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ひよわな私の異世界ぐらし  作者: ささみし
ひよわな私と未知の世界
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5. 町へ

 アルメイリアというのは町の名前らしい。

 森の中を流れている大きな川を下った先にある川沿いの町で、クリスが拠点にしているのだという。

 私たちはそのアルメイリアに向かって歩いていた。

 

「少し休憩してもいいですか?」

「構わないわよ」

 

 休憩がてらに、クリスは私にいろんなことを教えてくれた。

 まず魔力という不思議な力のこと。魔昌石という石にこめられたその力は、石を道具に組み込むことで光らせたり熱を発生させたり、いろんなことができるらしい。しかも魔力は魔昌石だけじゃなくて全ての生き物が持っていて、生きるためのエネルギーになっているんだって。


「そうなんですか。知りませんでした」

「いや、知らなかったっていうか、あなたの場合……。まあ、いいわ」


 クリスが複雑そうな顔をする。そうだった。私は記憶喪失らしいので、知らないというよりも忘れていたと言ったほうが正しいのかもしれない。どっちでも同じことだけど。

 ちなみに、魔力をうまく操れる人は道具を使わなくても火を出したり物を動かしたりできるようになるんだという。

 クリスが立ち上がって私を手招きした。

 

「さあ、そろそろ出発するわよ」


 

 しばらく歩いていると、息があがってきた。

 

「ふう……ふう……。そろそろ休憩にしませんか?」

「またなの? まあ、いいけど」

 

 私は息を整えながら、クリスが生業にしている冒険者という仕事のことを聞いてみた。

 世界には魔力の豊富な場所があって、そういう土地では作物の育ちが良かったり資源が豊富だったりする。その代わりに、魔力を蓄えた危険な魔物も育ってしまう。そのメリットとデメリットを天秤にかけて付かず離れずのところに町を建てるのだとか。

 もともと、冒険者は町のそばに出た魔物を退治するような仕事だったんだけど、だんだん魔物から採れる魔昌石や素材の需要のほうが増えていった。

 仕事の量や種類も増えて、個人で管理するには限界が出始めたところから冒険者ギルドというのができたのだという。

  

「冒険者にもランクがあって、難しい仕事をこなせるとランクが上がっていくの。見習いの星なしから五ツ星まであるのよ。と言っても五ツ星はいままで数えるほどの人数しか認められてないから、伝説みたいなものね」

「そういえばクリスさんは三ツ星って言ってましたけど……。結構すごいんじゃないですか、三ツ星って」

「そうね。アルメイリアにはほとんど居ないし、ときどき直接仕事を頼まれたりもするわね。まあ、わたしにとっては大したことじゃないけど」


 と、なんでもないみたいに言いながらも、クリスの口もとは嬉しそうにゆるんでいる。

 照れ隠しをするように立ち上がって私を促した。

 

「ほら、もう十分休んだでしょ。先は長いんだからそろそろ急ぐわよ」


 

 川沿いの道は起伏が激しくて、まるで登山道のようだった。

 疲れのたまった足がふらふらする。先を行くクリスに置いていかれそうだ。

 

「すみません、ちょっと休ませてください」

「…………」


 私は足を休ませながら、クリスの泊まっている宿の話を聞いた。

 屋号はライカ亭と言って、併設された食堂の料理が評判の宿らしい。

 

「――って、何回休めば気が済むのよ! まだろくに歩いてないのに3度目の休憩なんだけど!?」

「そうですか……? ずいぶん歩いたと思いますよ」

「いい加減、急がないと今日中に町に着くこともできないわよ。というか、本当なら昨日のうちに帰る予定だったから食べるものもないし」

「それは困りますね……。あ、でもこんなところにきのこが生えてますよ。これ食べられませんか?」

「それは毒きのこよ! バカなこと言ってないでさっさと行くわよ」


 クリスが手を引っ張って私を立たせる。

 勢いあまってふらついた足に、思ったように力が入らなかった。目は開いているのに、幕が下ろされるみたいにスーッと視界が暗くなっていく。

 

 目の前が真っ暗になって、耳鳴りが音を遮断する。遠くから叫んでいるようなクリスの声がかすかに届いた。

 全身の関節から力が抜けて、へなへなと地面に崩れ落ちた。

 

「――シホ!? ちょっと、大丈夫!?」

「……あ、すみません。大丈夫、平気です。ただの立ちくらみなので……体はなんともないです……」


 ひどいときは気絶することもある。

 今回はクリスの声が聞こえたから意識を保てたようだ。

 

「本当に平気なの? だって、急に倒れて……」

「大丈夫です。よくあることですから。少し休めば歩けます。すみません、迷惑かけてばかりかけてしまって……」

「そ、そうなの? よくあることなの?」


 心配そうに顔を曇らせていたクリスが少し安心したように見えた。

 

「それならいいけど……いや、よくはないわよね……」


 クリスは何か考え込むように口もとに手を当てていたが、意を決したように顔を上げて向き直った。

 

「わかったわ。そういうことなら仕方ないわね。おんぶしてあげるから背中に乗って」

「え?」


 おんぶ?

 聞き間違いかと思ったけど、そうじゃないみたいだった。

 クリスは私に背を向けてしゃがみこんだ。

 その体は小さくて、私が乗ったら潰れてしまいそうに見える。

 

「それはさすがに……無理じゃないですか」

「あんた一人背負ったってべつになんともないわよ。いいから早く乗って。わたし、今日も野宿するつもりなんてないんだからね」

「そう、ですか。それじゃあ……」


 私はクリスの両肩に手を置いて、背中にそっと体重を預けた。クリスの指がふとももに食い込んだかと思うと、すくっと立ち上がった。

 歩き始めたクリスの足取りは軽々として手ぶらで歩いているみたいにスムーズだった。人一人背負うくらいなんともないと言ったクリスの言葉が嘘じゃないのがわかる。


「重くないですか?」

「むしろ軽すぎるくらいなんだけど……。まあいいわ。ペースあげるわよ」


 歩くスピードが上がった。ほとんど走っていると言っていいくらいだ。不思議と揺れは少ないけど、何かのはずみで振り落とされそうだった。

 

「あ、あの……っ! 落っこちそうなんですけどっ」

「落ちないようにちゃんとつかまってればいいでしょ!」


 それもそうだ。私は両腕をクリスの肩に回して後ろから抱きしめるみたいにしがみついた。

 体が密着したので、さっきよりもずっと安定感がある。

 

「これなら大丈夫そうです」

「そ、そうね!」


 妙に上ずった声でクリスが返事をした。

 

 クリスの体は子供みたいに体温が高かった。首回りや脇の下が、かいた汗でしっとりと濡れている。

 もふもふとしたクリスの髪の毛に顔をうずめてみたい衝動にかられながらゆられていると、突然クリスが叫んだ。

 

「魔物が、ノコギリイノシシよ! つかまって!」


 そう言うやいなや、クリスは横に跳んだ。

 正面から灰色の動物が突進してきた。避けていなければ衝突していたコースだ。

 クリスが舌打ちをした。

 

「ちっ、面倒くさいわね……! 一旦降りてもらうわよ」


 荷物を放り出すように私を地面に降ろすと、クリスは剣を抜いて駆け出した。

 灰色の動物、ノコギリイノシシがUターンしてクリスに向き直る。

 そのとき、クリスの足元の地面が爆ぜた。鋭い破裂音とともに、クリスが放たれた矢のように加速して一瞬の間にノコギリイノシシの向こう側まで移動した。

 ノコギリイノシシが切なげな悲鳴をあげてその場に倒れる。体からどくどくと血が流れて水たまりができていく。

 

 一瞬の出来事すぎて、私には何が起きたのかよくわからなかった。

 クリスは地面に落ちた欠片のような魔晶石を拾い、クマのときと同じように尻尾を切り落として袋の中にしまった。

 

「もう少し町に近ければお肉も持っていくんだけど。まあどっちにしろ今日は捨てていくしかないわね」

「あの、いまのは……」

「これはノコギリイノシシよ。ほら、お腹の毛皮が鋭い刃みたいになってるでしょ。さわると指が切れるから気を付けて」


 クリスの言う通り、体の側面の毛皮がつんつんと尖っていて金属のように硬そうだ。

 

「それも気になりますけど、いま、クリスさんがすごい速さで動いたように見えました」

「べつに特別なことはしてないわ。踏み込みに魔力を使って加速しただけ」

「そんなこともできるんですか。かっこいいです! 必殺技みたいですね!」

「そ、そう。まあ誰にでもできることじゃないけど……って、必殺? なにそれ」


 魔力ってすごいなあ、と感心することしきりだった。

 私はふたたびクリスに背負われて、森の中を抜けていった。

 やがて、薄暗かった森を抜けて、景色がサッと開けた。

 

「わあっ、すごいです。きれいですね!」


 地面が黄金色で覆われている。畑があたり一面に広がっていた。風が吹くと麦に似た作物が一斉に揺れて波のように見えた。

 

「ここから宿まではまだ少しあるけど、どうにか日暮れまでには着けそうね」

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