55. パジャマパーティーと夜の秘密 後編
「へー。クリスってお酒弱いんだ。意外なところで弱点知っちゃった」
ロゼッタがニヤニヤと笑っている。
そういえばキリオンは? と見てみるとケーキをちょっとずつつまんでいた。特に変わりはなさそうだ。
「ねーねー、女が5人も集まってるんだからさー、恋バナでもしようよ。だれか好きな人はいないわけ?」
突然、ロゼッタがそんなことを言い出した。
リルカが挙手をする。
「はーい、リルカいるよ!」
「おっ、リルカちゃん。だれだれ?」
「えっとねー。エミリーさんっ」
「エミリーって……。ああ、冒険者ギルドの人?」
「うんっ。エミリーさんね、かっこいいの。あのね、リルカ、エミリーさんのことみてるとおなかの奥がきゅーってなって、ふわふわするの」
「あー、ははは。やっぱりハーフだと早いよねえ。でもエミリーさんって見た目はいいけど、ああいう真面目そうなのって裏では何やってるかわかんないところあるからなー。結構遊んでたりして。リルカちゃんも気をつけないとイタズラされちゃうかもよー?」
ロゼッタがリルカに向かって、がおー、と襲いかかるふりをしてみせる。
「エミリーさんはそんなことしないよっ。もー。エミリーさんのこと悪く言うなんてロゼッタさんきらいっ」
「わー、ごめんごめん。リルカちゃん、言い過ぎたよ、おねーさんのこと許して?」
「むー……。しょーがないなー。ゆるしたげる」
「ありがとー。リルカちゃんかわいいねー、おねーさんとちゅーしよー」
「きゃー、やだやだー」
「ロゼッタさん、酔っ払ってません……?」
「え?そうかな、そうかも。あははっ。まあいいじゃん。で、キリオンさんは? だれか好きなひといないの?」
「え……好き……?」
キリオンが私をじっと見つめて言った。
「えっと……シホちゃん。好き」
「えっ」
え?
いま、好きって言われた?
「えーっ! キリオンさんって、そうなの!? シホさんのことが好きなの?」
「う、うん」
真っ向から肯定されて、顔が熱くなる。
「きゃーっ」
リルカが黄色い悲鳴をあげた。
どうしよう。面と向かって好きと言われたのは初めてのことだから――あれ、初めてだっけ……?
と、とにかく、こんな、みんながいる前で言われたら反応に困ってしまう。
ちらりとクリスを見たら、私の膝に頭をのせて、気持ちよさそうにすやすや眠っていた。
……もう!
ロゼッタが楽しそうにニヤニヤと笑顔を向けてくる。
「どうするの、シホさん」
「ど、どうって、言われても……」
うれしいけど、なんて答えたらいいのかわからなくて、手のひらにじっとりと汗が滲んだ。
リルカがキリオンに這い寄った。
「キリオンさんはシホさんのどんなところが好きなの!?」
キリオンがぎゅっと体を縮めながら答える。
「えと、友だちだから……」
「友だち……?」
「う、うん。シホちゃんは、友だちって言ってくれて、だから、好き」
リルカとロゼッタが目を合わせた。
ロゼッタがおずおずと尋ねる。
「それって、恋愛的な意味の好きなの?」
「れんあい……? って、なに……?」
キリオンの言葉で、張り詰めていた空気が一気に弛緩したようだった。
リルカとロゼッタが敷物の上に体を投げ出した。
「なーんだあ」
「あはは。でもあたしちょっと安心しちゃったかも。だってキリオンさんだもん」
私は、ほっとして胸をなでおろした。
……なんでほっとしたんだろう。
ロゼッタが言った。
「じゃあ、あたしのことも好き?」
「え……?」
「だって、あたしもキリオンさんのこと友だちだと思ってるもん」
「えっ」
「あー、ロゼッタさんずるい! リルカもだよ、リルカも友だち!」
「と、友だち……」
キリオンと目があって、私はうなずいた。
「私たち、みんなキリちゃんの友だちですよ」
「こんど暇なときうちの店に来てよー。ロゼッタお姉さんが恋愛がなにか教えたげる!」
「リルカもー!」
「あっ、ありがとう……! う、うれしいな……」
キリオンは恥ずかしそうにうつむきながら、隠しきれない笑顔を浮かべている。
「で、シホさんは?」
ロゼッタが唐突に私に話を振ってきた。
「……? なにがですか?」
「とぼけちゃって。好きな人の話」
好きな人って……。
妙に主張してくる膝の上の体温を頭のすみに追いやって、私は逃げの一手を踏み出した。
「え、えーと……。みなさん大好きですよ?」
「ずるー。いや、まあいいけどね。あー……なんか気が抜けちゃった。眠くなってきたかも……」
「う、うん、急に眠くなって……」
「リルカもー。ふわぁ……」
3人が3人とも、次々に敷物の上に寝そべっていく。
「えっ、みなさんここで寝ちゃうんですか? 寝るならベッドで寝たほうが……。それに、まだ歯磨きもしてないのに」
なんて言ってる間に、みんなすっかり眠ってしまったようだった。
いくら敷物が暖かいといっても、夜はまだ寒い。このまま寝てしまっては体が冷えて風邪を引いてしまうかもしれない。
うーん。ベッドまで抱っこして運ぶなんてことは私にはできないし、とりあえず毛布だけでもかけておけばいいかな。
立ち上がったら足がふらついた。眠気が押し寄せてくる。油断すると気を失ってしまいそうな感じ……。お酒が入ったせいかなあ、とあくびをしながらみんなに毛布をかけていると、
クリスの体から、青白い人魂のような光がぬるりと飛び出した。
なにこれ!?
唖然としてその場に立ち尽くしていたら、光が私に向かって飛んできた。
とっさに腕を前に出して体を守る。
「きゃっ」
ぶつかった!
と思ったけど、体はなんともないし、周りを見ても変わった様子はない。
なんだったんだろう……。わからない。
だけど、さっきのクリスの様子に妙な既視感を覚えていた。
……そうだ、死んだ魔物から魔力が抜けていく、あの光景にそっくりなんだ。
連想が不吉に思えてしまって、私はクリスに駆け寄った。
「クリス……!? 大丈夫ですか!?」
寝ているクリスの肩をゆする。
「ん……」
クリスは迷惑そうに眉をひそめた。さっきと変わらず、すやすやと眠っているだけのようだった。私は安心してその場に座り込んだ。
いまのは一体なんだったんだろう……。
ふと振り返って――ひやりとした。
ほかの3人の体からも、クリスと同じように青白い光が浮かび上がっていた。
「な……なんなんですか、これ……!?」
光は次々と私に向かって飛んできた。眩しい光に包まれる。
どくん
心臓が大きくはねた。体の自由が効かなくなる。
私は敷物の上にうつぶせに倒れた。
目の前の手が二重にぼやけて見える。ナイフで切った傷の付いた指。その上に、残像のような傷のない指が重なって、傷は次第に薄くなっていった。
目を覚ますと朝になっていた。私は寝ているみんなを起こしてまわった。
体におかしなところはないかと尋ねる私を、クリスたちが不思議そうな目で見ている。
「むしろ、ぐっすり寝ちゃってすっきりしたくらいだけど」
とロゼッタが言った。
ほかのみんなも同意見で、どうやら本当になんともないみたいだった。
昨日の光は一体なんだったんだろう。夢だったとは思えないんだけど……。
ナイフで切ったはずの指には、まるで最初から何もなかったかのように傷跡など影も形も残ってはいなかった。
面白いと思っていただけたらブックマークや評価を頂けるとうれしいです
いいねや感想もとても励みになります




