だよ」
リンは小さく頷き、震える手で水筒を受け取る。
そのとき――空気が変わった。
ピリ……と、金属を爪で引っかいたような嫌な“音”が耳の奥を刺す。
「……来た」
カイが即座に警戒態勢に入る。
遠くのビルの壁面を這う影。 黒く、細長く、刃を思わせる異形の肢。 それが蠢きながら、ビルを這い上がってくる。
侵蝕体。 だが、今までの個体とは明らかに違っていた。
「……鋭利な外殻、速度も高い。これは……」
ナナが歯噛みする。 「数も多い。まさか、群れで来るなんて」
「リンを守る。俺が行く」
カイは鉄骨に手を当て、即席の斧を生み出す。だが、相手の装甲に対しては不安が残る。
そのとき。
リンが前に出た。
「……わたしも、できる」
彼女の手から、再び銀色の光が溢れ出す。 金属が震え、舞い、空中に“無数の槍”を形成していく。
「この子……制御してる……?」
リンの目がすっと細められる。 「来ないで……!」
叫びとともに、鋼の槍が一斉に放たれた。
風を裂く音。鋭く光る刃が、侵蝕体を次々と串刺しにしていく。
悲鳴を上げるかのように歪むその群れ。
残った個体が飛びかかってくるが、カイが斧を振るって叩き落とす。
――連携が噛み合った。
そして数分後。
ビルの屋上には、沈黙と焼け焦げた異形の残骸だけが残った。
リンは膝をつき、肩で息をしていた。
ナナがそっと支える。 「よくやった。……本当に、よくやったよ」
カイは槍の残骸を見つめる。
「……この力があれば、“守る”ことができる」
それは、新たな戦力。 でも同時に、彼女自身の“過去”と向き合う覚悟が必要になる。
誰よりも強く、それゆえに脆い“共鳴体”。
物語は、次の局面へと進み始めていた。