第16章:記憶の深層
侵蝕体を倒したあとも、街の霧は完全には消えなかった。
まるで“ここ”に残る何かが、それを引き止めているように。
「ここが……“中心”なのか?」
カイが見つめる先、古びたビルの地下へと続く階段が口を開けている。
「この感じ、思い出した……ここ、昔わたしが連れてこられた場所だと思う」
リンがぽつりと呟く。
「じゃあ……あんたの“記憶”が今も残ってるってこと?」
ナナの問いに、リンはただ小さく頷いた。
薄暗い階段を下りると、そこには打ち捨てられた研究施設が広がっていた。
崩れかけた観察室、割れたガラス、点滅する非常灯。
「ここは……リミッターズ適合試験区画」
カイが壁に刻まれた文字を読み取る。
「つまり……この世界の“始まり”の一端ってわけか」
ナナが銃を構えながら周囲を警戒する。
そのとき、奥の部屋から、音がした。
キィィィ……
扉が自動で開く。
中には、白い防護スーツを着た人間がひとり、カプセルの前に立っていた。
「……まさか、生きてる……?」
ゆっくりとこちらを振り向いた男の目は、どこか虚ろだった。
「……きみたちか。記録を辿って、ここまで来たのは」
「お前……観測者か?」
「違う。私は……この施設で、リミッターズ計画の運用をしていた一人。
でも、もう“人”ではない」
男は背後のカプセルを指差す。
中には──“もうひとりのリン”が眠っていた。
「っ……なに、これ……」
リンの声が震える。
「これは君の“分岐記憶”。
正式な適合前に失敗した、“もうひとつの可能性”だ」
「じゃあ、これは……」
「君が君として在れなかった記憶の“塊”。
これが、いま街の霧を引き寄せ、侵蝕を呼び込んでいる」
カイは槍を構えた。
「つまり、こいつが霧の“核”か」
男は静かに首を振る。
「違う。核は、君たちだ。君たちが“この記憶”を抱えている限り、街はそれに反応する」
沈黙のあと、リンが前に出る。
「……わたし、これを受け止めなきゃいけない気がする。
でも、もしわたしが壊れたら……」
カイは即座に言った。
「そんときは、俺たちがぶっ壊してやる。だから――信じろ。自分の中にいる“ほんとの自分”を」
リンは頷いた。
そして、手を伸ばす。
記憶のカプセルに触れた瞬間、世界が反転する。
光。音。泣き声。
幼いころの自分。閉じ込められ、叫んでも誰にも届かなかったあの感情。
けれど、今は違う。
背後に、カイとナナの声がある。
「行け、リン!」
「戻ってこいよ、絶対だぞ!」
光の中へ、リンは飛び込んだ。




