27. 友だち
キリオンは手渡された金貨を大切そうに両手で包み、ライラを見上げた。
「ほ、ほんとうに……いい、ですか……? 弁償……」
「お皿なんてしょっちゅう割れるんだから、そんなこと気にしないで。キリオンちゃんがまた食べに来てくれるほうがずっと嬉しいのよ?」
キリオンが金貨をぎゅっと胸に抱き締めて絞るようにつぶやいた。
「あ、あ……借金……返せるんだ……」
かなり切羽詰まっていたらしい言動に、私とライラは目を見合わせた。
お腹も空かせていたみたいだし、食費を切り詰めてなんとかしようとしていたのかもしれない。
「あらあら……そんなに困っていたの。無事に返せて良かったわ。本当に」
「あ、ありがっ、ありがと、ございます……」
ライラに向かってキリオンが深々とお辞儀をする。
「そんなかしこまらないでいいのよ。それと、これはこの前の食事代を引いたぶんのお釣り。よかったらいつでも気軽に食べに来てね」
じゃらっ、と小銭を渡してライラは仕事に戻っていった。
「あ、あの……」
「なんですか?」
「さっきの、パンの……」
おずおずと差し出してきた手のひらの上にはライラから返されたばかりの硬貨が乗っている。
パンって、ああ、さっきキリオンが食べたパンのこと?
「いいんですよ。食べかけでしたし」
「で、でも……」
「私お腹いっぱいだったんです。食べてもらって助かったくらいですよ」
嘘だけど。
私がそう言うと、キリオンは小銭を見つめてぎゅっと握りしめた。
「じゃ、じゃあ……なにか、お礼……なんでもする……」
キリオンが食い下がってくる。お礼なんていいのに。
律儀なのかプライドの問題かはわからないけど、ここまで言われて不意にすることもできない。
「うーん……。あ、そうだ。魔法。キリオンさんの得意な魔法見せてください、っていうのはどうですか?」
このまえ話していたことを思い出して私は言った。
あのときはお皿を浮かべる魔法を見せてくれたけど、その前にキリオンは変わった魔法を使うというようなことを言っていたはずだ。それがどんな魔法なのか、気になっていたのを思い出した。
「そ、そんなことで……?」
「ええ。無理なお願いでなければ」
「ぜっ、全然っ! じゃ、じゃあ……えっと、これから仕事、なんだけど……その……」
キリオンが目を伏せて、もじもじと指先をこねている。
これから仕事があるから今日は都合が悪いのかな。
「あ、忙しいですか? 別に今日でなくてもいいんですよ」
「じゃ、なくて、あのっ……い、一緒に……」
「一緒に? 私がついて行っても良いんですか?」
こくり、とうなずいた。合っていた。
「わ、本当ですか? 行きたいですっ。冒険者のお仕事なんですよね。どんなことするんですか?」
冒険者の仕事!
期待に胸がおどった。
クリスは危ないからと言って連れて行ってくれないからなあ。
私自身、クリスについて行っても足手まといにしかならないことがわかってるから、強いて頼むようなこともできないし。
でもキリオンだったら危ない仕事はしなさそうだし安心だと思う。どんな仕事なんだろう。薬草の採取とかかな?
「え、えっと……害獣駆除、なんだけど」
「害獣駆除……?」
思ったより血なまぐさい感じの仕事がでてきた。害獣と言ってもいろいろあるだろうけど……ネズミとかかな。
「害獣というと、例えばどういうのですか?」
「し、シカとか、イノシシみたいな」
わりと本格的だった。
川の向こう側にあるというキリオンの仕事先に連れて行ってもらうことになった。
対岸までは手漕ぎの渡し舟に乗るようだ。川幅は200メートルくらいだろうか、流れは穏やかで水もきれいだった。川を見たり船頭さんの仕事ぶりを見ていたりしたら、あっというまに対岸に着いてしまった。
舟から降りると民家がぽつりぽつりと建っているほかは一面の畑という感じで、ライカ亭のある賑やかな町並みとは一転してのどかな空気が流れている。山の麓までまっさらな平地が開けているので、とにかく空が広く見えた。
「いい景色ですね。空が広いです」
「う、うん。ここ好き……」
キリオンの表情もこころなしか少し穏やかに見える。人がたくさんいる町よりも静かな場所が好きなのかもしれない。
畑地の中を通る平坦な道を進んでいくと、農具を担いだおばあさんがキリオンを見て話しかけてきた。
「あらまあ、今日も来てくれたのかい。いつもありがとうねえ」
「え、あっ……は、はい」
キリオンとは知り合いらしい。優しそうなお婆さんだ。なんだかどこかで会ったような。
私を見て、お婆さんが目を丸くした。
「おや、そっちの子は……」
「あ、はい。こんにちは。シホといいます。キリオンさんとは友だちで、今日は見学につれてきてもらいました。……あれ? えっと、どこかでお会いしませんでしたか?」
「あらやだ、ナンパかい?」
お婆さんがにこにこと笑う。
「ええっ、いえ、そういうわけでは――。あ、思い出しました。冒険者ギルドの近くでちょっとお話しましたよね」
「あっはっは。ちゃあんと覚えてるよ。あんたみたいなべっぴんさんを忘れるほどもうろくしちゃおらんからねえ。飴ちゃん食べるかい?」
「わー、ありがとうござます。いただきます」
以前クリスと一緒に冒険者ギルドへ行ったとき、途中で少しお話をしたお婆さんだ。あのときも飴玉をくれたっけ。
飴玉をころころと口の中で転がしながらお婆さんを見送った。歩き疲れた体に飴玉の糖分がしみわたる。
「すっ、すごいね」
「え? なにがです?」
「だ、誰とでも仲良く……できるの」
「誰とでもっていうわけじゃないですけどね。あのお婆さんとは以前たまたま会ったことがあっただけで。そうそう、あのときも飴をくれたんですよ」
「そう、なんだ。えっと、あの」
「……?」
「さっ、さっき、そのぉ……………………と! 友だち……って……」
「ともだち?」
友だちがどうしたんだろう。
キリオンは立ち止まって、ローブの前の合わせ目をぎゅっと握りしめていた。
前髪に半分隠れた視線が伺うように私と地面を行ったり来たりしている。
何か大切な話をしようとしている雰囲気を感じた。
「と……友だち、なのかなって……」
キリオンの指が、自身と私に控えめに向けられる。
「えーと……。私とキリオンさんが、っていうことですか?」
「………………ぅん……」
「友だちだと思いますけど……?」
質問の意図がよくわからない。
何かおかしなこと言ったっけ……と自分の発言を思い返す。何も思い出せなかった。
「ほ、本当……!?」
キリオンがうつむいていた頭をぱっと上げた。きらきらと輝いた目が私のことをじっと見つめている。
「え、ともだちって、あの、友だちですよね? 私とキリオンさんが友だちっていうことですよね?」
「うん! うん!」
いままでにないほど嬉しそうな顔をしてうなずいている。もしもキリオンに尻尾がついていたらぶんぶん振っていることは間違いないだろう。
え? 友だちって、もしかして私の知らない意味が含まれてたりする?
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