30. 冒険者 vs. 飛竜
飛竜が目撃されたのはアルメイリアから北北西、未開地域探索のために作られた集落の近くだった。
生息地から離れた飛竜は攻撃性が高く、集落に被害が及ぶのは時間の問題だった。
救援要請を受けたアルメイリアの冒険者ギルドは町からも応援を送り、集落側と共同で飛竜討伐を行うことになった。
しかし……
飛竜への奇襲攻撃は始まる前に失敗した。
せっかく訪れた好機も用意した作戦も、功を焦った流れ者の冒険者に台無しにされたのだ。
「くそっ、あいつら勝手なことをしやがって……! 絶対に食い止めるぞ! 集落には近づかせるな!」
マギームーは愚痴を吐き捨てると仲間に向かって大声で呼びかけた。
普段から冒険者パーティーでリーダーを努めているとはいえ、今回のような急増部隊をまとめ上げられるほどの才覚がないことは自分が一番わかっている。
誰もやりたがらない役目をマギームーが引き受けたのは、まとまった人数のパーティーが自分達くらいだったからだ。そのパーティーも半分はクエストのための臨時メンバーで、気心の知れた仲間は6人のうち3人だけだ。とはいえ、見ず知らずの者に命を預けるつもりにもなれなかった。
作戦は順調だった。眠る飛竜を見たときには勝ちを確信したが、それでも慎重を期して予定通りアルメイリアから来る冒険者の応援を待つことにした。
その結果がこれだ。自分の臆病を悔やんでももう遅い。
目覚めた飛竜はすでに空の上にいる。こうなっては戦士職のマギームーには手出しができない。
仲間の魔法が命中し、クロスボウから放たれた矢があたる。しかし魔法は体の表面で弾かれてしまい、矢は堅い鱗を貫通してはいないようだった。
飛竜が空中で動きを止めてこちらを睨みつけた。喉が赤く膨らんでいる。
「火球が来るぞ! 逃げろ!」
仲間に向かって叫ぶと同時に、前も見ずに走った。さっきまでマギームーが立っていた地面が爆発して炎に包まれる。背中を預けていた大木は雷のような悲鳴をあげて倒れていく。
なんという威力か! 熟練の魔法使い並みかそれ以上だ。
魔力を蓄えた生木であれば火が燃え広がることはないが、木造建築の多い集落でこんなことをされたら全ての家屋が一瞬で焼き尽くされるだろう。
なんとしても集落に近づかれる前に決着をつけなくてはいけない。
空を飛ぶ飛竜を睨みつけてマギームーは歯噛みした。こんな魔法やクロスボウの攻撃で倒せるのか?
それでも遠距離職は攻撃ができるだけマシだった。届かない戦斧を握って何になるというのか。
「翼を狙え! 翼を!」
「やってるっす……! けど、当たんねーんすよ!」
飛び交う魔法や矢の猛攻を、飛竜は悠々と空を駆けてかわしている。10の攻撃で1当たるかどうかの命中率だ。当たったとて、致命傷には程遠い。
飛竜が動きを止める。火球が飛んで、弾けた。味方の冒険者は逃げ惑うばかりで統率など取れるはずもない。
このままではまずい。
「おい! バリスタはどうした! 飛んでるやつを落とさなきゃ話にならないぞ!」
爆風に煽られて地面に倒れたマギームーが膝を立てながら仲間に叫ぶ。
「装填中ですうっ!」
仲間の一人が泣きそうな顔で手車を回している。
集落から苦労してここまで運んできたバリスタは杭のような矢を打ち込む攻城兵器だ。堅い鱗を持つ魔物にも有効で、命中すれば飛竜と言えども空を飛ぶことはできまい。地を這う飛竜などただの大きなトカゲだ。マギームーたちの敵ではない。
だが、それも空を飛び回る飛竜に当てられればの話だ。本来ならば眠っている相手に一発打ち込んでカタがつくはずだったのだ。
「くそっ!」
後悔しても遅いが、なにもかもが後手に回っている。
「装填できました! 撃てますっ!」
「よし、アタシが狙いを付ける! シオンは合図とともに引き金を! ヌエルはクロスボウでやつの注意を引いてくれ!」
本来、据え置き式の兵器であるバリスタが直上にいる標的を撃つことはできない。
マギームーはバリスタを担ぎ上げた。常識で考えれば人の手で持つことなど不可能だが、鍛え上げた戦士の肉体であれば、やってやれないことはない。
仲間のクロスボウが命中し、飛竜が空中で動きを止めた。喉元が膨らんで見える。相手が火球を吐く、このときがチャンスだ。
「撃て!」
凄まじい反動とともにバリスタの太矢が射出された。飛竜は飛来する物体に気がついて身を捩ったが、もう遅い。杭ほども太さのある矢が翼を貫いた。
致命傷にはならなかったが、飛竜はバランスを失い、枯れ葉のようにくるくると宙を舞いながら地に堕ちた。
「やったぞ! 囲め―!!」
歓声をあげて冒険者達が落ちた飛竜に群がっていく。
こんな人数がどこに隠れていたのだろうか。さっきまではマギームーのパーティーしか見当たらなかったというのに、優勢になったとたんわいてきたようだ。
「これで報酬が山分けだって? 割りに合わないぞ、まったく」
愚痴を言いながら背負ったバリスタを地面に下ろすマギームーの目に、赤い爆炎が映った。
悲鳴があがる。落ちた飛竜が火球を吐いたか。油断しているからそうなるのだ、と舌打ちをすると同時にあちこちで爆発が起こった。
なんだ!?
火球の間隔が早すぎる。
飛竜が火球を撃つには魔力を貯める時間が必要で、連続して撃つことはできないはずだ。
冒険者が逃げてきた。背中に火がついている。半狂乱の悲鳴をあげて、マギームーのことなど見えてもいない様子だった。
「なんだっ、一体何が――」
マギームーは自身のすぐそばで起きた爆発に吹き飛ばされた。やられたと思ったときには体が宙を舞っていた。
土の上をゴロゴロと転がりながら体勢を立て直す。ひどい耳鳴りはするが致命傷は負っていない。鍛えた筋肉と鎧に救われたようだ。
さっきまで走っていた冒険者がうつぶせに倒れている。マギームーは燃えている服を叩いて消化してやり、声をかけたが返事は聞こえなかった。
バラバラになったバリスタの破片が燃えている。
空を見ると、落としたはずの飛竜が空を飛んでいた。
「なぜだ、確かに落としたはず……! どうして――」
空に問いかけたマギームーは2匹目の飛竜を見つけて絶句した。数はさらに増えていく。3匹……いや、5匹……
はぐれ飛竜は1匹だけのはずだった。情報に間違いがあったのか、あとから増えたのか?
たった1匹を落とすのが精いっぱいだったのに、飛竜の『群れ』など。その辺にいる冒険者をいくら集めたところで何も出来ずに蹂躙されるだけだ。
視界の端で火球が爆発した。冒険者の身体が宙を舞う。地獄のような光景が繰り広げられていた。
全滅……いや、それどころか、このままでは街が燃やされる。
マギームーの脳裏に絶望的な未来がよぎった。
呆然としていた時間は数秒だったが、空からの視界が開けた場所で立ち止まるべきではなかった。
マギームーは真上から吹き付ける風を感じて「しまった」と思ったが、そのときには飛竜の鉤爪がマギームーの体をがっしりとつかんでいた。
「ちくしょう! 離せっ!」
戦斧を振って脚に斬りつけようとするが、鎧に食い込んだ爪に腕の動きを邪魔されて振り切ることができない。
マギームーをつかんだまま、飛竜が羽ばたいて地面から体が浮かび上がる。
「く……食われてたまるかぁああ……っ!」
必死に戦斧を振り回した。飛竜は肉食だ。腹を満たすためなら魔物でも人間でもエサにしてしまう。
戦士としての意地とプライドが、そんな死に方は嫌だと拒絶する。だが、状況は絶望的だ。このままでは高所から落とされるか岩に叩きつけられるか、死なないにしても骨ぐらいは折れる。
弱ったところを生きたまま食われるのか……!?
真下から破裂音のような音が聞こえた。
また火球が――いや、だからどうした。倒れていた冒険者を心配している余裕はない。この爪から脱出しなければ自分の命がなくなるのだ。
と、そのとき、金色の髪をした少女が目の前を通り過ぎた。
「な!?」
なんだ今のは。見間違いか? ここは上空だぞ。人がいるはずがない。
ぱっと真っ赤な飛沫が散った。血だ。飛竜の翼が大きく切り裂かれている。
翼の裂けた飛竜は必死に羽ばたくが、いままでのように自由に飛ぶことは出来なかった。バランスを崩して地面に落ちていく。
身体を掴んでいた爪が緩み、マギームーは「いまだ」と脱出した。この高さならなんとかなる。落下中に体勢を整えて着地の瞬間に受け身を取った。
「ぐっ……!」
衝撃が体を襲った。しかし骨は折れていない。どんな状況でも戦斧から手を離さないのがマギームーの信条だ。
ぐらつく体を、戦斧を支えにして立ち上がる。
何が起きたかはわからないが、助かったようだ。
すぐそばで、落ちた飛竜がもがいている。千載一遇のチャンスだというのに、体が言うことを聞かない。
飛竜がマギームーに顔を向けた。鈍重な動きで歩いてくる。目の前で真っ赤な口が開いた。
逃げろ、動け、この脚が……ちくしょう!!
「――フロストバーン!」
死を覚悟したマギームーの目に映ったのは、凍りついた飛竜の頭だった。
「なに……っ?」
「安心するのはまだ早いよっ! あんな氷、すぐ壊されちゃうから! 動けるなら手伝って!」
味方の魔法使い!
アルメイリアの冒険者が来てくれたのか!
彼女の言葉のとおり、飛竜は大したダメージを負っていないようだった。長い首を振り回して頭にこびりついた氷片を振り払っている。
「アイシクルスピア!」
さらなる追撃が飛んできた。氷の柱が飛竜の体に突き刺さる。
「おう!」
マギームーも負けてばかりはいられない。飛竜のもとへ走り寄って、握りしめた戦斧を叩きつけた。分厚い刃が鱗を両断し、肉を引き裂いた。手応えは十分。
噛みつこうとする飛竜の頭を飛び退くように回避した。
「もう一丁!」
おあつらえ向きに差し出された首に向けて、力の限り一撃を叩き込む。鮮血が吹き出した。急所を割られた飛竜はゆるやかに動きを止め、その場に崩れ落ちた。
「ふう……」
マギームーもがくりと膝をついた。肉体的な怪我は大したことはないが、死に直面した精神的な疲労が一気に降りてきたのだった。
後ろから魔法使いが声をかけてきた。
「大丈夫? 怪我があるなら救護班のところまでつれていくけど」
「いや、アタシは大丈夫だ。他の仲間をみてやってくれ。けど助かったよ、あんた。ありがとう――」
礼を言いながら振り返ったマギームーが、不可解なものを見て眉を寄せた。
そこに居たのは冒険者ではなかった。戦場どころか森の中にいることすら不自然な服装だ。
魔法使いらしく杖をにぎってはいるが、袖口やスカートには不要な装飾としか思えないひらひらとしたフリルがついている。
「メイドさん……?」
「あなたの疑問はわかるからそれ以上言わないで。しょうがないでしょ、仕事中に連れてこられたんだから!」
メイド服に身を包んだ赤髪の魔法使い、ロゼッタが羞恥心に頬を染めながら顔をそむけた。
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