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ひよわな私の異世界ぐらし  作者: ささみし
ひよわな私と長い雨
73/75

73. 地上の月

 よく晴れた夜だった。空には無数の星と青い月が輝いている。

 その空の下、アルメイリアの町を見下ろす丘で、焚き火がぱちぱちと音を立てて燃えていた。傍らには二人の少女が座って火を見つめている。

 

 法衣をまとった少女がため息をついた。

 

「本当ならいまごろはアルメイリアに着いているはずでしたのに……。サキさん、あなたが変なものを食べてお腹を壊したせいですのよ?」


 首をかしげるようにして、隣にいる黒髪の少女をじとっと見やる。


「ごめんってば。まさかあれが毒キノコだったなんて。食べたことあるやつだと思ったんだけどなあ」

「あなたって人は……。食料なら持ってきていますのに、どうして拾い食いなんてするんですの」

「食料ってさ、あの保存食でしょ? あれ、あんまり美味しくないんだもん」

「まったくもう。ただでさえ雨つづきで足止めをされてしまっているんですから。あまりのんびりしていては、お父様に遊んでいると思われてしまいますわ」


 そう言って首を横に振ると、銀色の髪がふわりとゆらめいて周りに甘やかな香りが広がった。


「まじめだなあセイレンは。でもさあ……アルメイリアだっけ。あの様子じゃ、いま行ってもなんにもできないんじゃないかなあ」


 革の鎧を身に着けた黒髪の少女、サキが立ち上がり、アルメイリアの町を見つめて言った。

 町の様子は月明かりに照らされてよく見える。すぐそばを流れるアルム川がここ数日の長雨によって氾濫し、町のかなりの面積が茶色くにごった川の中に沈んでしまっていた。


「ええ。ですが、これも月の女神様のお導き。きっと、わたくしたちに復興の手助けをするようにとおっしゃっているのに違いありませんわ」


 セイレンは頭上に佇む青い月をまっすぐな目で見つめながら両手の指を組んだ。

 それとは対象的に、サキは関心がなさそうに投げやりな態度で頭の後ろに手を組んでいる。


「ふーん。ボランティアかあ。そういうこともするんだねえ」

「そういうサキさんのほうこそ、人探しはいいんですの? お姉さま、でしたかしら」

「ほんとの姉妹じゃないけどね。もちろん、アルメイリアでも探してみるつもりだよ。けど、いまのところ手がかりもないしなあ……。アルメイリアで探してみてだめだったら、しばらくはセイレンのやりたいことに付き合うよ」

「……いいんですの?」

「散々お世話になってるしね」

「お世話だなんて、わたくしはべつに……。ですが、その、サキさんさえよろしければ、お仕事の期限が終わってもわたくしのところにいてくださっても……」


 セイレンは言いよどみながら、銀色の長い髪をくるくると指に巻きつけた。


「あれ……? ねえセイレン、なんだろう、あの光」

「も、もう。サキさんってば! わたくしが大事な話をしていますのに――って、あれは……な、なんですの……!?」


 最初に、町の中心に青い光がぽつんと灯った。それが合図だったかのように、周囲に点々と光が灯っていく。その数は加速度的に増えていき、やがて光は町の中心部を眩いばかりに青く輝かせて外縁部にまで広がっていった。

 あっという間に、数え切れないほどの光の粒は町全体を覆ってしまった。町を沈めた水がたゆたい、水面に空の光と地上の光が交差する。まるで地上にもうひとつ星空ができたかのように、無数の星々がきらめいていた。

 

「すっごい。きれい。イルミネーションみたい……!」


 サキが感動をつぶやいた。セイレンは魅入られたようにただ呆然と立ち尽くし、声を失っている。

 町を覆っている無数の光は、中心に向かって吸い込まれるように集まっていった。すべての光が一つに集まり、ひときわ強く輝いた。やがてその光がふっと消えると、町はまるで最初から何もなかったかのように静けさを取り戻した。

 

「な……なんですの、いまの光は……」

「すごかったね! あの青いお月さまがもう一つできちゃったみたいだったよ」

 

 サキが空を見上げて言った。

 セイレンが同じように空を見上げて、はっと気がついたように叫んだ。

 

「そっ! それですわ!!」

「わっ、なにさ、急に?」

「月の女神様が降臨なさったのですわ! そうです、そうに違いありませんわっ!! こっ、こうしては居られません! サキさんっ、いますぐアルメイリアに向かいますわよ! 出発ですわ~!!」

「え~? いまから行くの? あたしもう眠いんだけど……って、聞いてないし。もーっ、待ってよ、セイレンってばー!」

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