第17章:リン
まぶしい光の中に、リンはひとり立っていた。
目の前に広がるのは、かつて暮らしていた“幻の部屋”。
壁も床も白。窓もない無機質な空間。
その中央に、小さな少女が座っていた。
「……誰?」
少女が顔を上げた。
「わたしだよ。あなたの、“壊れなかった方のリン”」
リンは言葉を失う。
少女は続ける。
「あなたが逃げたあと、わたしはずっとここにいた。
毎日テストされて、毎日“適合しなきゃ”って思って、ずっと黙ってた」
「……そんなの、私だって同じだった」
リンは言い返す。
「でも、あなたは逃げた。記憶を捨てて、あたたかい人たちと出会って、今も笑ってる。
わたしは、そうならなかった」
少女の目が濁っていく。
部屋の壁が黒く侵蝕され始め、彼女の身体から霧がにじみ出す。
「だから、交代してよ。わたしが、“ほんとのリン”なの」
リンは一歩、踏み出した。
「そうだよ。あなたは、私の“もうひとつの可能性”。
でも、それだけ。私は、今の私を選んだ。だから――」
少女の目が見開かれる。
「交代なんてしない。私が私であることを、あなたに拒否させない」
叫ぶと同時に、リンの足元から鋼が噴き出す。
輝く銀の花が咲き、霧を払っていく。
「想いを喰われるなら、私が自分で“記憶”にけじめをつける!」
少女が霧と共に崩れ落ちていく。
「ありがとう……でも、もう大丈夫。
ここにいてくれて……ありがとう」
その声が風に溶けて消えると、世界がゆっくりと静寂に包まれた。
リンは目を閉じた。
「私は……もう、“私”から逃げたりしない」
そして、現実へと戻っていく光の中で、ふたりの声が聞こえた。
「……戻ってこいよ」
「起きたら、まず飯だからなー!」
その声に、彼女は微笑んだ。




