第25章:揺れる境界
──白い廊下。
視界に広がるのは、無機質な壁と等間隔に並ぶドア。
どこを見ても、同じ景色。無限のように続く直線。
「ここは……」
リンは静かに呟いた。
この光景を、彼女は知っていた。
かつて、自分が“育てられた”研究施設。
金属片に囲まれ、感情を監視され、日常さえ記録の対象だった場所。
足音を響かせながら歩くと──
「……リン?」
後ろから聞き覚えのある声がした。
振り向いた先。
そこに立っていたのは、一回りほど年下の少女。
目元はリンによく似ていた。髪は短く、まだ幼さが残る。
「……お姉ちゃん?」
声が震える。
リンは息を呑んだ。
「そんなはず、ない……あなたは……」
そう、彼女は──リンの妹。既に死んだはずの存在。
なのに、目の前のその子は笑っていた。
無垢で、何も知らず、ただ姉を見つけて喜ぶように。
「会いたかった……!」
その言葉に、リンの胸が締めつけられた。
「やめて……やめてよ……そんな顔しないで……」
彼女の手が、伸びる。
触れたら壊れそうで、それでも拒めない温もりだった。
「ねえ、こっちに来て。まだ実験終わってないんだって」
「一緒に帰ろ? お姉ちゃん」
リンの膝が崩れる。
「どうして……どうして、そんなふうに呼ぶの……」
心が引き裂かれるようだった。
あの時、自分は守れなかった。手を伸ばしてさえやれなかった。
その後悔が、いま現実として目の前に現れていた。
「やだよ……やだ……こんなの、ただの幻じゃない……!」
だが、その声に反応するように、周囲の廊下が揺れ始めた。
視界が歪み、記憶が暴走し始める。
《適合者:共鳴反応に異常発生》
《記録領域の安定性、低下中》
遠くで機械音声が響いた。
リンの記憶が、今、再構成される。
かつて見たはずの記録が、彼女の目の前で“現実”に変わっていく。
白い廊下が、ゆっくりと“あの日”へと姿を変えていった。




