第40話 兄弟子
――ともするなら、このままだと過労死してしまいそうなのは、目に見えていた。
ギャレン村の防衛。
新教会の建設や結界構築。
ミサの準備に、ゴブリン洞窟の整備。
金策に、アリスの育成、さらには死者の手向け。
その上今回は、騎士団の吸血鬼化治療とダンジョン対策までしなければならないのだ。
「体が足りない……。
それに、魔力まで足りないぃぃ……!!」
「え~っと、何か手伝えることある?」
ヴァルターが心配そうに、こちらを見てくれるが奇跡も魔法も使えない彼に出番はなく。
「とりあえず、残念ですが彼らは手遅れなので……。
生きているイオさんをここまで苦労させるなら、おとなしく彼らを成仏させたほうがよろしいのでは?」
微妙に役立ちそうなオッタビィアは、残念ながら信仰する神の違いにより、吸血鬼の治療そのものに懐疑的。
まぁ、これに関しては王国での吸血鬼の扱いが、基本即処刑であるため、国教的にも仕方ないといえるだろう。
「おかしい、私は田舎で死霊術師スローライフをするはずなのに……。
この労働環境を何とかしなければ!」
というわけで、こんなブラックを超えて深淵色の労働環境を何とかするために策を練るのは当然の流れ。
とくに、吸血鬼の治療を言い訳にすれば騎士団を通して、この地の領主にもある程度要望を通すことができることを知り。
さらにはこの地の領主様が、王都から人材を派遣させると確約してくれたため、多少のずるもすることもできるわけだ。
「……ふん」
というわけで、さっそくそんな伝手を使って、魔導学生時代の知り合いを呼び出す。
そいつは黒いマントに、鋭い目つき、ギラギラした瞳の目立つ人相の悪い初老の男。
「……この俺を呼ぶという意味が分かっているのか?
この女郎」
その男はこちらに向かって、にらみつけながらそのように話しかけてくる。
「もちろんですよ、デンツさん。
いえ、《《兄弟子》》、久しぶりですね」
そうだ、この老け気味の男性こそ、かつて同じ魔導学園の学友であり、同じ師匠の下で切磋琢磨した仲間であるデンツ・ダーカ。
王国で貴族の家に生まれながら、魔導学園にて自分と同じ死霊術を学んでいた、なかなかの変人な魔導士といえるだろう。
「今回はどうしても、デンツさんの手を借りたくて。
それに、デンツさんも吸血鬼やダンジョンについて研究したいって言ってたでしょう?
ならちょうど、喜んでくれるかなって」
「だが、お前と違って俺は真の死霊術師だからな?
甘ちゃんのおめぇと違って、この地に地獄を創り出すつもりだが……。
ここにいる奴らは、その覚悟はできているんだろうな?」
デンツはその言葉と共に、周囲にいる人々をじろりとにらみつける。
「安心してください、その点についてはきちんと事前に、解説しておきました。
それに、吸血鬼化を効率よく止められるために、死霊術も奇跡もどちらも使える。そんなすごい死霊術師であるデンツさんのすごさは、行動し始めればすぐにみんなに伝わりますから!」
不安げな視線を向ける周囲の人々に、言い聞かせるように声を上げて反論する。
自分の言葉に満足したのか、くつくつと笑いながらデンツ兄弟子はこちらに向き直ってこういう。
「口ではお前らはどうとでもいえるがな?
実際のところ、本当に俺の言う事を聞くか、信用しているかなんて、実際に見てみなきゃわからないだろ?」
「……」
「そして、それは妹弟子イオ、お前もそれに含まれていることを忘れるな!
くくく、貴様は学園時代から実に生意気な奴であったからな……。
そんなことを言って、いつでも俺の裏を、いや全ての裏をかこうとする悪人であった!
なればこそ、俺は油断せず、貴様に耐えがたい命令を下してやる!」
そして、王都でも有数の暗黒死霊術師であるデンツ兄弟子は、こちらの肩を掴みながら、高らかにこう叫んだのであった!
「と、いうわけで、イオ。
お前が今一番最初にすることは、他者の治療でも俺の出迎えでもない。
今すぐに寝ることだ。
すぐ寝ろ、直ちに寝ろ」
「え!
で、でも、まだまだ今日の分の治療薬の予備と、いざというときの祈祷。
あ!それに寝るなら引き継ぎの準備も……」
「そんな言い訳はどうでもいい!!
それよりも、まだ若いのにそんなバカみてぇな無茶しやがって!!!
おめぇも一流の死霊術師ならちゃんと寝ろ!!!
兄弟子の言葉を信用できないってのか!!!」
「い、いやもう、私は前世合わせたら十分大人ですし……。
なら、このくらいは無茶でもなんでもないってわかっていて……」
「がたがた言い訳してんじゃねぇ!!!
おらぁ!必殺睡眠呪!!!」
「かぽぉ!!」
かくして私は、卑劣な兄弟子の、顎に向けた右ストレートによりあっさり意識を失い。
結果的に、2日以上強制的にベッド送りにされてしまったのでしたとさ。
☆★☆★
兄弟子がこの旧ストロング村跡地兼元前線基地に来てから早数日。
私は兄弟子であるデンツと共に、久々の大規模な死霊術を行使していた。
「おらっ!第2部隊と第4部隊!
てめぇらは、改めてそこの廃屋を引っぺがしてこい!
第6部隊、お前らはさっさと次の家を建てやがれ」
デンツが操っているのは大量の【スケルトン】。
骨の中に死霊を宿したアンデッドで、力は弱いが、その手先の器用さと軽快さ。
なによりも、その消費魔力の燃費の良さがダントツ、そんなアンデッドである。
「あ~、デンツさん。
こっちは【アース・グール】の群れと【インフェルノ】の群れの準備ができましたよ」
「よ~し!相変わらず、そのクソ魔力量と操作の速さだけは認めてやる!
それじゃぁ、さっそくこの図面通りに死霊どもを配置しやがれ!」
デンツの言葉に従い、土や泥に憑依させた死霊たちを骨組みや柱にまとわりつかせ、そのまま成仏させることで家として固定。
そんな泥や土でできた家モドキの壁や天井を、火の亡霊であるインフェルノで焼き固める。
「よし!とりあず、これで簡易の家は数を揃えることができたな!
……本来ならこんな陰の魔力にあふれる家なんざ、売り物にすらならん欠陥住宅だが……。
まぁ、この地にダンジョンがある時点で今更だろ」
かくして、デンツさんと私の共同作業により、この旧ストロング村の復興は急速に進んでいた。
方法としては単純に、大量のアンデッドの使役による人海戦術だ。
今回この地にやってくるにあたって、デンツさんはあらかじめ馬車に大量の骨と魔石、さらには豊富な使役霊を持ってきてくれたのだ。
そして、それらの資材や死霊を使い、無数の工兵のスケルトンで開拓を進めたり、ある程度憑依慣れした死霊で、邪魔な廃屋や石材そのものに憑依させて整地をしたり。
見る人が見れば、無数のポルターガイストと歩き回るスケルトンの群れで卒倒不可避な光景だが、それでも作業効率がいいのは確かだ。
「え、えっと、今回使用した魔石の分の代金は、魔導学園に置いておいた私の私物から払うので……」
「馬鹿野郎。妹弟子から金をとるやつがどこにいる。
それに料金は事前に教会と領主様からもらってるから気にすんな」
内心、これだけの規模の大仕事を兄弟子に頼んだことへの料金が怖かったが、どうやらその心配はする必要がなさそうだ。
思わずほっと息をつく。
「それよりお前、こんな辺境に来たのに、まともに使役霊や守護霊を増やしてねぇな?
噂だと盗賊団一つ潰したんだろ?
なら、そいつらを適当に言い訳して、傀儡にすりゃよかったじゃねぇか」
「い、いや、今の私は聖痕つきですし……。
それに、基本的に冥府神の神官である私は、人間の霊は成仏させるのが教えですので……」
「かぁ~っ!!これだから、お前は!
俺達が司祭資格を取ったのは、死霊術研究の自由を手に入れるためだって忘れやがって!
あくまで教会関連の仕事はほどほどで済ませる。
それができんから、こんな面倒なことにまきこまれるんだ」
「いやほんと、面目ない」
作業をしながらも、兄弟子であるデンツから無数の小言を受けてしまう。
いやまぁ、色々とありがたいが、同時に煩わしく感じてしまうのはやはり図星だからだろうか?
「それに、どうやら、貴様は新たに弟子を取ったと聞いたからな!
貴様が弟子を取るようになったのは意外だったがな」
「いや、別に正規の弟子というわけでは……っは!」
そして、その時私はひらめいたのであった。
私としては、あくまでアリスちゃんは、仮の呪術のための弟子である。
でも自分ならいざ知らず、この兄弟子なら、イイ感じにアリスちゃんの死霊術習得をあきらめさせたり、もしくは正しい方向にアリスちゃんを導けるのではなかろうか?
「ねぇねぇ!デンツさん!
実はそんな新しくできた弟子について、相談があるんですけど!」
「だめだ」
「え」
「だから、自分で取った弟子の癖に、それを押し付けるのは許さんといったのだ。
それに俺のような深淵の死霊術師が、まともに弟子をとれると思うか?」
「いやいや、どう見てもデンツさんのほうが、私よりは向いている気が……」
「ともかく、俺は貴様の弟子を引き取りはせん!!
一度弟子として受け入れたのなら、最後まで面倒を見ろ!
中途半端は許さん!」
「……は~い」
かくして、兄弟子に叱られつつ、周りにやや引かれながらも、ダンジョン周りにドンドン建物を建築させていくのでしたとさ。




