20. おつかい
私はどこかの道の途中に立っていた。
目の前に、とても大きな、岩山のような魔物が体を揺らして私のほうへ歩いてくる。
逃げようと思っているのに、足が沼にはまったみたいに動かない。
私はただ見ていることしかできず、巨大な足がゆっくりと私の上に踏み降ろされた。
体が圧迫されて、すごく暑苦しい……。
そんな夢をみて目が覚めた。
やけにふとんが重たい。と思って目を落とすと、仰向けに寝ている私の上にクリスが乗っかっていた。
猫かな……。
クリスの両手は私のおっぱいを掴んでいる。顔は伏せていて見えなかった。
今日はまたえらく寝相が悪いなあ……。
ぼーっと見ていると、クリスの息遣いがだんだん荒くなってきた。
「…………フー……フー……ッ」
クリスの脚が、もぞもぞと動いている。
ふとももに布地がこすれて、くすぐったさを感じてきた。
……あれ? これ、起きてるのかな……?
「あの、クリスさん、起きてますか?」
「……え?」
ばっと顔が上がり、クリスの目が大きく開いて青色の瞳が私を見つめた。
「……………………これ、夢じゃないの?」
「夢ではないと思いますけど……」
私の夢でなければ。
「ち、違うの、これは…………違うのよ」
クリスの顔がみるみるうちに赤く染まり、それに比例するように体温も上昇していく。
「ゆ、夢……そう! 変な夢をみてたの! わ、わたし、なにかしてた……?」
「いえ別に。でも、上に乗られるとちょっと寝苦しいですね……」
「あっ、そ、そうね!」
クリスはばっと身を翻し、ベッドの端っこに丸くなって背中を向けた。
もう少し寝ていようと思ったのだけど、上に乗っていたクリスの重さがなくなってしまうと体の上が空っぽになったみたいで、ただの掛け布団に物足りなさを感じるのだった。
うーん……もう朝だし、いつもよりちょっと早いけど起きてしまおう。
私はベッドから出て、着替えと身支度を手早く済ませた。
部屋を出る前に、ふとんをかぶって寝ているクリスに小さく声をかける。
「仕事に行ってきますね」
「いってらっしゃい……」
少しくもった声がふとんの中から聞こえてきた。
朝の食堂はモーニングメニューのみの提供で、お昼ほどの混雑はないものの席の回転率が高く慌ただしい。
クリスは朝が弱いので、だいたいピークの時間よりも遅れて食堂にやってくる。
そのころには客入りも落ち着いているので、休憩がてらクリスとお話をするのが私たちの日課になっていた。
だけど、今日はいつもよりクリスの来るのが遅いようだった。
ライラの声が宿のほうから聞こえてくる。
「あら、クリスちゃん。出かけるの? ご飯まだ食べてないでしょう?」
えっ、クリスが出かける?
私はそんな話は聞いていない。
覗いてみると、出口のあたりで落ち着きなく足を動かしている挙動不審なクリスがいた。
「べつに急いでるわけじゃ……用事もないけど。ただ今日はちょっと……あ……」
「クリスさん?」
クリスは私の姿を見ると気まずそうな顔をして、ふいと顔を背けて口をつぐんでしまった。
「あら、シホちゃん……?」
ライラが私とクリスを交互に見て頬に手を当てる。
「もしかして……シホちゃんとクリスちゃん、ケンカでもしたの?」
「してないわよ!」
「いえ、そんなことは」
ほぼ同時に否定の声が上がる。
ライラがにっこりと笑う。
そして両手を合わせてぱちんと音を立てると、こう言ったのだった。
「ちょうどよかったわ。実は二人におつかいに行ってほしいと思ってて――」
おつかいというのは、お肉屋さんに行ってお肉を仕入れてくる、それだけのことだった。
それなら二人で行く必要もないのでは、と思ったのでライラに確認する。
「もうすぐお昼になりますけど、食堂の方はいいんですか?」
「大丈夫。今日はほかに人もいるから。ここのところお昼時はシホちゃんに頼ってばっかりだったでしょう? 少し羽をのばしてデートでもしていらっしゃい」
デート。
そういえば最近はクリスと一緒にお昼ごはんを食べることも少なかった。たまには他のお店で一緒に食事をするのも楽しそうだ。
ライラからお肉屋さんへの注文が書かれたメモを受け取ってクリスを誘う。
「それじゃあ、クリスさん、行きましょうか」
「え、ええ……」
なんとなく煮え切らない様子のクリスが、私の顔を見ずにうなずいた。
お肉屋さんへは前に一度行ったことがあるので場所はわかっている。近所だし、坂道もないので気楽なものだった。
隣を歩くクリスはいつもより口数が少なくて、ちらちらと警戒するみたいに私の横顔に視線を向けてくる。そのくせ、私が見るとそっぽを向いてしまうのだった。
ふいにクリスの手が私の手とぶつかった。
「あ……っ」
クリスと目が合う。
と思ったら、クリスはうつむいてせかせかと歩き出した。
「クリスさんっ?」
クリスの早足はやたらと速い。私は走って追いかけて、後ろから手を掴んで引き止めた。
クリスがびっくりしたように振り返る。
久しぶりに走ったせいで息が苦しい。
「はぁ、はぁ、クリスさん……。歩くの、早すぎですよ……置いていく気ですか」
「あっ……。あの、そんなつもりじゃ……」
「手、つないでいてもいいですか?」
また置いていかれてはかなわない。
「べ、べつにいいけど」
クリスの手は私よりも少し小さくて、ちょっと指の皮が硬い。
私のフニャフニャな手とは全然ちがって面白いなあと思いながら感触を楽しんでいると、目的のお肉屋さんに着いた。
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短編『幼いころ突然いなくなった幼馴染みが10年後に帰ってきた。異世界から。』を投稿しました
ダメな感じに成長したお姉さんと異世界で強くなって帰ってきた女児のおねロリです
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