神機アマテラス
■ 北の大地 千歳市上空 昼
晴れ渡る空に、突如として暗雲が立ち込める。
紫色の瘴気によって上空は覆われ、そこから怨念めいた呻き声が響き渡って来る。
そこに一機の旅客機が瘴気の中に突っ込む。
瘴気の中から出て来た旅客機はそのまま新千歳空港に向かう。しかし、機内には亡者のような呻き声が響き渡り不穏な空気が漂っている。
■ 新千歳空港
着陸した旅客機に搭乗橋がかけられる。
すると、旅客機の中から獣のような獰猛な声が響いて来る。
ドアが開けられた瞬間、グールと化した乗客が空港の中になだれ込み、人々を襲い始める。
空港内はたちまち阿鼻叫喚の地獄と化す。
■北の大地 苫小牧市上空 明野リン・ハンター事務所 昼
銀髪の美少女、明野リン12歳は事務所の窓から上空を覆い尽くす紫色の瘴気を見てほくそ笑む。
リン「地獄の匂いだ。お金になりそうだね」
そう言ってリンは嬉しそうにほくそ笑む。
■ 千歳市 市街地 昼
上空を覆い尽くす瘴気を見て、人々がざわつく。
すると、瘴気の中から巨大な影が現れる。
それは大空を覆い尽くす程巨大な地獄の巨釜だった。
突如として出現した巨大な異形を前に、人々は凍り付く。
大釡の蓋が音もなく開かれる。中から怨念めいた呻き声が轟き、人々は耳を塞いでうずくまった。
次の瞬間、バラバラと大釡の口から何かが地上に降り注がれる。
地上に落ちて来たのは怪異の赤ん坊。「おぎゃあおぎゃあ!」と泣きながらもその口には剣山のような鋭い牙が無数に生えていた。
赤ん坊の怪異を見て、人々の顔が恐怖に引きつる。
その時、怪異の赤ん坊が人々の存在に気付いてしまう。
怪異の赤ん坊はニタリとほくそ笑むと、
怪異の赤ん坊「まんま!」
と嬉しそうに叫びながら人々に襲い掛かった。
人々「うぎゃああああああああ⁉」
怪異の赤ん坊は「まんま! まんま!」と叫びながら人々を食らい始めた。
小さな体だったが凄まじい怪力を持ち、捕まった人達は逃れることも出来ず次々と生きたまま食い殺されていった。
たちまち周囲は阿鼻叫喚の大混乱に見舞われる。
その間も上空に佇む大釡からは怪異の赤ん坊が降り注がれ、次々と人々に襲い掛かった。
人を食らいつくした怪異の赤ん坊は唸り声を上げると、次の瞬間には成人男性くらいまで成長し、鬼の姿に変貌していた。
そこに複数台のパトカーが現れ、鬼の姿に変貌した怪異に向かって射撃を行う。
銃弾を受けた鬼の怪異は倒れるも、すぐに起き上がり警官達ににじり寄った。
警官A「ダメだ。世界の終わりだ……!」
蒼白し茫然と佇む警官達に鬼の怪異は襲い掛かった。
各地で断末魔の叫びが上がっていた。
■ 魔導ギルド 北部支部 司令室 昼
魔導服を身に纏った魔導ギルド職員達は忙しなく動いている。
正面モニターには新千歳空港と千歳市市街地の惨状が映し出されている。
市街地からは複数の黒煙と火が立ち上っている。
北部支部司令官・黒雲寺カイト38歳は冷静な態度で市街地の惨状を眺めている。
黒雲寺「現時刻をもって空港は完全封鎖せよ」
オペレーターA「まだ逃げ遅れた民間人が多数取り残されているとの報告が上がっておりますが?」
黒雲寺「救出部隊を編成する余力はない。空港を完全封鎖後、全部隊は待機。怪異が空港から出て来た場合、実力を持ってこれを排除せよ」
オペレーターB「そんな! 生存者を見捨てるんですか⁉」
黒雲寺「現有戦力では救出作戦の実行は不可能だと判断する。それよりも市街地の方が問題だ」
モニターでは、市街地で人々が怪異に襲われる映像が流れている。
黒雲寺「今、動かせる部隊は?」
オペレーターA「既に胆振支部の魔導部隊が討魔活動中です」
黒雲寺「部隊長は誰だ?」
オペレーターA「拓勇アズマS級魔導官です!」
オペレーターB「おお! S級魔導官のアズマさんがいるのか⁉」
オペレーターC「S級魔導官がいれば勝てるぞ!」
司令室に歓声が上がる。
その時、司令室内にレッドアラームがけたたましく鳴り響く。
黒雲寺「何事か⁉ 状況を報せ!」
オペレーターA「上空に浮かぶ大呪物より瘴気の異常値を確認しました! 魔王級怪異出現の予兆です!」
モニターに上空に浮かぶ地獄の巨釜が映し出される。
大釡の中から大きな手が現れる。そして、巨大な鬼の顔も。
今まさに、地獄の巨釜から巨大な鬼が這い出ようとしていた。
司令室は一瞬で戦慄に静まり返る。
黒雲寺「大至急民間ハンターに連絡を入れろ!」
オペレーターB「とても民間ハンターに対処できる状況ではないと思われますが……まさか、咎人を⁉」
黒雲寺「遺憾ながら『白銀の魔女』に救援要請を行う……!」
白銀の魔女の名を聞き、その場に居た全員が顔を蒼白させる。
オペレーターB「で、ですが、それですと……」
黒雲寺「早くしろ! 魔王級怪異が現れた以上、本部からの応援を待っている猶予はない! 例え何を求められようもあの魔女に額を擦り付けて懇願するより我々が助かる道は無いのだ!」
オペレーターB「了解しました!」
黒雲寺カイトは忌々し気に舌打ちする。
黒雲寺〈よりにもよってあのような咎人に救いを求めねばならんとは……!〉
黒雲寺「魔女め! 高い代償を支払うのだ。せいぜい役に立ってもらうぞ⁉」
黒雲寺はそう叫ぶと、拳でデスクを叩きつけた。
■ 新千歳空港を見渡せる山の上 昼
銀髪の少女、明野リン12歳が山の上で佇み、右手で丸を作って新千歳空港を覗き込んでいる。
新千歳空港付近では特殊部隊とグールとの激戦が繰り広げられている。
すると、スマホに着信音が。
スマホの画面には『魔導ギルド』と表示される。
リンはほくそ笑むと、電話を取る。
リン「はい、こちら白銀の魔女こと、S級ハンター明野リンでございまぁす。お仕事のご依頼でしょうか?」
リンは明るい笑顔で茶化す様な口調で言う。
黒雲寺「黒雲寺だ。白銀の魔女、貴様に依頼をしたい」
リン「千歳市に出現した魔王級怪異の討魔依頼だね? それでいくら出す?」
黒雲寺「1億円で千歳市に出現した魔王級怪異『破壊の鬼』の討伐をお願いする」
リン「安い。無理」
黒雲寺「何だと⁉ 貴様、何処まで欲が深いのだ⁉」
リン「魔王級怪異と千歳市上空に出現した大呪物『地獄の巨釜』を相手にするんだ。そんな端金じゃ依頼は受けられないね」
黒雲寺「では、いくらなら引き受けてくれるのかね?」
リン「現金で100億円」
黒雲寺「貴様、ふざけているのか⁉」
リン「嫌なら他を当たって。魔王級怪異を相手にこれでも安すぎるくらいだよ。十数万もの尊い人命と100億円。考えるまでもないと思うけれどもね。さ、早く決断しないと取り返しのつかないことになっちゃうよ????」
リンはそう言って嘲るようにクスクス嗤う。
黒雲寺「分かった……! その代わり全ての事態の収拾が条件だ」
リン「了解しました。それじゃ、後で報酬を受け取りに行くんでちゃんと準備して待っていてよね。もし嘘をついたら……潰すからそのつもりで」
その時、リンは悪魔の様な歪な表情を浮かべながらそう呟いた。
リンは電話を切ると、大きく伸びをする。
リン「さて、早速怪異退治を始めちゃいますか」
リンはそう呟くと、上空に跳躍した。
超人的な跳躍力でリンの身体は空を舞う。
そして、特殊部隊と激戦を繰り広げる新千歳空港の敷地に降り立った。
リンを見て特殊部隊の隊員がギョッとなる。
隊員A「空から子供が降って来ただと⁉」
隊員B「逃げ遅れた民間人か⁉ お嬢ちゃん、早くこっちに来い!」
リン「おじさん達、仕事の邪魔だから引っ込んでいなさいな」
そう言ってリンはパチンと指を鳴らす。
すると、周囲にいた特殊部隊の隊員達は一瞬で後方に吹き飛ぶ。
それと同時に、空港内から無数のグールが現れ、獰猛な唸り声を上げながらリンに襲い掛かって来た。
リン「ジンマ、来ませり!」
リンの瞳が妖しく光り輝く。
次の瞬間、リンの全身から無数の銀色の閃光が放たれた。
■ 千歳市 市街地 夕方
逃げ惑う人々は、次々に怪異に襲われ、餌食になっていく。
幼い娘を連れた親子が逃げていると、目の前に複数の怪異の赤ん坊がボトボトと上から落ちてくる。
怪異の赤子「まんまー、まんまー!」
親子を見ると、怪異の赤ん坊は嬉しそうにハイハイして迫って来る。
母親は娘を抱きしめる。
母親「神様、どうか娘だけでもお救いください!」
その時、炎を纏った鳥が現れ親子に襲い掛かった怪異を焼き払う。
炎を纏った鳥は親子の前に着陸すると、成人男性の姿に変身する。
彼の名は拓勇アズマ35歳。黒の魔導衣を身に纏い、凡庸な風貌をしている。
【拓勇アズマ S級魔導官】
アズマ「これからお二人を安全な場所までお送りしますのでもう安心ですよ」
アズマはそう言ってニコッと微笑む。
母親「あ、貴方は……?」
アズマ「政府所属の治安維持部隊です。さ、ここは危険ですから避難場所に行きましょう」
すると、周囲から無数の鬼の怪異が現れ、たちまちアズマ達を取り囲む。
アズマ「ここはオレに任せてお二人は近くの神社仏閣の中に避難してください!」
母親「神社に⁉ 避難場所じゃないんですか⁉」
アズマ「こいつらは神社仏閣には手出しできない様になっているんです! 道はオレが切り開きます。貴方は娘さんの為にも後ろを振り返らず走りなさい!」
アズマはそう言うと右手の甲に埋め込まれた赤い宝石──魔導核に魔力を込める。
アズマ「ジンマ、来ませり。おいでませ、フェニックス! 来りて不浄なるものを焼き払え!」
アズマの右手の甲にある魔導核から炎のような光が溢れ出すと、不死鳥が現れて周囲の鬼の怪異を焼き滅ぼした。
アズマ「今だ! 走れ!」
母親「あ、ありがとうございます!」
娘「おじちゃん、助けてくれてありがとう!」
母親に抱かれた娘は笑顔でアズマに、ばいばいと手を振って来る。
アズマも笑顔でそれに応え、ばいばい、と手を振る。
二人が逃げ去ったのを確認すると、アズマはおもむろに煙草を取り出すと、くわえて火をつけた。
アズマ「そこはお兄ちゃんって呼んでもらいたかったべさな」
そう呟き、ふう、と煙を吐いた。
アズマ「さーて、どうするべさな?」
アズマは煙草を吸いながら上空を見上げる。
視線の先には大呪物『地獄の巨釜』と、そこから這い出ようとする魔王級怪異『破壊の鬼』の姿が。
アズマ「ありゃ、オレの小隊程度でどうにかなるもんじゃねえべさよ。本部はいつになったら応援を寄越すってんだ?」
その時、アズマの元に部下の魔導官五名が現れる。
アズマの副官である女性魔導官、館花ユカが話しかけて来る。
ユカ「アズマ隊長! 新千歳空港の怪異は殲滅されたとの報告が入りました!」
アズマ「そっか。それじゃ、後は市街地の化け物どもを殲滅するだけでいいんだな……って、オレ達の他に怪異に対処出来る部隊がいたっけ?」
ユカ「それが民間ハンターがたった一人で怪異を殲滅したらしいです」
アズマ「へえ……民間ハンターにも優秀なのがいるんだね。おじさん感心しちゃうな」
ユカ「いえ、それが、対処に当たった民間ハンターというのが例の『咎人』らしいんですよ」
アズマ「白銀の魔女か? うわお、それは大変だねえ」
ユカ「アズマ隊長、あの噂は本当なのでしょうか? 咎人こと、白銀の魔女は人ながらにして人を食らう者だと聞きます。果たして、敵なのか味方なのか……」
アズマ「ユカちゃん? そこまでにしようか。噂だけで人を悪く言ったらダメだよ。百聞は一見にしかずって言うだろう? 自分の目で見たもの以外信じたらダメだ」
ユカ「はい、申し訳ありません。浅慮でした!」
すると、近くから咆哮が響き渡って来る。
アズマ「一般人の避難誘導はどうなってる?」
ユカ「警察、自衛隊が懸命に行っておりますが、まだ1割も避難出来ておりません」
アズマ「よし、小隊も全て避難誘導にあたってくれ。ユカちゃん、指揮を頼む」
ユカ「アズマ隊長はどうなさるおつもりで?」
アズマ「オレは可能な限り時間を稼ぐよ。もしもオレが死んだ場合、全ての任務を放棄して最終防衛ラインまで部隊を下がらせろ。その際、一切の救助活動はしなくていい。戦力の温存を第一に考えるんだ」
ユカ「市民を見殺しにしろと仰せですか?」
アズマ「無意味なことに貴重な魔導官を失うわけにはいかない。いいからユカちゃんは自分と部達の命を最優先にすればいい。それじゃあね」
そう言ってアズマは大通りに向かった。
ユカ「アズマ隊長……どうして貴方は嘘ばかり……」
ユカはふうッと溜息をつくと、魔導官達に振り返る。
ユカ「我々も市民の避難誘導にあたる。私に続け!」
■ 市街地 激戦区 大通り 夕方
大通りの奥には駅がある。そこから一般人は電車に乗り避難を始めている。
しかし、人が密集している場所を狙い、鬼や赤ん坊の怪異の大群が駅に向かって押し寄せて来た。
そこにアズマが現れる。
アズマは煙草を投げ捨てると、右手の甲にある魔導核に魔力を込め始めた。
アズマ「ジンマ、来ませり! おいでませ、百獣騎士団!」
次の瞬間、アズマの周囲には甲冑や武器を身に纏った獣人や魔獣の使い魔が出現する。その数は100体。
アズマ「出し惜しみは無しだ。最初から全力で相手をしてやる。人に仇なす怪異どもめ。我が使い魔の力、思い知るがいい!」
アズマの叫びと同時に、100体もの使い魔は一斉に怪異の大群に立ち向かっていった。
〈数分後──。〉
アズマの使い魔は全て倒され、アズマ自身も満身創痍の状態になっていた。
アズマ「やれやれ。もうちっとやれると思ったんだがな」
アズマは煙草箱を取り出すも、中身は空っぽだった。
アズマ「ったく、死ぬ前に一服くらいさせろってんだ」
アズマは空箱を握り潰して地面に捨てると身構える。
アズマ「魔導ギルド所属S級魔導官、拓勇アズマ35歳、大絶賛恋人募集中! この命尽きる瞬間まで、命も、彼女も諦めはしない! さあ、死にたい奴からかかって来い!」
アズマが叫んだ瞬間、背後から銀色の閃光が放たれた。
すると、アズマは空間がずれるような錯覚を垣間見る。
アズマ〈空間が斬り裂かれた?〉
その瞬間、周囲の怪異は全てバラバラに斬り裂かれ、銀色の少女が空から舞い降りた。
白銀の魔女こと明野リン12歳である。
アズマはリンの美貌に一瞬心を奪われる。
アズマ〈何故子供がこんな場所に? でも、何て美しい姿をしているんだ〉
リンはアズマに振り返ると呆れたように眉をしかめた。
リン「戦闘中に大声で恥ずかしげもなく大絶賛恋人募集中って……おじさん、気でも狂ったの?」
アズマ「いやいや、正気も正気だよ。ってか、子供がどうしてこんな場所に⁉ 危ないからお母さんの所に帰りなさい!」
リン「親ならとっくに死んでいないよ」
アズマ「す、すまない。配慮が足りなかった」
リン「別にいーよ、そんなの。んなことより、おじさん、仕事の邪魔だからどっかに行ってくれないかな?」
アズマ「いやいや、おじさんの仕事は君みたいな民間人を守ることなんだ。逃げるわけにはいかない」
リン「クソ雑魚のくせに?」
アズマはガーン! とショックを受ける。
すると、再び怪異の新手が現れる。
リン「忠告はしたよ。せいぜい私の邪魔だけはしないでね。さもないと潰すよ?」
アズマ〈何をですか⁉〉
アズマは顔を蒼白させながら股間を押さえた。
リン「銀糸よ、舞え」
リンがそう呟くと、銀髪が浮き上がり魔力を帯びる。そして、そのまま周囲に現れた怪異を全て斬り裂いた。
その光景を見て、アズマは先程自分を救った銀色の斬撃がリンの能力であることを知る。
リンは更に宙を舞うと、華麗な動作で次々と怪異を斬り滅ぼした。
アズマはリンの戦う姿を美しいと思いつつ、脳裏に一つの単語を過らせた。
アズマ「君が白銀の魔女なのか⁉」
リン「そーだよ、アズマ。白銀の魔女ことS級ハンター・明野リンとは私のことさ」
斬り裂いた怪異の屍の上に立ちながら、リンはほくそ笑む。
その姿はまさに幼いながらも白銀の魔女の名に相応しいものだとアズマは思う。
アズマ「あ、すまない。命の恩人に対して忌み名なんかで呼んだりして」
リン「別にどっちでもいいよ。さっき助けた見返りはちゃんともらうつもりだから」
アズマ「お金取るの⁉ ぐぐ、これで勘弁してもらえませんか? おじさん安月給で、今月パチンコに負けすぎてピンチなんです……!」
そう言ってアズマは財布から千円札を取り出し、リンに差し出す。
リン「冗談だよ。っていうか千円って、子供のお小遣いじゃないんだからさ」
アズマ「でも、リンちゃんはまだ子供だろう?」
アズマは目を丸くしながら言う。
リン「リンちゃんって……馴れ馴れしく名前で呼ぶな!」
リンは照れたように頬を染める。
その時、上空から大気を振動させる程の咆哮が発せられる。
アズマとリンはとっさに耳を塞いでうずくまる。
アズマ「何なんだ、この雄叫びは⁉」
リン「しまった! 予想よりも早く破壊の鬼が現れる……!」
リンは苦悶の表情を浮かべながら上空を見上げる。
上空に浮かぶ地獄の巨釜から、破壊の鬼が這いずり出ると、そのまま地上に落下する。
大地震でも起きたかのような震動が市街地を震わせる。
揺れがおさまった後、地上に落ちて来た破壊の鬼はゆっくりと立ち上がる。その高さは100mに達していた。
アズマ「あれが魔王級怪異『破壊の鬼』なのか⁉ なんてでかさだ」
リン「破壊の鬼なんて呼ばれているけれども、あれは破壊神の類さ。このままじゃこの国は更地にされて人類が滅びる」
アズマ「うわお、まさしく世界滅亡の危機ってやつですか」
リン「何を言っているのさ。世界滅亡の危機なんて日常茶飯事でしょう? 環境破壊や戦争、核の脅威に伝染病。こいつは人類を滅ぼすだけで地球には優しいから、それらよりかは大分マシな世界の危機だと思わない?」
アズマ「そう言えばそうだな。でも、簡単に人類を滅亡させるわけにはいかねえわな。それで、リンちゃんはこの危機にどう対処するんでしょうかね?」
リン「クソ雑魚なオジサンは黙って見ていなさいな」
リンはそう言うと、両手に銀糸を手繰りあやとりをし始める。
アズマ「あやとりで何をするんだい?」
リン「こうするのさ」
リンは銀糸で『塔』を作る。
すると、リンの背後に幾つもの魔法陣が出現する。
リン「私は銀糸で魔法陣を作ることが出来る。そして召喚するのは『破滅の塔』さ!」
リンの全身から魔力が噴き上がる。
リン「ジンマ、来ませり。おいでませ、破滅の塔ポリボロス!」
リンの背後に10基もの巨大な塔が出現する。塔の内部にはかつて古代の戦争で攻城兵器として用いられたバリスタが魔法兵器として内臓されていて、巨大な矢が破壊の鬼に狙いを定めている。
リン「全魔法属性フルバーストアタック!」
破滅の塔ポリボロスから無数の魔法の矢が放たれる。
一秒間で千もの魔法の矢の攻撃が破壊の鬼に炸裂する。
激しい爆音が周囲に轟く。
だが、破壊の鬼は微動だにせずただ右手を払った。
次の瞬間、リンが召喚した破滅の塔ポリボロスは全て破壊され、その爆風でリンとアズマは吹き飛ばされる。
二人は近くのビルに叩きつけられ、地面に崩れ落ちる。
アズマはふらつきながらも辛うじて立ち上がり、近くに倒れているリンに近寄る。
アズマ「リンちゃん、 大丈夫か⁉ ……って、それは⁉」
倒れているリンを見てアズマは絶句する。
リンの身体は今にもちぎれそうな状態になっていた。ただし、首以外の部分は全て機械のような身体だった。
※リンの身体は呪物で構成されていて、生身なのは頭部のみ。
リン「大丈夫だよ。ご覧の通り、私の身体は呪物で出来ているのさ。だから、このくらいじゃ死にはしないよ」
リンは必死に起き上がろうとする。
アズマ「大丈夫なわけがないだろう⁉」
アズマは駆け寄ると、リンをお姫様抱っこする。
リンは驚いたように両目を見開くと、ジッとアズマを見つめる。
リン「私が怖くないの?」
アズマ「何で? 怖いどころかただの可愛い女の子だろう?」
アズマは目を点にしながら首を傾げる。
リンは思わず頬を染める。
リン「だって私、全身呪物人間なんだよ? この呪物は人の魂を食らうことだってあるんだ。普通の人間なら私を怖がるはずよ」
アズマ「人食いってそゆこと? 見境なく人を襲って頭からバリバリ食べるとかそんなんじゃなくて?」
リン「当たり前でしょう⁉ 流石にそこまで言われたら私も怒るよ⁉」
アズマ「それを聞いて安心したよ。なら、リンちゃんはただの可愛い女の子じゃないか」
アズマはニッコリと微笑む。
リンはアズマの屈託のない笑顔を前に何も言えなくなり、恥ずかしそうに、ふんだ、とそっぽを向く。
アズマ「それでリンちゃん。さっきのが切り札だったりする?」
リン「だったらどうするつもり?」
アズマ「そりゃもちろん、リンちゃんを避難させてから、おじさんはあのデカブツをどうにかするつもりだよ?」
リン「クソ雑魚の分際であいつを倒せるわけがないでしょう⁉」
アズマ「そりゃ無理かもしれないけれども、おじさん、何とか頑張ってみるからリンちゃんは避難していなさい。ここからは大人の仕事だ。子供は家に帰ってスマホでもいじっているといいよ」
リン「ああ、もう! この私が逃げるわけないじゃない! 仕方ないわね。アズマには特別に私の切り札を見せてあげるわよ!」
そう言ってリンは胸元をはだけさせる。
アズマ「リンちゃん、いいきなり何を⁉」
アズマはとっさに眼を背ける。
リン「恥ずかしがらないで見ていいわよ。私の身体は呪物だから、見られても恥ずかしくもなんともないから」
アズマ「そ、そう?」
すると、アズマは顔を真っ赤にし、鼻息を荒らげながらリンのはだけた胸元を覗き込む。
リンの胸元には大きな魔導核が埋め込まれていた。
リン「アズマ、私の魔導核に魔力を注いで! 出来るだけたっぷりと。そうすれば私の切り札を使うことが出来るわ」
アズマは返事をせず、興奮した様子でリンの胸元を凝視している。
リン「ちょっと! だから私の身体は呪物で出来ているんだって! ええい、恥ずかしいから見るな!」
そう言ってリンは恥ずかしそうに片手で胸元を隠しながらもう片方で手でアズマの頬に平手を食らわす。
リンはアズマの腕から地面に飛び降りると、怒ったようにアズマを睨みつけた。
リン「呪物に興奮するな、この変態!」
アズマ「ご、ごめんよう、リンちゃん。おじさんにはちょっと刺激が強くって……」
リン「もういいから、死にたくないなら私の魔導核に魔力を注いで!」
リンは頬を染めながら、先程よりは控えめに胸元をはだける。
アズマ「ど、どうすればいいんだい?」
リン「魔導核に触れて魔力を放出してくれればいいわ」
アズマ「わ、分かった!」
アズマはリンの胸にある魔導核に手を触れると魔力を放出する。
魔力を注がれた魔導核は銀色の光を放った。
リン「ジンマ、来ませり。神機一体『アマテラス』!」
次の瞬間、リンの身体は巨大化し、その身体は神機・アマテラスに変貌する。
その姿はまるで機械仕掛けの女神そのものだった。
巨大化したリンを前に、アズマはただ唖然とする。
神機・アマテラスと破壊の鬼は対峙し、お互い身構える。
最初に動いたのは破壊の鬼。大きく裂けた口に妖力を集中し始める。
リンは神機アマテラス内で銀糸を手繰ると、銀糸で『槍』を作り出す。すると、神機アマテラスの前に巨大な魔法陣が出現する。
リン「ジンマ、来ませり。おいでませ、神槍『天逆矛」
次の瞬間、魔法陣から巨大な神槍が出現する。神槍はそのまま射出され、破壊の鬼の頭部を貫き、その勢いのまま上空に浮かぶ地獄の巨釜をも貫いた。
神槍に貫かれた破壊の鬼と地獄の巨釜はそのまま轟音を放ちながら消滅する。
周囲に凄まじい衝撃波が放たれ、市街地は壊滅状態に。だが、その見返りとして脅威は滅んだ。
満月の明かりが神機アマテラスを照らし出す。
壊滅した街から、サイレンの音が響き渡った。
敵を倒したのを見届けた後、神機アマテラスは消滅する。
リンはそのまま力なく地面に落下するも、アズマに受け止められる。
アズマ「大丈夫か、リンちゃん⁉」
リン「ああ、大丈夫。ただ魔力が切れて指一本動かせないけれどもね」
アズマ「そうか、良かった……!」
リンはハッとなり、アズマを睨みつける。
リン「動けないからってHなことしないでよ?」
アズマ「しません! さっきのは不可抗力だから!」
リン「ふふ、冗談だよ」
リンはニッコリと笑う。
アズマ「お、可愛らしい笑顔。リンちゃんってば、喋らなければ良い子なんだけれどもね」
リン「アズマ、それ、どういう意味だい?」
アズマ「いえいえ、何でもございません!」
けたたましく鳴り響くサイレン。
リン「ねえ、アズマ。お腹空いた。世界を救ったご褒美に岡山家の辛みそネギラーメン味玉トッピング油少な目激辛マシを奢って?」
アズマ「世界を救ったご褒美にしては控えめだねぇ。よし、奢っちゃる!」
リン「へへ、やった!」
満月の優しい光が二人を照らしていた。