29. 狩り
キリオンは構えていた杖を下げて言った。
「待ってて。取ってくるから」
「えっ?」
杖をローブの内側にしまい、はしごをするすると降りたかと思うと森の中へ駆けていった。何が起きたのかわからないまま取り残される私。
お茶を飲みながら待っていると、キリオンが戻ってきた。その背中には、自分の背丈ほどもありそうな灰色の動物を担いでいる。
キリオンはやぐらの近くまで来て、その動物を大きなテーブルの上に乗せた。
そしてナイフを取り出して、動物の首のあたりを切ったようだ。赤い血がどろどろと流れ出した。
キリオンがはしごを上って戻ってきた。
「あの、いまのは何だったんですか……?」
「あ、あれは、ハイイロイッカクのメスだよ」
と言ってキリオンが目線を下に向ける。
「ああ、あの動物の名前……。それはいいんですけど、さっきのは魔法……ですよね?」
「う、うん。じ、地味でごめん、ね……」
肩を縮めて体を小さくするキリオン。
「そんな事ないです。私、ぜんぜん見えなかったんですけど、そんな遠くから一発で倒しちゃったんですか」
「う、うん」
「すごいですね、魔法って」
「ぜ、全然っ、他の人の魔法は、もっと……派手で、かっこよくて。火、飛ばしたり、雷出したり。ただ石、飛ばすなんてこと、しない……」
「じゃあ、さっきの魔法はキリちゃんが考えたんですか?」
「そ、そうだけど…………」
「私、魔法のことはぜんぜん知らない素人ですけど、自分で考えたものを使って成果をあげるって、誰にでも出来ることではないと思いますよ」
「そ、そんな、大したものじゃ……」
「キリちゃんはもっと自信を持って良いです」
「そ、そうかな」
「私はキリちゃんの魔法、すごいと思います」
「て、てれ……えへへ……」
キリオンは杖を両手で握って、もじもじと体を揺らした。
「そういえば、石を飛ばすって言ってましたけど、さっき持っていた小石を飛ばしたんですか?」
「う、うん、そう。えっと、こう……狙いをつけて、撃ち抜くつもりで、みたいな……? えっと……」
照れ臭そうにはにかんで、周囲をきょろきょろと見回した。
「あ……あそこ。見える?」
言われた方角を見てみると、50メートルほど先だろうか、大きな角を生やしたシカのような動物が森の中からのっそりと歩いて出てきた。
「見えます見えます。大きな角のですよね」
「うん。あれを……」
キリオンがさっきと同じように黒い杖を構えてシカに向ける。そして、右手の人差し指と中指の間に小石をはさんで顔のそばにそえた。キリオンの目が鋭く獲物をとらえ、空気がはりつめる。
体の動きがぴたりと止まった。まるでキリオンのまわりだけ時間が止まってしまったみたいだ。
数秒後、指がかすかに動いたと思ったら、空気の擦れる音と共に手元の小石が消えた。
遠くにいた動物が一瞬ピクリと動いたかと思うと、糸の切れた人形のようにその場にばったりと倒れてしまった。
キリオンが息を吐いて体勢を崩す。
「……ちょっと大物だったから、緊張した」
「すごいですね……。こんな遠くから音もなく仕留めるなんて」
「そ、そう? かな……え、えへへ」
今度は私もやぐらから降りて、キリオンと一緒に獲物を見に行った。
畑のそばに倒れている動物は、近くで見ると最初にキリオンが仕留めた動物よりもずっと大きかった。頭から生えた2本の角はいくつも枝分かれして、その先端がどれも針のように鋭くとがって前を向いている。
「やっぱり……トゲトゲツノシカだ」
「トゲトゲツノシカ?」
「うん。人を見ると突進して刺しにくるから……すごく危ない……」
「怖いですね……」
こんな武器みたいな角で刺されたら体が穴だらけになってしまう。
だけど、ここは畑だ。そんな動物がうろついていたら危なくて農作業なんかできないと思うんだけど……。
「このあたりによく出るんですか?」
「ま、まさか。こんな怖いのいないよ。何日か来てるけど、はじめて。見るのも。この辺、魔除けがあるから、大きい魔物は出ないはず、なんだけど……」
「そうなんですか」
魔除けというのはよくわからないけど、このトゲトゲツノシカはかなりイレギュラーな獲物だったらしい。
キリオンはびっくりしたような顔で倒れたシカを見つめている。そのシカのそばに、ビー玉のような青い石が落ちていた。私はその見た目になんとなく見覚えがあった。
「あそこに落ちている石、もしかして魔昌石じゃないですか?」
「あっ、すごい。こんなおおきい魔昌石、はじめて拾った……」
石を拾い上げたキリオンが嬉しそうに眺めてポーチにしまった。
小さい石だと思ったけど、あれでも大きいんだ?
最初に見たクマの魔昌石がリンゴくらいのサイズだったから、みんなそのくらいなのかと思っていた。
「よい……しょ、っと……」
シカの前足を両手につかんだキリオンが、頭から被り物をするみたいに巨体を担ぎ上げた。
ただ獲物が大きすぎて、そのまま歩くと後ろ足をずるずると地面に引きずってしまっている。
「あ、手伝いますよ。後ろ持ちますね」
「ほ、本当? た、助かるけど……大丈夫……?」
「ええ。まかせてください」
引きずっている後ろ足をにぎって……わ、毛がごわごわしてる。
ぐいっと持ち上げ……上げ…………上がらない。
「よいしょ、よいしょ…………ちょっと、待ってくださいね、思ったよりっ、重たいっ、ですねっ……これ……」
「あの……大丈夫、だから……。無理、しないで……」
「あ、はい……すみません」
気を使われてしまった。自分の役に立たなさを噛み締めながら隣を歩いていく。
さっきの獲物の隣に並べると、シカの大きさが際立った。
ただでさえ体が大きいのに立派な角まで生えているから、さらに大きく見えるのだった。
「気になっていたんですけど、この死骸はどうするんですか?」
「あ、えっと、畑の人が、買い取ってくれることになってるから……」
「ああ、なるほど。持って帰るのは大変ですよね」
「う、うん。あと……解体はちょっと……苦手、だから、血抜きだけ……。でも、こんなにおっきいの、はじめて……」
「じゃあ、買い取りのときにびっくりされちゃうかもしれませんね。高く買い取ってもらえたりするんでしょうか」
「そ、そうだと、いいな」
嬉しそうに、キリオンが微笑みながらシカの首にナイフを突き立てた。
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