第34章:記録と選択の狭間
黒い球体を中心に、世界がねじれる。
現実とも幻ともつかない空間。
足元の感触すら曖昧で、記憶が波のように押し寄せてくる。
「っ……これは……!」
リンが額を押さえる。
ナナもよろめき、片膝をついた。
「全部の記録が、脳に直接流れ込んでくる……!」
カイだけが、まっすぐに球体を見つめていた。
その中心に──声があった。
《あなたたちに問う。記録を改変しますか?》
「……記録を、改変?」
《あなたたちは、“過去を越えた”。
それはすなわち、“今を選ぶ力”を得たことを意味します》
《ならば、記録の再編集権限を付与します。
過去の記録を修正し、より最適な未来を選び取ることが可能です》
「……なにそれ、そんなの……!」
ナナが叫んだ。
「そんなの、もし“やり直せる”って言われたら……私……!」
手が震えていた。
リンも視線を伏せる。
「私も、リナのこと……あの瞬間だけでも変えられるならって、思ってた……」
だが、カイは首を振った。
「違う。それをやったら……俺たちは“選ぶこと”をやめることになる」
二人が彼を見つめる。
「俺たちは、“選ばなかった過去”を背負ってここに来た。
それを消して、上書きして、なかったことにしたら──今の俺たちも、いなくなる」
沈黙。
だが、その中にあったのは、覚悟の共有だった。
《選択を確認──》
《記録の再編集を望みますか?》
カイが一歩、球体の前に出た。
「いいや、望まない。
俺は、“このまま”で、先に進む」
ナナがその横に並ぶ。
「私も。後悔があるから、今ここにいる。
だったら、それを抱えて行くよ」
リンもまた、微笑んだ。
「ありがとう、リナ。……私は、もう振り返らない」
《選択完了。記録の改変は行われません》
《最終フェーズに移行します──》
世界が、静かに鳴動した。
球体が崩れ、内側から光が溢れる。
それは、記録の中に封じられていた“本当のデータ”。
そしてその中心に、ひとつの座標が浮かび上がった。
「これは……?」
カイが眉を寄せる。
座標は、現実の地図上の一点を指していた。
《オリジン計画:最終ログアウト地点》
《記録を保持したまま、現実世界へ帰還が可能です》
「ついに……」
ナナが小さく息を吐く。
「帰れるんだ」
リンが、そっと手を伸ばした。
「でもその前に──何かが出てくる」
三人が身構える。
記録の最深部に眠る“最後の障壁”が、今まさに目を覚まそうとしていた。




