第45話 引っ越し祝い
――この世界において、【奇跡】は【魔術】より先に来たものとされている。
神聖魔術や神からの授かり物など、多々呼び名のある、神に祈ることで精神力と引き換えに超常現象を起こすその御業。
それは、人々に降りかかる邪神の被害を少しでも抑えるために、神より分け与えられたものであり、人が邪神によって滅ぼされないための慈悲の力とされている。
それゆえに、基本的に奇跡魔法は、『邪神の呪いや病の退散』や『邪神の眷属である魔物の退治』を目的としている。
だからこそ、奇跡魔法は、基本的には『対魔』特攻であるか、『癒し』や『守り』に優れている。
が、逆に『対人戦』を想定したものは『魔術』に一歩劣ることが多い。
そして、この根源は神より与えられる聖具やら恩寵も大体似たようなものであり、神の奇跡として譲渡されるものは、どこまで行っても基本的には対邪のための物。
効果は使いにくくても、悪用しにくいものが送られるのが世の常というわけなのである。
「うおおぉぉぉ!すごい!
このポータルとかいうの、本当に一瞬でストロング村に行くことができるよ!」
それなのに、な~んでこのポータルは、こんなに簡単に使用できるんですかねぇ?
さて、現在私たちがやっているのは件の神より与えられた聖具であるワープポータルの安全やら性能のチェックだ。
そして、このポータルについて今のところ分かったのは、このポータルが数あるワープポータルの中でもかなり使い勝手がよさそうなものだということだ。
「大きな荷運びこそ制限されているけど、人材の移動は低コスト、いや実質無料で可能。
移動のタイムラグはほぼなく、魔の者以外は基本人や生命体なら無理なく通すことができる。
そして、移動制限や開放の設定はかなり自由度が高い、と」
「移動先については《《今のところ》》は、ストロング村に立てた治療所という名の兄弟神の祠限定だな。
……しかしこれは、兄弟神の祠さえ建てれば、新しく行ける先が増えるのではないか?
う~む、興味深い」
予想以上の利便性というか、いくらでも悪用できそうなポータルの仕組みに思わず頭が痛くなる思いがする。
一応、ポータルについては最低限の緘口令を出してもらったが、このポータルが教会のど真ん中に出現したことや、無数の村外部の人があの祭りに参加したり吸血鬼竜襲撃の見物民になっていたことを考えると、おそらくはあんまり意味はないだろう。
さらに言えば、自分がこれからギャレン村とストロング村の行き来をしまくることを考えると、例え万全に秘密にしても、遠からずこのポータルの存在はばれることになるだろう。
「まぁ、だからこそ、このポータルができたら、まず初めはあれをやらなきゃな」
「あれ?」
「ストロング村へのあいさつ」
★☆★☆
「つまり、イオちゃんが実質私の幼馴染になる……ってこと!?」
「そんなわけあるか」
「いでっ!!」
というわけでやってきたのは、ストロング村の月の女神のダンジョン真横にある教会。
そこに住むすべての元凶の吸血鬼、エイダへのあいさつという名の警告であった。
「あ、聖痕取れたのおめでとう!
変な魔術祝福、残されてるけど、デメリットはなくなったみたいだし」
「ありがとう、て、そうじゃない。
というわけで、先日吸血鬼のドラゴンみたいなのを倒したら、この近くにワープ・ポータルができたから。
まぁ、吸血鬼である貴方はあのポータルに入れないと思うけど、それでも悪用されたら困るからね」
「だから、あなたはできるだけあのポータルについて外部への言及禁止。
それと、悪用の禁止もしておきたいんだけど、いいかな?」
なお、口調こそお願い形式ではあるが、これは命令である。
特にこいつは、吸血鬼としては弱体化しているが、それ以上に魔術師や聖職者としてもかなりの腕を持っている。
だからこそ、催眠の魔法やら単純な話術、さらには吸血鬼の人脈やらを利用した場合、ダンジョンポータルに干渉することは容易いだろう。
最悪、ダンジョンや患者である吸血鬼たちに、多少の被害が出ることを覚悟して、殺してでも口封じをする必要があるかもしれない程度にはだ。
「もっちもちの了解よ!
えへへ♪もちろん私とあなたの仲じゃない!
あ、それじゃぁ口頭だけにする?それとも神の名に宣言する?
それとも、血、血を使った契約魔法、やっちゃう?」
もっとも、自分の覚悟に反して、エイダはこれをあっさりと了承してくれた。
「にしても、あの竜カブレ死んだか~。
ざまぁああああああああああああああああああああああああwwwwないわね。
まぁ、元人間なのに、反人類派に属したうえに、邪竜を信仰をするような馬鹿だから、しょうがない。
むしろ、ここで死んでくれて流石私のマイハニーって感じ」
「……というか、むしろ、太陽神やその信徒でなくて、最後にイオちゃんに殺されるとかずるくね?
太陽神なら、魂グズグズで尊厳破壊必至になってくれるはずだったのに。
くっそ、あいつ最後まで悪運だけはいいな。
は~くそ」
さらに、件の襲撃に対してはこんな反応を示すくらいだ。
お前には、同族の情とかないんかと言いたい。
「知り合いといえば知り合いだけど……あくまで名前を知っていて、敵対派閥にいるということ程度なのよね。
むしろ、私の上司や知り合い、部下を殺したり洗脳したりしたから、基本恨みしかないわよ?」
吸血鬼界隈せちがれぇなぁ。
というか、吸血鬼にも派閥争いとかあるのか。
「そりゃもちろん。
そもそもこの地域の吸血鬼貴族は、今は人類友好派閥が最大派閥だけど、その次に多いのが魔王軍信者の派閥だからね。
むしろ、先の魔王復活の際は、そっちの方が多かったと思うわよ?
中庸派閥の多さ的に」
つまりは、外部から見れば吸血鬼は魔王軍と人類派閥を、行ったり来たりしている蝙蝠野郎だと。
「あ、あくまで私は今も昔も人類派閥一筋よ?
私の親も人類友好派閥だし。
私とあなたはずっと友好でお友達♪」
「ただし、太陽神官は?」
「それに関しては、太陽神が私達を見敵必殺するのが悪い。
まぁ、それでも向こうから襲われない限りは、襲わないし。
貴方との約束があるから、殺しはしないつもりよ、殺しは」
なお、自分がエイダと、彼女を生かしておく上で行った約束は単純に人殺しの禁止というものである。
それ以外にも、不要な外出の禁止やダンジョンの管理・報告義務などもつけたが……それもどこまで有効やら。
「安心しなさいよ~♪
わたしは本当に、人類も吸血鬼の赤ちゃんも、ちゃ~んと守っていくつもりがあるのよ?
それに、このストロング村の開発や防衛、ダンジョンの管理もしてるんだから!
こう見ても尽くすタイプなのよ?」
まぁそれでも、こいつには無数の吸血鬼に加えダンジョンをも誕生させた罪こそあるが、それ以上の善行をしているのも確かなのだ。
そもそも、本来ならばダンジョン自体が、発生しただけで、薄い本に出てくるような悪意しかないゴブリンや善人だけを拷問死させるデーモンといった、最低最悪な魔物を周囲にあふれる程発生させる代物なのだ。
それを、過程での被害こそ甚大とはいえ死者は出ていない上、ダンジョンそのものも安全な物に変質させたのだ。
これは、正直、人類からしてみればかなりの善行ではあるのには違いなく、それで今なおダンジョンの管理や被害者のケアをしてはいると考えれば、流石腐っても善神の信徒というところなのだろう。
「だからね~、そろそろイオちゃんも少しデレてくれていいと思うのよ♪
ほ、ほら、例えば、少しだけ献血してくれるとか……」
「はい、髪一本」
「…………いやったぁああああ!!!!!!!!!!!!!!!!
イオちゃんがデレたぁあああ!!!!!
いやっほぉおおおおおおお!!!!!!!!」
なお、お礼の代わりに雑に髪の毛を一本だけ渡すということをしたが、予想以上に喜ばれてビビった。
というか、髪の毛一本でそこまで喜ぶなよ。
え?呪術師的には許可ありで髪の毛一本貰うことの大事さ分かるだろって?
いやまぁそりゃそうだけど。
かくしてこの日から、ストロング村とギャレン村の交通事情は激変。
更には、吸血鬼治療や冒険者の事情も激変するのだが……またそれは別の話である。