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02.




幼少期のミエルはそれは愛らしかった。

ニュイが頭を撫でられる背丈であったし、蜂蜜色の髪を撫でて浮かべる笑みはとろけるようで、蜂蜜(ミエル)の名通りの少年だった。

彼の祖父が侯爵であった時分から夜の森に住んでいたが、孫だとミエルを紹介されるまではロラン侯爵家とのかかわりは最低限だった。宵闇色のローブをまとい、深くかぶったフードからは白い髪だけがのぞく姿で基本人間と対面するため、ほとんどの者はニュイを老婆だと思う。しかし、幼い少年の背丈からはフードのなかがみえたのだろう。生きた年齢はともかく、身体は二十に届くかどうかの状態でほぼ時をとめたようなものだ。不気味(ぶきみ)がられ、遠巻きにされるのが常だったニュイには、見上げてくる輝く空色の瞳が新鮮だった。

はじめて会ったときに正体を知ったためか、彼はニュイに懐き、よく遊びにきた。魔女の自分へまっすぐな眼差しが向くことは珍しく、ニュイにはくすぐったいものだった。魔女の生業(なりわい)の作業をみても、その眼差しが怯えに変わることがなかったので、ニュイから邪険にすることができずにいた。

子どもの関心などいつかは飽きるだろうと高を括って、彼の好きにさせていた。


「それがどうしてこんなことに……」


数種類の薬草を擦り器を前後させて擦りながら、ニュイは嘆息を零す。


『魔女の溜め息は、この薬の材料になかったはずだけど?』


作業を眺めていた使い魔のしっぽはゆるゆると揺れている。可笑しがっている証拠だ。


「入れていないわ。大きくなったら疎遠になるとばかり思っていたのに、今の方がひどいだなんて」


『毎日だものね』


毎食いい食事にありつけていいと、使い魔は満足げだ。それはニュイも否定しない。彼の料理の腕はあがる一方だ。猫用の食事も用意する手厚さもある。けれど、一日三食を領主と相伴する日常は異常だと認識している。いくら人間の世情に疎い魔女とて、現状の非常識度合いはわかる。

調薬や魔導具の作成に没頭すると寝食を忘れやすいニュイを熟知している彼は、その三食をともにすることで彼女の食べ損ねを防止していた。少し前まで、夜の八時にはベッドに横にされ、寝入るまで見守られていた。規則正しい生活を習慣づけられ、見守られずとも寝るようになったので、ようやく見守りからは解放された。

規則正しく一日三食、そして八時間以上の睡眠。おかげで、ミエルが毎日チェックする必要もなく、ニュイの健康状態はいたって良好だ。


「こんなに健康的な魔女いていいのかしら」


「常識で測れない存在なんだから、そんな魔女がいてもいいでしょ」


不健康である必要もないと背後から声が返る。呟きに返答があり、ニュイはびくりと肩を跳ねさせた。そろりと振り返ると、ドアの前に籠をさげたミエルがにこやかにいた。


「今日はよく晴れてるから、外でお昼にしよう」


日光浴までさせるとはどこまで自分を健康にする気なのか。籠の中身はピクニックできるようサンドイッチらしい。調合に没頭しているうちに正午となっていたようだ。


『あら、いいわね』


「レディ・クローディーヌも乗り気で光栄だな」


日向ぼっこが大好きな使い魔は、ミエルの開けたドアの向こうへ一足先に進み出る。使い魔まで手懐けられてしまい、ニュイは従うしかない。

ミエルは朝に仕込んでおいたミネストローネを温めて、サンドイッチに添えた。ニュイの家であるのに、台所周辺はミエルの方が勝手知ったる状態だ。自分が台所に立ったのは一体どれだけ前だろう。

ニュイは魚のフライのサンドを頬張りながら、遠い目をした。

自分用の魚のほぐし身を完食した使い魔は、次は肉がいいとリクエストまでしている。ミエルは(きじ)でも狩ってくると、容易く了承していた。彼は猟銃の腕もいい。

切り株に座り、タータンチェックのランチョンマットにのせられたサンドイッチとスープに舌鼓をうつ。陽光とスープで、外からも中からもあたたかい。


「これだけぽかぽかだと、寝てしまいそう」


「ふふ、レディ・クローディーヌも気持ちよさそうに寝ているし、ニュイもそうしたら?」


そう膝を差し出す彼は、ひざ掛けも準備していた。用意周到すぎる。

なんでも彼に甘えるわけにはいかないと、ニュイは躊躇(ためら)うが、満腹状態と身体のあたたかさで、抵抗しても(まぶた)が徐々に落ち始める。


「あたしが枕にしたら、ミエルの仕事が……」


「大丈夫。ニュイより大事な用事はどこにもないよ」


肩を引いて促すと、うとうととしていたニュイは彼の膝に頭をおいて、ほどなくして寝息をたてはじめた。

安らかな寝顔の彼女の髪を撫で、ミエルは微笑む。領主の仕事に支障をきたさないかを危惧するなんて、彼女は優しい。それが自分だけに向けられるものだと、彼は知っている。だって、夜の森には結界を張り、関所を設け、二人以外の人間が許可なく立ち入れないようにしている。彼女がかかわる人間は、魔女へ仕事の依頼をする者か、買い物にでかける近隣の町人ぐらいのもの。それもミエルが接触する者を最低限に制限している。

ミエルが衣食住を整えるのだから、彼女が町に買い物にいく必要はほぼない。

夜の森の結界は、魔女の魔術を用いたもので森の周囲を囲うように惑いの術を施してある。関所で貸し出される通行証がなければ、森に踏み入ったものはほどなくして森の外にでてしまうのだ。通行証にはその術を無効化する魔導具が組み込まれている。ミエルは侯爵家の家紋の指輪にその魔導具と同じ無効化を施しているため、いつでも彼女に会いにゆけるのだ。

ニュイには、自身の領地の防犯のためにと依頼して結界に必要なものを用意してもらった。夜の森も侯爵家の領地なので嘘ではない。ただ、彼女は自宅の防犯対策用だとは知らずにいる。

魔女の彼女が人間への関心が薄いのをいいことに、ミエルはありとあらゆる手段を用いて二人きりの世界を護り維持している。

使い魔の猫と同じように丸くなって眠るニュイが愛おしい。彼女の夜色の瞳に映るのは自分だけであればいいと思う。

寝姿が同じ魔女一人と使い魔一匹を見比べて、ミエルは失念していたことに気付く。


「あ。雉」


使い魔の猫との約束がこのままだと果たせない。けれど、狩猟のために彼女の眠りを妨げるという選択肢は、ミエルにありはしない。自身の邸に数日前に狩った雉を熟成させているので、それをあとでもってくればいい。

今はただ愛しい女性(ひと)の寝顔を眺める。

彼女が目を覚ましたとき、最初に瞳に映るのが自分だという事実に、ミエルの笑みは深まるばかりだった。




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