第41話 血の治療
――吸血鬼とは、魂と魔力に呪いを受けた人間である。
人の枠から離れることにより、高い再生力と不老、さらには吸血という祝福を得る。
その代わりに血への強い欲求と、太陽光や神聖術に弱い弱点、さらには生殖能力を失うという罪を背負う。
それが吸血鬼という存在であり、この世界でももっとも有名な呪いの1つである。
「つまり、君たちは吸血鬼化の治療をあきらめると、遠からず種なしになるけどいいですか?」
「早く、早く治療してください!イオ司祭!!
俺は童貞のまま死にたくねぇ!」
というわけで、あの日以降行っている元兵士団の吸血鬼治療であるが、これは結構めんどくさい呪術であったりする。
というのも、吸血鬼化の治療には、【変質してしまった魂への干渉】が必須であり、そのため魔法が、死霊術に属する【魂操術】であるからだ。
「はい、それじゃぁ、さっそく診察しますから、お薬飲んでくださいね~」
「は、はい!」
月光草などの無数の生薬による飲み薬により、体の魔力調整や血の暴走の呪い及び魂変質の抑制、さらには精神や肉体の五感を鈍らせる。
不安げな表情でこちらを見る吸血鬼なりかけ兵士の胸にそっと手を当てて、その魔力と魂の状態を確認する。
「……はい、前よりも少しだけ吸血鬼化は収まっていますね。
それに、精巣も無事ですよ」
「ほぉおお、よ、よかった!
な、なら早く治してくれ!」
「まぁまぁ、焦らないで。
それじゃぁ治療を開始しますね」
そうして、その兵士の魔力を呪術で操りながら、魂にも死霊術で干渉する。
そうしてその兵士の魂にまとわりついた呪いをはがし、変形した魂の回復を促す。
血に着いた呪いも、フィルターにかけるかの様に浄化していき、人間の肉体へと戻していく。
魂と魔力、肉体と精神は常に相互に干渉し合い、補完していく。
なので、魂と魔力を治せば、自然と肉体も回復していき、逆に魂と魔力が呪われると、心と体も病んでいくというわけだ。
「……よし、今日の治療はここまで。
まだ、完全に治ってはいないけど、数回治療すれば完全に治療する」
「うう、もっとぱぱっと治せないんですか?」
「まぁ、治療開始が遅いし、術者も少ないからねぇ」
もっとも、この治療法は見ての通り、魔力感知や魂感知、奇跡に呪術に死霊術全てを使う実に贅沢な大魔術だ。
まぁ、それでももし患者が一人ならば、こちらの魔力量的に強引な呪術と奇跡の併用ですぐにでも治すことはできるかもしれない。
が、今回は大量の患者がいる上に、ダンジョンの影響で吸血鬼化がかなり進行してしまっている。
だからこそ、今回の治療は時間がかかることも事前にわかっていたし、その症状の進行を遅れさせるために兄弟子の招集なんて、奥義も使ったわけだ。
「それでも前よりは、治療者が増えたわけだし!
これなら時間をかけてたら、全員無理なく治ると思うよ♪」
「は、はぁ、あの方ですか……」
自分のセリフと共に、自分の治療を受けている兵士の一人がちらりと窓の外を観察する。
「ぐあああああぁああ!!血を吸わせろおおおおおおぉおおお!!」
「甘い!!!」
「ペガ!!」
なんと、そこには無数の吸血鬼もどき相手に素手で戦闘を繰り広げている兄弟子の姿が!
「ふん!
貴様らは、人間を超えたやら、定命でなくなったなどと偉ぶっているが、所詮は生まれたての吸血鬼なんぞ、素手で殴ればやられる程度の雑魚に過ぎん!
奇跡に弱い、呪術にも弱い、さらには太陽光で皮膚が焼けてしまう!
そんな弱点だらけの体で、何を誇る!」
「だまれ、だまれ、黙れぇええええ!!!!」
「なら武器を使ってみるか?
魔法か?それとも神に祈ってみるか?
もちろん、それらを使うのも構わん。
が、それをした時点で貴様らは吸血鬼としての種の誇りを失い、人という種への回帰になることを忘れるな!」
「貴様ぁああああ!!!!!」
なお、そんな兄弟子の近接戦は、素手とはいえ、神聖術と呪術による肉体強化、さらには戦闘用の使役霊を肉体憑依などの複数の魔術を併用している。
更には万が一の時を考えて、素人目には感知しにくい力場状のスピリットを体に巻き付けて、見えない鎧みたいな面白いこともやっている。
だから見た目ほど、無謀な挑戦というわけではないが、私からしてはよくやるなぁというのが本音であった。
「あの……なんであの人は、治療の前に素手でアイツらを殴ってるんですか?」
「いや、一応あれも吸血鬼化の治療の一環ではあるから。
デンツさん特製の吸血鬼化治療術だから」
「は、はぁ」
汗をかきながらその兵士はこちらを見つめるが、大丈夫、君の感覚は正常だ。
でもデンツさん曰く、「魂と肉体が、精神や体に干渉するなら、その逆も然り!」という理論で、吸血鬼としてのプライドや心をぼこぼこにへし折ることで、効率的に患者の脱吸血鬼化を行うという治療法らしい。
個人的には、そんなことをするのなら、同じ魔力をつかって、普通に治療したほうが魔力効率やら治療効率がいいのではと思っている。
が、兄弟子曰く、実際にやってみなきゃわからんだろうとのことだし、私と兄弟子では得意な死霊術のジャンルが違うため、まぁ方向性の違いという奴だろう。
「あ、でも、あなたは大丈夫だよ。
少なくとも、あの療法は、吸血鬼に未練或る人への治療法らしいから。
だから、あなたが、吸血鬼や血への欲求が強くならない限り、あの治療法を受けることはないかな」
だからこそ、現在は私は治りかけや積極的に治療を受ける気がある人を中心に治療し、デンツさんは心まで吸血鬼化してしまったやや手遅れ気味の患者を担当している。
正直、個人的にはより危険な患者を任せていることに申し訳なさしか感じないが、それを口に出すと、顔面にチョップを受けてしまった。
兄弟子、死霊術師なだけあって、男女平等が過ぎるぞ。
「……吸血鬼って思ったよりも弱いんですね」
「まぁ、少なくとも、なり立てならね」
そうして、黄昏る患者を尻目に、私は無数に宙を舞う新米吸血鬼たちに溜息を吐くのでした。