74. 蘇る死者
「寒い……」
凍えるような寒さだった。とても眠ってなんていられない。
がばっと起き上がる。おやと思った。目を開いているのに何も見えない。何度まばたきをしても真っ暗だった。目を凝らしてみると、かろうじて自分の手の輪郭が見えた。どうやら真っ暗な部屋にいるらしい。
「どこですか、ここ……?」
つぶやいてみても声がむなしく消えるだけで、返事はなかった。近くに人の気配はない。
体にかかっているのはうすっぺらいシーツのような布一枚きりで、むき出しになった肌に空気の冷たさがしみてくる。
しかもシーツの下は、
「は、裸……?」
服どころか下着一枚すら付けていない。全裸だった。
困惑しながらも、とりあえず手近な布、シーツを体に巻きつけて真っ暗な部屋の中を手探りで歩いていく。もちろん靴なんて履いていないから、裸足の柔らかい皮膚に床の冷たさが刺さるようだった。
たとえ夜だとしても月の明かりはあるはずなので、真っ暗だということはこの部屋には窓もついていないらしい。
ほとんど手探り状態で壁伝いに歩いていくと、ドアを見つけた。
手をかけるとドアは簡単に開いた。すきまから青い光が差し込んでくる。外に出ると、体のまわりに生ぬるい空気がまとわりついてきた。快適とは言いがたい湿気。だけど、その暖かさにはほっとする。
部屋の中はまるで冷蔵庫みたいに冷えていた。なんでそんなところで寝ていたんだろう。
寝る前、何かあったんだっけ……。
記憶を探ったら、答えはすぐに出た。
「ああ、そうでした。私、サメに食べられちゃったんでした」
ということは……私が寝ていた部屋は。……死体の保管部屋、とか?
あまり深く考えないでおこう。
ここにいたということは、誰かが運んだのだろう。クリスだろうか……。
あの後、どうなったんだろう。
クリスの様子はちょっと普通じゃなかったから心配だ。
早く会って話をしたい。私はちゃんと生きていると伝えたかった。
だけど、クリスはどこにいるんだろう。
廊下を見回してみたら、すぐ近くの長椅子に見慣れた黒いローブ姿を見つけた。キリオンだ。
横になって眠っているみたいだ。近寄ると、苦しそうな呻き声が聞こえた。目の周りが、泣き腫らしたように赤かった。
それを見て肩に触れようとした手がぴたりと止まる。なんでこんなところで泣いていたのか、自惚れでなければ、たぶん私のせいだと思ったから。
……いや、だったらなおさら起きてもらわなくちゃ。
「キリちゃん、私です。起きてください」
「う、うん……」
キリオンが眩しそうに目をあける。はれぼったい目がぱちぱちとまたたいて私の顔を見上げた。
「シホ……ちゃん…………? ――ひっ!」
はっと目を見開いたかと思うと、キリオンはのけぞるように体をそらして椅子からずり落ちた。尻もちをついたキリオンの瞳が震えている。私を見上げる表情は、まるで恐ろしい魔物を見たかのように怯えていた。
「大丈夫ですか……?」
「い、いや、いやっ! 来ないで!!」
体を支えようと手を伸ばしたら、キリオンが悲鳴をあげて腕を振り回した。
視界の端に、黒いものが映った。
ゴンッ、という鈍い音とともに、こめかみのあたりに衝撃を受けた。一瞬視界が暗くなり、目に映る景色がぐるりとまわって壁と天井が入れ替わる。わけがわからないままに体が床に転がった。
耳鳴りの奥に、ぱたぱたという小さな足音が聞こえてくる。足音は遠ざかっていくようだった。
一体なにが……。
頭を右手でおさえると、指先にぬるりとした生暖かい感触があった。見ると赤い血がついている。
殴られた……? どうして。
体を起こすと、ひどいめまいとともに、ずきずきとした痛みが襲ってきた。
足がふらついて立ち上がることはできそうもなかったので、とりあえず長椅子に腰掛ける。キリオンの姿は見えなかった。
あの怯え方は普通じゃなかった。まさか、私のことをお化けだとでも思ったのかな……。
……そうかもしれない。
廊下の奥から慌ただしい足音が聞こえてきた。
曲がり角から4,5人の男女が連れ立って姿を見せた。私を見て足をとめる。全員の表情が険しい。
先頭に立っていたのがエミリーだったので、私はほっとして声をかけた。
「あ、エミリーさん――うぐっ」
私が声をかけるのとほぼ同時に、肩に殴られたような衝撃を受けた。
目をやるとナイフの柄が見えた。私の肩に刺さっている。
え……?
一瞬遅れて、熱い痛みが体を突き抜けた。
「いっ……た……!?」
まともに座っていられなくて、崩れ落ちるように長椅子の上に体が倒れる。肩をかばおうとしたら激痛が走った。
静かな廊下に怒声が響いた。
「まだです! 頭部を破壊するまでは安心できません! 油断して近づかないように、噛まれたら死にますよ! だけど、まさかシホさんがグール化するなんて……! いったいどうして」
「え、エミリー先輩、あの人ほんとにグールっすか? いま、しゃべりませんでした?」
「バカなこと言わないでください。グールがしゃべるわけないでしょう!」
エミリーが槍を手にして私に切っ先を向けた。
な、なんでこんなことに!?
私は混乱しながら、焼けるような肩の痛みを感じていた。
なにか誤解が生まれている。なんとかその誤解を解かなくちゃ……!
「え、エミリーさん……! 私です、シホですよ!」
私は長椅子に伏したまま、ナイフの刺さったほうとは逆の手を伸ばしてエミリーに呼びかけた。
「そんなっ!? グールが喋った!?」
「いやだから、言ったじゃないっすか。あれたぶんグールじゃないっすよ」
「し、しかし、シホさんは確かに死んだはず……!」
エミリーたちがざわめいている。
なんだかわからないけど、敵意は薄れたみたいだ。
私は痛む肩をおさえながらゆっくりと体を起こした。
「エミリーさん、私、おばけじゃないです! ちゃんと足もついてます」
シーツをめくって、裸足の足を動かしてみせる。
「え、ええ? ほ、本当に足が付いている……まさか。いや、でも……あなた、本当にシホさんなんですか……?」
「はい、シホです。よくわからないですけど、ちゃんと生きてます。だから、その、槍はどけてもらえるとうれしいんですけど……」
困惑の表情を浮かべたまま、エミリーたちが顔を見合わせた。




