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ひよわな私の異世界ぐらし  作者: ささみし
ひよわな私と長い雨
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64. きのこ

 部屋にこもった湿気と臭気をしっかりと換気して窓を閉めた。

 クリスはトイレに行っている。

 私はライラから借りたコートの水気を拭き取ってハンガーにかけた。クリスのコートはというと、濡れっぱなしのまま放置されていた。

 

 だらしないなあと思って拾い上げる。コートは雨水と湿気でびしょ濡れだった。ほったらかしにしていたらカビでも生えてしまいそうだ。

 あらかた水気がとれたところで、ふと変なにおいがしたように思えてコートに鼻を近づけた。

 ……なんとも言えない変なにおいがする。

 ドアがあいて、クリスが戻ってきた。

 

「…………シホ、なにしてるの?」

「このコート、変なにおいがします。使ったあとちゃんと手入れしてますか?」

「手入れ? べつに何にもしてないわよ」

「濡らしっぱなしで乾かしちゃってるんですか」

「そうだけど?」

「道理で……。こんど晴れたら洗って干しておきますね」

「いいわよ。どうせ汚れるんだから」

「そんな使い方してるとカビちゃいますよ?」

「大袈裟ね」


 そう言ってクリスはベッドに飛び込んだ。

 汚れるものは汚れたままでいいというクリスの言い分もわかるけど、せっかく使うならきれいな方がきっと気持ちよく使えると思う。

 べつに咎められることもないだろうし、雨があがったら洗ってしまおう。

 

 借りたコートをライラに返してから、私は読んでいた本の続きを開いた。

 読書に熱中していると、視界のすみで何かが動いた気がした。だけど目を向けてもなにもない。

 気のせいか、と思って読書に戻る。

 

 とんとん

 

 肩をかるく叩かれた。

 

「はーい」


 振り返ってみると、クリスはベッドに寝ていた。すやすやと寝息を立てている。お昼寝中だ。

 

「あれ?」


 おかしいなあと思って首をかしげていると

 

 とんとん

 

 こんどは背中に……

 ぎょっとして立ち上がる。

 がたん、と椅子がはねて、背もたれからなにかが落ちた。

 床の上には、薄茶色をした指のような物がうねうねとうごめいていた。

 私は思わず叫んでいた。

 クリスが飛び起きる。


「な、なにっ!? 敵?」


 ドアが勢いよく開いて、ほうきを持ったエプロン姿のキリオンが飛び込んできた。

 

「ど、どうしたの、シホちゃん!?」

「へ、変なものがあそこに!」

 

 私は床をうごめくものを指差した。

 それは芋虫のように床を這って移動しているようだった。

 

「な、なんですか、あれ。虫ですか……?」


 キリオンがそろそろと近づいて、床をじっと見た。

 

「な、なんだ。ただのきのこだよ、シホちゃん」


 そう言うと、キリオンはうごめいているそれを指でつまんで窓からぽいっと投げ捨てた。

 クリスがベッドの上であぐらをかきながらつぶやいた。

 

「嫌ね。なんできのこが部屋の中にいたのかしら」


 ……?

 きのこって聞こえたけど、聞き間違いかな?


「いま、きのこって言いました……? 動いてましたよ?」

「きのこなんだから、動くやつだっているでしょ」

「シホちゃん、きのこ見たことないの?」

「ありますけど。きのこが動く……? あっ、でも、前クリスと一緒に見たきのこは動いてませんでしたよね?」

「そりゃ動かないのだっているわよ」


 ??

 頭が混乱する。

 

「あの……。動くきのこがいるっていうんですか?」

「だからそう言ってるじゃない。見たことないの?」

「見るというか……きのこが動くなんてはじめて知りましたよ」

「ふーん。ほんとにシホは世間知らずね」


 あきれた様子のクリス。キリオンは苦笑いをしている。

 その後ろにあるクローゼットの扉のすきまから、さっきと同じきのこがうねうねと這い出してくるのが見えた。

 

「キリちゃん……。いま、クローゼットからきのこが出てきましたよ……?」

「え……? ほんとだ」


 さっきのきのこはキリオンが外に捨てたから、別の個体に違いない。でもどうしてクローゼットの中から……?

 ベッドから降りたクリスがクローゼットに近づいていく。

 

「……ちょっと待ってください、嫌な予感がするんですけど」

「嫌な予感ってなによ」

 

 クリスが無造作にクローゼットの扉を開けた。その中には沢山のきのこが――

 

 

 ……いま思い出しても鳥肌が立つ。

 元凶はクリスが脱ぎっぱなしで放置した革製の防具だった。


「こんなこと、いままでなかったのに……。嫌ね。どこかで種がついたのかしら」


 クリスは首をかしげているけど、キリオンに聞いた話ではきちんと手入れをして保管すればカビやきのこが生えるようなことはないという。あのキリオンでさえ手入れをしているのに……。

 雨続きで空気が湿っていたというのもあるだろうけど、一番の原因はクリスが汗まみれの防具を放ったらかしにしたことにありそうだった。

 

 きのこを駆除したあとで見せてもらった革の胸当ては、内部まで菌糸が張り巡らされて真っ白になっていた。

 キリオンいわく、吸い取れる養分がなくなったからきのこになって移動したのだとか。

 触ってみると、なるほど革がスカスカの抜け殻のようになっていた。こうなってはもう捨てるしかない。


「もったいないですね……。クリスは物の扱いが雑すぎます。これからは私が手入れをしますから、汚れたものはこのカゴの中に入れるようにしてください。服も脱ぎっぱなしにしちゃだめですよ」


 私は用意した洗濯物カゴをぺしぺしと叩いた。

 クリスが渋い顔をする。


「べつにそこまでしなくても、いままで通りでいいじゃない」

「だめです。クリスがそんなだからきのこが生えちゃったんじゃないですか!」

「わかったわよ」


 クリスが肩をすくめてうなずいた。

 これであの惨劇を繰り返さずにすむ。私はほっと胸をなでおろした。

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