41. 看病
部屋に戻るとクリスがベッドの上で四肢を投げ出してぐったりしていた。
「具合はどうですか……?」
「……無理…………」
あの後、クリスは体の中のものを全部出しきってしまったらしい。
私は、クリスの額に浮いた汗を水気をしぼったタオルでぬぐった。
「体がしびれて、動けないの……」
呼吸も荒くなって目がうるんでいる。つらそうだ。
おでこをくっつけてみると、かなりの熱を感じた。
「やっぱり、熱が出てるみたいですね」
エミリーの話では発熱は翌日になると言っていたので、話よりも早い。クリスは代謝が高そうだから早まったんだろうか。
お腹の中がからっぽだと身体が回復するためのエネルギーもないだろうし……。
「エミリーさんからもらった薬を使ったほうが良さそうですね」
「……なんでもいいから、なんとかして……」
薬には簡単な説明文が添えられていた。うん、ちゃんと読める。字の勉強をしているのが役に立ったようだ。
とはいえ薬の使い方に関してはエミリーからも聞いていたから、読まなくてもだいたいわかるんだけど。
これは飲み薬ではなく、お尻からいれる薬――つまり座薬だ。
「クリス、横を向いてほしいんですけど寝返りはうてますか?」
クリスがうなずいてゆっくりと体の向きを変える。
手足はしびれているようだけど、全く動かせないというわけではないようだった。
横向きになったクリスに膝を曲げてお尻を突き出してもらう。
「シホ……なにしてるの……?」
「何って、座薬を入れるんですよ」
「ざやく……? ざやくってなに」
「お尻に入れる薬です」
「おっ……なによそれ……なんでそんなことするの……?」
クリスは座薬を知らなかったらしい。目を丸くして信じられないという顔をしている。
「これが一番効くそうですよ」
「だ、だからってそんなところ……。それなら、じぶんでやるわよっ」
クリスは威勢よく起き上がったものの、やはり手足の力が入らないようで、へろへろとベッドの上に倒れてしまった。
「もう。無理して動くと熱が上がりますよ。クリスはじっとしていてください」
「で、でも……きたないし……」
「恥ずかしがってる場合ですか。病人なんですから、全部私に任せてください」
まだ何か言いたげなクリスを横に転がして下着を下ろすと、つるんとしたきれいなお尻が顔を見せた。
クリスには啖呵を切ったものの、私だってこんな経験は初めてだ。
とはいえ、もたもたしていたらクリスのお尻が冷えてしまう。私は意を決して指につまんだ座薬をクリスに差し込んだ。
「ひぅ……っ」
切なげな声がクリスの口から漏れる。
説明書の図説どおり、指が半分くらい埋まるまで押し込んでいく。意外と抵抗もなく入っていって、内蔵からクリスの熱い体温が直接感じられた。
指先が離れても薬が押し出されてこないのを確かめる。抜こうとすると、入り口がきゅっとすぼまって指をしめつけてきた。
反射的なものなんだろうけど、甘噛みされたみたいで、なんだか気まずい。
「……はい、これで大丈夫です」
「あ……ありがと……」
下着を戻して布団をかけてあげると、クリスは枕に顔をうずめて動かなくなった。
しばらくすると寝息が聞こえてきた。
翌日。
もう治ったと言い張るクリスをなだめつつ、おでこで熱を計ってみると、まだ軽い熱が残っているようだった。
「やっぱり。まだ熱がありますよ。顔も赤いですし」
「そ、それは、シホが…………急に近づくから……」
クリスがごにょごにょと口の中でなにか呟いたけど、聞き取れなかった。
「とにかく今日はゆっくり休んでください。動き回って熱がぶり返したら、またあの薬を使いますからね」
「わ、わかったわよ! 寝てればいいんでしょ、寝てれば!」
コンコン、とノックの音が聞こえた。ドアを開けると、リルカがトレイに乗せた食事を持って立っていた。
「おかーさんが、おかゆ作ったからクリスさんにって」
「わあ、わざわざありがとうございます」
トレイを受け取ってリルカを部屋に通す。
「だいじょうぶ? クリスさん」
「もう平気よ。シホがちょっと大げさなの」
「そっかー、よかったー」
不安げに様子を伺っていたリルカの表情が、ぱっと花が咲いたような笑顔になった。部屋全体が少し明るくなったような、そんな錯覚を感じる。
「クリス、ご飯は食べられそうですか?」
「ええ。昨日からなんにも食べてないんだもの。おなか空いたわ」
体を起こしたクリスの隣に腰掛ける。さじでおかゆをすくってみると湯気が立っていてまだ熱そうだった。
「ふー、ふー。はい、あーん」
「……そんなことしなくても、ひとりで食べられるわよ」
「リルカも風邪ひいたときは、おかーさんにふーふーってしてもらってるよ?」
「そうですよ、いまさら照れることないじゃないですか」
「わ、わかったわよ。食べればいいんでしょ。あー……ん」
食欲はちゃんと戻っていたようで、クリスはおかゆをきれいに完食した。
「それにしても、リルカさんとライラさんが何ともなくてほっとしました。お二人に倒れられでもしたら申し訳が立ちませんから」
二人を巻き込んでしまったら気持ちの面でも仕事の面でも大変なことになっていただろう。考えただけでも冷や汗ものだ。
「うん。リルカはぜんぜん平気。あ、今朝ロゼッタさんにも会ったけど元気そうだったよ」
「それはよかったです」
「でも、あのお肉美味しかったなー。もっと食べたかったけど、だめなんだよね。リルカたちは少しだったから大丈夫だったの?」
「そうらしいですね。沢山食べると毒だってエミリーさんが言ってました」
「えっ、エミリーさんが来てたのー? 会いたかったなー」
リルカが目をきらきらと輝かせた。
「何か用事があったんですか?」
「ううん、なんにもないよ。おしゃべりしたかったの。だって、エミリーさんかっこいいでしょ」
「なるほど」
確かに、エミリーは凛々しい顔立ちをしているし格好もしゃんとしているので、かっこいいという褒め言葉が合っているかもしれない。
リルカが戻ったあとクリスの体を拭いてあげた。食事をして眠くなったのか、うとうとしはじめて、横になったらすぐに眠ってしまった。
私はクリスの額にかかっていた髪をなであげた。
今日一日寝ていれば、きっといつものクリスに戻るだろう。
そうなると、気がかりなのはキリオンだ。
昨日はエミリーが送っていってくれたけど、その後どうなったかがわからない。
一人暮らしをしているらしいから体調を崩していたら心配だ。見舞いに行ってみよう。
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