51. 怪しい女と秘密の薬
私は貸本屋への道を急いでいた。
「早くしないとお店が閉まってしまいます」
もうすぐ日が暮れる。いつものように大通りを行っては間に合わないかもしれない。
そういえば。以前リルカとおさんぽをしたとき、路地を抜ける道を通ったことを思い出した。あの道ならずっと早く着く。
一人のときは行かないようにって言われたけど……ちょっとくらい大丈夫だよね。
私は薄暗い曲がり角へ足を踏み入れた。
路地には人の気配がなかった。道幅は両手を伸ばしたらくっついてしまうような狭さで、日当たりが悪く、じめっとした空気が漂っている。
時間帯以上に暗く感じる。もっと早い時間に来ればよかったなあ。少し後悔しながら歩いていると、丁字路の角でいきなり声をかけられた。
「ちょっと、そこのおねーさん」
人がいるとは思っていなかったので、びっくりして立ち止まる。
「こっちこっち」
曲がり角の向こうに大人のお姉さんが立っていた。歳は20代後半くらい。顔に見覚えはない。
胸を強調するような服を着ていて、思わず目が吸い寄せられる。ライラと同じくらいありそう。いや、ライラのほうが大きいかな……。
「えっと、私ですか?」
「そそ。おねーさん疲れてない?」
「はあ、まあそうですね」
確かに、ここまで早足で歩いてきたので少し疲れてはいる。
私がうなずくと、お姉さんは手のひらサイズの小瓶を取り出した。
「アタシ良い薬持ってるんだ。これを飲むとね、疲れが取れて元気になるんだよ」
…………。
なんかあからさまに怪しい。あまり関わり合いになりたくないかも。
それに、急がないと本屋さんが閉店してしまう。
「いえ、あの、間に合っていますので……」
「まあまあ! 話だけでも聞いていってよ」
断って行こうとしたら先回りされて道を塞がれた。
「すみません、急いでいるんです」
「怪しいもんじゃないからさ。とりあえず一本だけでも。値引きするから」
「け、結構です」
「大丈夫だから。ね? 一本100リムのところを今回は特別に10リムでいいからさあ」
なにが大丈夫なのかわからない。一本100リムって。私の3日分のお給料が飛んでしまう。
それに、いくらなんでも値引きしすぎだし。そこまで安くなると、お得感よりも怪しさが先に立つ。
あー、なんだか変な人に絡まれちゃったなあ。こんなことなら少しくらい遠回りでも大通りを行けばよかった。
「いや、マジで人助けだと思って一本買ってくれないかなあ。ねえ、お金持ってるでしょ? 10リムくらいあるでしょ?」
あるけども。
「こ、困ります……」
壁に押し込まれて、腕で逃げ道をふさがれる。
助けを待っても誰も通りそうにない。やっぱりリルカの言う通り、一人で来ちゃいけなかったんだ……。
いまさら悔やんでも仕方ない。勉強代だと思って10リム払ってしまおう。
「……わかりました。一つだけなら」
「よかった。うん。ほんとおねーさんツイてるよ」
どの口が言うんだろう……。まあ強盗に会うよりはマシだと思えば。
そんなことを考えながら財布を出そうとしたとき、咎めるような声が響いた。
「こらー! そこの人、何をしているんですか!」
「ちっ、あとちょっとだったのに!」
怪しいお姉さんは悪態をついて逃げ出した。
逃げ足はとても速く、声の主が駆けつけたときにはもう姿が見えなくなっていた。
「やれやれ、逃げられてしまいましたか。そこのあなた、大丈夫でしたか?」
「あ、はい。ありがとうございます。……って、あなたはエミリーさん?」
私を助けてくれたのは、冒険者ギルドのエミリーだった。
思わぬところで出くわして、エミリーも目を丸くしている。
「え? ああ、誰かと思えばシホさんではないですか。こんな時間に路地を歩くのはやめておいたほうがいいですよ。ときどき今みたいな連中がいますからね」
「そうですね、気を付けます。でも、エミリーさんはどうしてこんなところに?」
「なに、ちょっとした見回りです」
「冒険者ギルドの職員って、そんなお仕事もするんですか」
ギルド内の仕事だけでなく町の治安維持まで請け負っているのか。大変だなあ、と思っていたら、エミリーが首を横に振った。
「いえ、仕事ではありません。いまは仕事明けで、私的な時間です」
「え、じゃあ……趣味でこんなことを?」
「趣味と言われると返答に困りますが、広い意味ではそうかもしれませんね。私、この町が好きなんです。行き場のない私を受け入れてくれたこの町が……。あれは、そう。私がまだ18歳のときのことでした。あのときの私は怖いもの知らずで――」
「……あの、その話長くなります? 私、閉店までに貸本屋さんに行きたいんですけど」
「ああ、そうですか。でしたらそこまで送りますよ。そうそう、当時私が所属していた騎士団の上役がとんでもない人で――」
ともあれ、今回はエミリーがいてくれて助かった。次からは遠回りでも大通りを歩くことにしよう。そう心に決めて貸本屋の前でエミリーと別れたのだった。
次の日、私は仕事の合間に昨日のことをリルカに話していた。
「――ということがありまして」
「へ~。エミリーさんってやっぱりすてき」
リルカは目を輝かせている。
素敵かな……。
「ええ、まあ……頼りになる人なのは間違いないですね」
リルカの中で、エミリーの株がまたひとつ上がったようだった。
そんな話をしていたら、お客さんがやってきた。
「いらっしゃいませ。って……キリちゃん?」
食堂に入ってきたお客さんはキリオンだった。いや、キリオンに間違いないはずなんだけど、どこか雰囲気が違って見える。
「おはよう、シホちゃん! リルカちゃんもこんにちは!」
「誰……」
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