67. 救助
サメはバルコニーを越えて放物線を描いて宙を舞い、床の上にびたんと落ちた。
目を走らせるとリルカとライラが倒れている。まさか、と思ったけど二人とも無事のようだった。じゃあさっきの血は……?
ふとサメを見ると様子がどうもおかしい。サメの背中には、深くえぐれたような真っ赤な穴が空いていた。そこからおびただしい血が流れ、サメはピクピクと痙攣しているのだった。
「シホ!」
血相を変えたクリスが部屋に飛び込んできて私に目を向ける。
「良かった、無事で」
「え、ええ……。でも、このサメは一体だれが……」
「クリスさーん、シホさーん! ご無事ですかー!?」
外から声が聞こえてきた。
バルコニーに顔を出して見ると、何艘ものボートが水面を滑っている。
呼び掛けてきたのはエミリーだ。近くのボートにはキリオンの姿も見えた。そうか、さっきのサメはキリオンがやってくれたんだ。
「キリちゃん! ありがとうございます!」
呼びかけると、キリオンは小さく手を振ってくれた。
救助がやってきたのだった。
ちょうど桟橋のようになっていたライカ亭のバルコニーにボートが横付けされて、エミリーが移ってきた。
「それで、怪我人というのは――あっ、ライラさん……!?」
「ええ。ちょっと噛まれちゃって。応急手当はしたんだけど」
流れる血はほぼ止まったものの、ライラの顔色はかなり悪かった。
「これは酷い……! すぐに回復魔法をかけます。よろしいですか?」
「ええ、お願いするわ。歩けくなっちゃったら困るものね」
「わかりました。クリスさん、ライラさんの脚をおさえていてください」
クリスは黙ってうなずいてライラの脚にまたがった。
「いきますよ」
エミリーが傷口に両手をかざすと、その手がぼうっと青白く光り始めた。
ライラが苦しそうに唸り声を上げ、もがき始めた。クリスがそれをおさえつけ、エミリーは動じることなく真剣な表情で魔法をかけ続けている。
両手の光は輝きを増していた。傷口の肉がうごめいて、もこもこと盛り上がっていく。ライラの顔には玉のような汗が吹き出した。
不意に横から引っ張られたような気がして、見るとリルカが私の服の裾を握りしめていた。私はリルカの肩を抱いてこの治療が終わるのをじっと待ち続けた。
1分ほど経って、エミリーの手の光がおさまると、肉のえぐられた太腿はみごとに修復されてピンク色の真新しい皮膚に覆われていた。
「お、終わりました……」
エミリーが大きく息をついて、額に浮いた汗を拭う。
ライラは息も絶え絶えになりながら、床の上にぐったりと四肢を投げ出している。
リルカがそばに寄ると、ライラはゆっくりと体を起こした。
「おかーさんっ」
「リルカ……大丈夫よ。おかあさんもう治ったから」
リルカを抱きしめるライラを見ながら、あきれたようにエミリーが言う。
「……大抵の人は気絶するんですけど。治療直後によく動けますね」
「リルカの前で、気絶しちゃったらかっこ悪いでしょ?」
汗まみれの顔で、ライラがにっこりと笑った。
「いまのが回復魔法……。すごいですね、大怪我だったのに治っちゃいました」
「ええ。でも回復魔法って、本人の治癒力を高めてるだけだから。普通に治るまでの痛みをいっぺんに味わうってわけ。すごく痛いのよ?」
とクリス。確かに治療中のライラは尋常じゃない苦しみ方だった。痛いだけじゃなく体力の消耗もかなり激しそうだ。魔法とは言うけれど、万能じゃないんだなと思い知らされる。
「みなさん、わかっているとは思いますが、洪水の影響でこの町にはサメが泳いでいてとても危険です。水の中には決して入らないようにしてください」
エミリーが私たちを見回して言った。
「はーい」
リルカが手を上げて返事をする。エミリーがふふっと微笑んだ。
家の外からは怒声と水しぶきの音が騒がしく聞こえてくる。サメと冒険者が戦っているようだ。
「舟には魔除けを積んでいますから、乗っていればサメが近づいてくることはありません。ただ、こちらに全員は乗れませんので先にリルカさんライラさんを乗せて戻ります。シホさんたちには他の舟を回しますので少し待っていてください」
「舟はいらないわ。シホはわたしが運ぶから」
クリスが言うと、エミリーが納得したようにうなずいた。
ん? 運ぶってどういうこと?
疑問を投げかけるようにクリスの顔を見たけれど、答えは返ってこなかった。
「わかりました。ではライラさん、リルカさん。乗ってください。足元に気を付けて」
エミリーたちを見送って、ライカ亭には私とクリスが残された。
「クリス、舟はいらないって言ってましたけど、私たちどうするんですか?」
「空から行くわよ」
「そら?」
私は窓の外の青空を見上げた。




