40. お肉の秘密
ステーキや焼き肉の他にも、ロゼッタは骨付きのお肉や、じっくりと熱を通した塊のお肉を出してくれた。
食堂の休憩時間にはリルカやライラも加わって一緒に飲み食いをして、私たちはひたすら飛竜のお肉を満喫したのだった。
「うぅ、食べ過ぎたわ……。お腹がはちきれそう」
クリスが少し膨らんだお腹をさすっている。
キリオンも満足そうに目を細めている。いつもより血色がよく見えた。
ロゼッタはあまり食べていないようだったけど、聞いてみたら「冒険者やってたころとは違ってさ、食べすぎるとお腹に肉がつくんだよね……。そうなるとメイド服が着られなくなるからほんと大変で……」と遠い目をしていた。
そこへ、慌ただしく駆け込んでくる人影があった。
誰かと思えば冒険者ギルドのエミリーだ。
「シホさん、大変です! あ、クリスさん。皆さんもおそろいで……」
「エミリーさん? どうしたんですか、そんなに慌てて」
「実は……飛竜の肉には毒性があるそうなんです」
「ど、毒……!?」
物騒な単語が飛び出して、楽しい気持ちで緩んでいた空気が一瞬で冷え固まった。
「正確に言えば毒ではなく高濃度の魔力なのですが――ところで、あの、もう……食べてしまったんでしょうか」
「え、ええ……。ついさっき全部食べ終わったところですけど」
「全部!? あんな大量のお肉を全部!? ……そうですか……。遅かったんですね……」
「あ、あの……食べるとどうなるんですか……? まさか」
死ぬようなものだったりしないよね……と冷や汗が流れる。
「いえ、命に関わるようなものではありません」
というエミリーの言葉に、周囲の空気も、ほっと弛緩したのがわかった。
「食べてしばらくすると下痢や吐き気の症状が出て、その後に発熱するそうです。飛竜の肉に魔力が残留しているのが原因のようなので、魔力の過剰摂取による症状と同じですね」
「魔力って、食べられるんですか?」
「はい。魔法使いの中には魔力を消費したあとに魔晶石を溶かした薬を経口補給する方もいるくらいです」
魔晶石をばりばりと食べる姿を想像してしまったけど、ちょっと違った。
「ただ摂取した魔力が許容量を超えた場合、体が拒絶反応を起こしてしまうそうで。飛竜の肉も食べ過ぎなければ平気らしいのですが」
キリオンが青い顔をしてお腹をさすっている。
「な、なんか、気持ち悪くなってきた、かも……」
「要するに魔力酔いじゃない。そのくらい気合でなんとでもなるわよ」
対象的に、クリスは余裕そうだ。
「あたしはあんまり食べてないから大丈夫かな……?」
とロゼッタ。ライラとリルカも沢山は食べていないので大丈夫だろうか。
私は沢山食べたけど、いまのところ不調の気配は感じていなかった。
「念の為に薬をお持ちしました。症状がひどい場合は使ってください。……こんなことになってしまって、申し訳ありません、お渡しする前に確認すべきでした」
エミリーが頭を下げる。
「そんな、元はと言えば私が言い出したことですから、エミリーさんが謝るようなことでは」
「シホさん……そう言っていただけるのはありがたいです。まあどちらにしろ減給処分は決まってるんですけどね……はは……」
エミリーの口から乾いた笑いが漏れた。
とりあえず、具合の悪そうなキリオンはエミリーが家まで送ってくれることになった。
「キリちゃん、お大事に」
「うん、ありがと……シホちゃんも……」
キリオンを見送ったあと、残った3人で掃除や片付けを済ませた。
後片付けも終わって一休みしていると
「ちょっとクリス、あんた顔が真っ青じゃない……?」
「シホぉ……おなかぐるぐるする……。きぼちわるい……」
「え?」
そこには真っ青な顔をしてうずくまっているクリスの姿があった。
「クリス、大丈夫ですか? とりあえずトイレに行きましょう……ええと、トイレどこでしたっけ」
くったりとしているクリスの背中に手を回してトイレに連れて行こうと思ったところで、どこへ行けばいいのかわからなくなった。
「いやシホさんここに住んでるんでしょ。なんで知らないの?」
「そう言われても」
「……も、もうむり……はく……ゔっ――」
「ちょっと待ってくださ――」
クリスが屈もうとしてバランスをくずし、両手でロゼッタにしがみついた。
「ぎゃーっ!!」
その後、私はクリスをトイレまで連れていき、ロゼッタには着替えてもらって本日のパーティーは解散となったのだった。
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