第4章:静寂の回廊
侵蝕体を退けたふたりは、配電施設のさらに奥――中央制御室へと向かった。
崩壊した通路、壁に走る亀裂、落下した鉄骨。どこかで何かが軋むような音が響く。
「……音、やんだね」
ナナの呟きに、カイは立ち止まり耳を澄ます。
「逆に不自然だ。静かすぎる」
その瞬間、直感が警鐘を鳴らした。
「止まれ」
ナナに向けて叫ぶと同時に、カイは肩を掴んで引き寄せる。
直後――
ズガァンッ!
天井を突き破って、何かが降ってきた。
爆発的な衝撃。瓦礫が弾け飛び、粉塵が視界を覆う。
煙の中から、ゆっくりと“それ”が姿を現した。
人の骨格を模したようなシルエット。 だが、表面のほとんどは黒い金属に置き換わり、両腕は刃と化している。 関節部には油が滲み、全身から機械音を響かせながら動いていた。
「……強化型、か」
視線が一点に留まる。 胸部装甲には、はっきりと数字が刻まれていた。
『試作兵装No.13』
「これ、旧軍のラボで開発されてた……」 ナナが呟く。
「……なら、これは“元人間”だ」 カイの言葉に、沈黙が落ちた。
意思を失い、金属に取り込まれ、ただ命令に従って動くだけの存在。
侵蝕体に変わり果てた“かつての人”。
次の瞬間、敵が跳ねた。
超加速。狙いはナナ。
刃が弧を描き、閃光のように迫る。
「下がれ!」
カイが割り込むと同時に、床の鉄板を変形させる。
――瞬間展開型シールド。鋼の壁が二人の間に滑り込む。
キィィンッ!!
鋼と刃がぶつかる金属音。火花が散り、シールドに深い亀裂が走った。
「こいつ……出力が違う」
敵は止まらない。刃を振り回しながら距離を詰めてくる。 その動きは機械的で、だが無駄がない。精密で殺意に満ちている。
カイは床に散らばる鉄材に触れると、一気に構造を再編成。
「……“意志”、あるか」
共鳴。手にしたのは、両刃の戦斧――
かつてこの施設で使われていた“解体用大型カッター”の記憶を受け継ぐ武器。
斧を振り上げ、踏み込む。
一撃。火花。
第二撃。斬撃と斬撃がぶつかり合う。
第三撃で、敵の腕を跳ね上げ、間合いを詰める。
そして――
渾身の一撃が、敵の首元に命中した。
装甲が裂け、内部の構造が露出。崩れ落ちる黒い躯。
静寂が、戻った。
「……終わった」
斧を地面に突き立て、息を吐く。
「“人間すら、敵になる”」
その呟きに、誰も答えなかった。
ただ、鉄と血の匂いだけが、残っていた。