第42話 宴~昼~
吸血鬼治療を開始してから早十数日。
ある程度、吸血鬼化が治った人がいたり、治らなかった人がいたり。
さらには、旧ストロング村、現ニューストロング村はぽつぽつと領主側で呼び寄せた人材が集まってきており。
少なくとも、治療のためにずっと定住する必要性は薄れたというわけだ。
「というわけで、戻ってきたぞ!ギャレン村、いやギャレン町!」
「もぉおおおおお!!!遅かったですよ師匠!!!
すっかり忘れてしまったかと思いましたよ!」
ここしばらく、吸血鬼治療のため家に帰れなかったため、数日ぶりの愛弟子との再会である。
なお、久しぶりといっても、どちらかといえばこちらの村とあちらの村を何度も行ったり来たりを繰り返しているのがここ数日の日常であったため、久しぶり感はあまりない。
が、それでも弟子であるアリスはそれなりに、ぷりぷり怒りながらも、こちらに抱き着いてきた。
「まぁまぁ、でもヴァルターやベネちゃんあたりは基本的にはこっちにいたでしょう?
なら、そんなに文句を言うほどでもないでしょ。
それに、デンツさんを通して、ちゃんと呪術用の教本も渡したから勉強のほうも問題ないでしょう?」
「む~!そういうのじゃありません!
師匠は私にとっての師匠なんです!
勝手にいなくなってもらっては困ります!」
何この娘、かわいい。
「それに師匠が来てくれないと、お父さんに魔力を注げる人がいなくなっちゃうじゃないですか!
ほら早く!お父さん入り藁人形に魔力を注いでください!」
ですよね~。
スマホバッテリー扱いであることに、ちょっとだけ寂しさを感じつつ、師弟の再会を楽しむ。
一応簡単な修行の成果の確認もしたがおおむね問題なし。
呪術師としてもキノコ栽培屋としても、それなり以上に頑張れているようだ。
「私がいない間、村の治安は大丈夫だった?」
「新前冒険者たちやヴァルターさんたちがいるので、基本的には無問題です!
それに、村の皆さん曰く、ダンジョンができてから、この辺で出てくる魔物の数がかなり減ったそうなので。
その上、他の村からの移民も結構増えてきたそうなので、近々村の規模そのものをもっと大きくする!
なんて噂も聞きました」
実に景気のいい話である。
これなら私はこの村で冒険者として頑張らなくて済むという事だろうか?
「つまりは、師匠は司祭一本で頑張ると?」
「いやいやいや、私死霊術師。
というか、アリスちゃんは私の弟子なんだから、それくらい理解してるよね?」
「まぁ、一応は。
でも師匠って、あんまり死霊術使ってませんよね?」
「正論言うのやめてくれない?」
楽しい師弟の会話を繰り広げた後、アリスに新たな課題を渡して、家を後にする。
その後は、シルグレットのいる酒場やルドー村長の家にも今回あったことについて報告。
そして、最後に、今回一番の注目地点、建設の終えた兄弟神の教会へとやってきたのであった。
「おおおおお!おかえりなさいイオ司祭!
さぁさぁ、すでに内装も完成しております!
なんなら、家具も搬入済みですよ」
「魔力ガラスに、いくつかの魔石!
あくまで最低限といった所ですが、それでも図面通りの物はできているはずです」
多くの大工たちに急かされながら、出来上がった兄弟神の教会内部へと入る。
するとそこには、荘厳な気配を漂わせる無数の装飾を施された建物が出来上がっていた。
壁や天井には、魔術と魔石によりやや色のついたガラス状の構造物が天窓に張られており、不気味さの中にもうっすら華やかさを感じられる。
多くの派手な石膏が見るものに勇気を与えるが、教会内部の神聖さとわずかな影の魔力の肌寒さが、同時に危険さを感じさせる。
そして、至る所にある力ある聖印に、辺りにあふれる魔力、さらには結界にもなる無数の幾何学模様が、ここが神の庇護下にある生きた教会だと、まざまざとこちらに伝えてきた。
「いやぁ、俺は大工としては未熟だが、これが本物の教会だっていうのは、はっきりと確信が持てるな!」
「んだんだ、おらもこの教会の建築を手伝い始めてから、腹痛がなくなって……こりゃぁ本当にすごい教会だって胸張って言えるさ」
「俺なんか、この教会の建築を頑張ってから、明らかに大工としての腕がよくなってよぉ!
今までは大工の見習い程度のつもりだったが、今ならそんじょそこらの大工程度には負けない自信があるぜ!」
建築に関わった人たちがぞろぞろと現れ、皆でこの教会のすばらしさをたたえ、あるいは誇っていく。
ある人は笑顔で、ある人は声を高く出し、或る人は歓喜で泣いている人もいる。
件の吸血鬼騒動の時にサクリファイスしようとも考えたこの教会だが、このような村人の反応を見るに、そうしなくてよかったなという安堵感が胸に広がった。
「あぁ!イオ司祭!
帰ってきてたんですか~!おかえりなさい!!」
「イオ司祭様!おかえりなさい!
今日のためにイオ様と神様のために、編み物つくってきました!」
大工だけではなく、村のいたるところから人が集まってきた。
「ふふふ、流石イオ様と神様が図面を作ってくださった教会だぁ。
これほどの、素晴らしい教会は王都でもそうはあるまい」
「んだんだ」
「完成した本物の教会がこれほど素晴らしいとは、多くの人が神をたたえる理由がよくわかる」
「っぱ、兄弟神様だよな!」
「感動しました、冒険神様信仰します!」
そして彼らも、自分との再会を祝い、あるいは教会の出来をほめていく。
「……だがしかし!その教会は、まだ未完成だぞ?」
「なにっ!その声は!?」
しかし、そんな多くの村人たちの賛同の中、一人だけ、その意見に異を唱えるものが!
「あ、あんたは……クソ怪しい自称イオ司祭の兄弟子!!」
「そう!我が名は、闇の死霊術師にして、兄弟神司祭!
深淵のデンツとは、俺の事よ!!」
そう、それは自分の兄弟子のデンツ、やけにテンション高目にこちらへとやってきたのであった。
「あ、デンツさん、お疲れ様です」
「あ、ほんとにイオさんの知り合いだったんですね、良かった」
「くくくくく、畑の防虫の呪いをかけていたらいろいろと遅れてしまってな。
ふふふ、このダークネクロマンサーである、俺様の手を借りるとは……。
もっと安くて手軽な、この地に合わせた防虫の呪術を開発するべきだな」
「まぁ、でもどちらかといえばやっぱり感があるよな……」
どうやらデンツさんは、自分の手紙と領主からの紹介状で、この村で自分が紹介するより先に行動してもらっていたが、どうやらそれなり以上には馴染んでくれたようだ。
というか、子供から外套引っ張られているし、威厳とかそう言うのを気にしたほうがいいと思うの。
「ところで、あんた。
さっきこの教会が未完成とか言っていたが……それはどういう意味だ」
「ふふふふ、そうだ。
なに、その言葉はそのままの意味だ。
貴様らはその教会を完成形だと思っているが、まだ決定的に足りないものがある!」
「それは信仰心とか、信者とか、そういうのですか?」
「それはもちろんそうだが、それよりももっと大事なものを忘れている!!
それがなくてはこの教会は、いくら素晴らしくても神の家とはいえんし、神に愛されることもない!!
そんな大事なものを、貴様らは忘れている!!」
デンツの力強い発言に、思わず村人は息をのむ。
「な、なぁ!イオ司祭!
あんたからも言ってくれ、この教会は完璧で、足りないものはないって」
「いえ、残念ですが、デンツさんの言う通り。
図面通りにできていますが、この教会にはまだ足りないものがあります」
「そ、そんな!」
デンツさんの発言に、自分が補足を入れると、村人が困惑の感情が噴き出す。
それは、苦労して作った故の努力や、この教会を見てなお足りないものがあるという深淵さへの恐怖、あるいは絶望などだろう。
そして、多くの村人が息をのむ中、デンツさんはこう高らかに宣言した。
「そう、だからこそ、この教会に足りないもの、それは……
新 築 祝 い」
「「「「えええぇぇ……」」」」
そして、その空気は無事壊された。
「い、いや、その新築祝いって、いやまぁそりゃ大切だけどさぁ。
そんな荘厳に言う程でも……」
「馬鹿野郎!教会の新築祝いをただの新築祝いと思うな!
確かにここは、建築初めや途中に、きちんと教典的、魔術的儀式で清め払いはできているみたいだが、それはあくまで儀式としてのものだ!」
「これほどの教会ができたのなら、それにふさわしい新築祝い、いや、そのために街村を上げて祝わなければ、めんどくさいことになるぞ!
とくに神なんぞ、傲慢で身勝手な野郎どもなんだ、自分が図面を渡した建物が完成したのに、祭の1つや2つしないと、めんどくさい拗ね方やしょうもない天罰を受ける可能性があるぞ!!」
「な、なるほど」
「い、言われてみれば確かに……!!」
デンツさんの発言に、村の人々はどうやら彼がふざけて言っているわけではないと、納得がいったようだ、
そして、彼らはそれと同時に急いで、祭りの準備に取り掛かることにした。
「そ、それじゃぁ、やっぱり、今から村のみんなを集めて……。
りょ、料理や鍋も用意したほうがいいべか?」
「それよりも、これを村長とシルグレットに伝えるんが先では……」
「ふん!安心しろ!
この事は、村長殿と酒場の主には伝えてある!
それに、祭りのための料理には……こいつを使う!!」
デンツがそういうとともに、彼の背後から一つの荷馬車が現れる。
皆何事かと、その荷馬車の荷台を見ると、皆がその荷物にぎょっとした。
「な!こ、こいつは、【二頭の巨夜梟】!!
この辺で一番やばい魔獣の一種じゃねぇか!?」
「その巨体で音もなく空を飛び、暗闇で獲物を襲う夜の魔獣。
人間こそめったに襲わないけど、一口で馬や牛を丸のみにして喰う正真正銘の怪物とか……」
「ま、まさか、あんた、こいつを……!?」
「そうだ!兄弟神の教会の新築祝いなら、やはり危険な魔物や魔獣を奉納するに限る!!
それにこいつは、冥府神の象徴ともいえる梟、それが呪われ、魔獣となったものだ!
ともすれば、冒険神とも冥府神、どちら相手にもふさわしい奉納品といえるだろう」
デンツはそう言いながら、村人に荷台からその大の大人10人もある巨大な化け梟を降ろさせる。
村の人々が、忙し気に肉をそぎ、羽根を毟る作業を開始した。
「ふっふっふ、作業はきちんとこの教会近くでしろよ?
そしてある程度解体が終わったら、そいつや俺に知らせろ」
「魔獣肉は呪われている故、常人では食うのには向かないが……この教会なら、その呪肉も浄化できるし、神への奉納も同時にできる!
神への新築の祭の開始のための知らせにもなるからなぁ!」
デンツさんが、高らかに村人に命令をしながら、こちらへと視線を向ける。
そして、おそらく、デンツさんとしては、こちらをある程度気遣ってくれたゆえの発言ではあろう。
「しかし、デンツ兄弟子。
……まさか、私が真に新築のための祭りを忘れていた。
そんなことがあると思いますか?」
「……!!
ま、まさか貴様!!」
「そう!私も準備していたんですよ!
この日のために!!」
そのセリフと共に、合図を送り、こちらも荷台に来てもらう。
突然現れた2つ目の荷台に、村人は慌てながら、荷台の中身を確認してくれる。
「な、なんだこの巨大な鉄塊は!?」
「おおおぉぉ……み、見ているだけで背筋が冷えるような……」
「これは、盾?
い、いやこれは……鎧!?」
その荷台から現れたのは、巨大すぎる鎧。
もっともその鎧は巨大すぎて、常人ではとても着ることのできないサイズであり、持ち上げるのも一苦労。
その上、呪いや闇の魔力まみれという、封印をしてなお、見るだけで背筋が凍る呪われた一品である。
「ま、まさかイオ、貴様!?」
「そう!デンツさんが、今日のために供物を用意するのは知っていたからね!
そして、冒険神贔屓のデンツさんなら、どちらかといえば食べられる魔獣をチョイスするに決まっている!
だからこそ、私は食べれず、かつその巨大梟よりも目立つ供物を探し出したんだよ!」
「っく!しかし、こんな獲物いったいどこで……っは!まさか!」
「そう!そのまさか!
この巨大な鎧は、ストロング村にできたダンジョン。
その隠し部屋の大広間にいた【鎧霊】のボスそのものだよ!」
「おまえなぁああ!!!
あのダンジョンは危険度は低そうだが、奥地は別だと何度も言っただろう!
それなのに、何勝手に潜ってるんだ!
そんな暇があったら、寝ろ!?」
「甘い、甘いぞ!デンツさん!
このイオ、兄弟子の言う事をまともに聞くと思うな!
……でも、流石に、このオーク超えてオーガサイズの【鎧霊】はちょっと死を覚悟したよ。
思ったよりもあのダンジョンは、やばそうってことはわかった」
「当り前だ!この不良妹弟子め!
貴様は報告を書くがてら、さっさと疲れを癒しておれ!」
「え、でも、流石に教会の責任者の自分抜きで祭りの準備を進めるのは……」
「い・い・か・ら・休みやがれぇぇぇ!!」
「あっぶっ!!」
かくして、兄弟子からの左フックを躱しながらも、周りから促されることもあり、新築の祝祭まで強制的に休まされることになるのでしたとさ。
畜生、ちょっとデンツさんを驚かせようと思っただけなのに……。
やっぱりダンジョンは悪、はっきりわかんだね。