第39話 吸血貴との盟約(※領主視点)
イラダ地方の領主、ロイ・アレクサンドリア。
王国の侯爵出身であり、アレクサンドリア家の次男。
直接アレクサンドリア家の爵位をついだわけではないが、彼自身のイラダ地方での開拓功績により、爵位を継承。
魔の土地といわれるイラダ地方でありながら、その圧倒的カリスマと武力、そして豊富な知識により、すでに王国からも認められる程の地方都市をいくつかこの地に建設するのに成功。
そして豊富な知識により、すでに王国からも認められるいくつかの地方都市をこの地に建設するのに成功。
数多の吸血鬼共をなぎ倒し、魔王軍の残党も手なずけ、危険な自然現象にも対応する。
噂では、現国王や国教の大司祭からの信頼も厚い。
もちろん、王都や王宮内では無数のやっかみも浴びるが、それ以上に、魔の土地で生き延び支配する、彼の功績と実積には誰もが口を閉ざし、ひれ伏すしかない。
圧倒的猛者にして強者。
それがこの、ロイ・アレクサンドリアという男の王都内での評判であった。
「というわけで、領主様の肝いりである【導きの巻貝隊】は実質壊滅しました。
報告は以上になります」
「ぎゃああぁあああ!!!!」
そして、そんな噂の名領主は今現在彼の持つ屋敷において、驚く度に悲鳴を上げていた。
もはや、常備薬となった胃薬を喉に流し込み、追加の護符を全身に貼りつけ、体を縮こまらせながら、彼の執事から追加の報告を聞く。
「なお、死者は出ていませんが、吸血鬼化症状は隊の約3割がかかっており、軽度の物を合わせると半数が吸血鬼化しているといっても過言ではありません」
「たしか、あの隊には戦神の司祭がいたはずだが……」
「どうやら彼女も普通に、吸血鬼化の被害にあっているらしいですね」
顔面を青くする領主を尻目に執事はどんどん報告を続けていく。
向かわせた先の被害状況に、その実態、ダンジョンの発生など、それらの報告のどれをとってもロイにとっては凶報であり、彼の胃壁を削るには十分すぎる威力があった。
「……たしか、【導きの巻貝隊】には、王都からの、しかも他貴族からのご子息もいたよな」
「ですね、有名どころですと伯爵家の次男坊が、それに騎士のご子息も複数所属していますね。
件の開拓事業も、侯爵の下でなら安全だろうという親心でしょうな」
「……ぐはぁ!!」
思わず、口から血が漏れるロイ侯爵。
「……これ、俺、処刑されてもおかしくないよな?
というか、確かあの隊にいた聖職者は教会から特に大事にしろって言われた子だし。
伯爵家とか確か、かなり歴史ある名家だった覚えがあるぞ?まじで」
「まぁまぁ、流石に今回ばかりは大丈夫でしょう。
それに単純な爵位なら、ロイ様のほうが上でしょう」
「ばかやろう!!こんな開拓地で、他貴族の恨みを買うとか!?
ただでさえ、七光りなのに成り上がりなせいで、各方面に恨みしか買ってない俺が、暗殺者を送られないわけないだろ!」
「大丈夫ですよ、ロイ様。
せいぜい、支援が悪くなったり、教会から批判されたり、行く先々で盗賊に襲われるようになる程度ですよ、おそらく」
「全然!!大丈夫じゃねぇからなそれ!」
ロイは手に持つコップを投げつけそうになったが、それをぐっと抑えた。
「幸い、いいニュースもあります。
実は件の【導きの巻貝隊】に死者そのものは出ていません。
それに吸血鬼化についても、現地で治療しているため、ある程度は何とかなるかもしれません」
「え!?それはいわゆる大司祭の、命を犠牲にする【大奇跡】を発動させたとかか!?」
「いえ、どうやら普通に薬と奇跡を併用した治療術の一種だそうです。
偶然現地にいた、聖職者が行ってくれたそうです」
「よかった!これなら何とか、首の皮がつながりそうだ!
というか、こんな場所に来る聖職者とは、なかなかに覚悟決まっているなそいつ」
「ええ、報告によると三輪級の聖職者であり、群がる吸血鬼を一網打尽にしながら、同時に治療もでき、吸血鬼の行う呪術についても詳しい。
更には容姿端麗で、慈悲深く、勇気もある、そんな女聖職者だそうです」
「流石にそれは、盛りすぎでは?
どう考えても、幻覚か罠の類だろそれ」
どう考えても、頭おかしい報告に対して思わず突っ込みを入れてしまうロイ。
「いや、どうやら、この話は必ずしも間違いじゃないそうで。
一応、三輪聖職者が偽装でないか、王都の大教会に対して確認を取りましたが、それらしい聖職者の証言が取れましたね」
「ほう」
「名前は、イオ・ダークネス。冒険神の信徒であり、魔導学園出身の聖職者だそうです」
「ほ~、魔導学園出身で聖職者とはこれはまた、ずいぶんとエリート出身だな。
冒険神というところは少し気になるが……研究者や教師、宮廷魔導士でもやっていたほうがよさそうな人材だな」
「そして、若くして、教会での早期の研修で、無数の吸血鬼討伐や人命救助に努める。
その功績を認められ、大教会より司祭資格をもらうだけではなく、神より聖騎士の称号を授かり、彼女の姓もその時にもらったものだそうです」
「ちょっとまって?」
「実際に彼女にはいくつかの逸話があり、他司祭と共に吸血鬼狩りの一環とはいえ、王宮に潜入。
そこで火を放ったやら、皇太子相手に説法をしたとか。
さらには、魔導学園に入ったのも効率的に吸血鬼に対抗するために死霊術を学ぶため。
ああ、それと魔導学園でも幼少のころから、熱心に新しい呪術や魔術を開発していたとのことです」
「つまりは、幼いころから吸血鬼をぶっ殺すために存在したエリミネーター……ってこと!?」
「いえ、彼女が王都でした最後の行動記録が、邪竜討伐なので、おそらくは吸血鬼だけではなく、邪神陣営全てを滅したいと思われているのでしょう。
熱心な冒険神聖職者らしい方だと思われますね」
「ちょっと、何言ってるか分かりかねるんだが」
ロイは、今度は別種類の胃薬を喉の奥に押し込んだ。
「……とりあえず、今のところ直ちに害はないのだろうから、そいつに関しては放置で」
「いいんですか?
それより彼女をここに招集するのはどうでしょうか?
おそらく、彼女なら、ロイ様が現在抱えている問題の半分くらいは解決できると思いますが」
「どう考えても、狂信者みたいなやつに自分から突撃するとか、ないだろ。
それよりも、新しく発生した件のダンジョンとやらについての解決法を考える必要があるな」
「わかりました、では……」
「ああ、これから俺は少し案を考えるから、貴様はこの部屋から出ていけ。
ああ、晩飯は今日も大量の肉を頼むぞ」
その言葉と共に引き下がる執事。
そして執務室にロイ一人だけになり、周囲に人目がないことを確認して彼は声を上げる。
「……シューテ」
「はいはい!今日も私の助けが必要かい?」
その言葉と共に、部屋の物陰から一人の人物が現れる。
青白い肌に赤い目、何よりもその鋭い犬歯。
「……お前の話では、件の吸血鬼は人道派で、放置しても問題ないと聞いたが、どうなっている?」
「いやいや!それは早計だよ、ロイ坊や。
確かに、エイダは生粋の善神派閥出身の吸血鬼であり、彼女自身は血の契約により、むやみに人間を傷つけることはできないのは確かだ。
が、彼女個人が人間をどう思っているかは別話だし、自己防衛の延長程度なら、おそらく彼女でも無理なくできるというわけさ」
「……っ!」
「それよりも、私だって君に聞きたいことがあるんだが。
君は先ほどまで、件の騎士団がやられたこと、その何を恐れていたんだ?
君はこの地で最も偉い人間なのだろ?
あの程度の人間など切り捨てても何の問題もないだろう?」
「……」
「王都からの呪いが怖い?
他の人間のひがみが嫌だ?
それならば、今すぐにでも君は吸血鬼になるべき、いやなろう!
そうなれば君はあの忌々しい王国という檻から解放され、我ら高潔にして神聖なる夜の眷属になることができる!」
「……」
「それに、君は忘れてはならないのは……。
あくまで、私が君に協力してるのは【保留】しているからだけだ。
君が我が眷属になるまでの、わずかな猶予。
人間としての未練をなくすために、最後の仕事を終えるまでだ。
最終的に吸血鬼になることを忘れてはいないよね」
「……もちろんだ」
「よろしい!
ならば、今日もさっそく君の相談に乗ってあげることにしよう。
この地に住む人間と吸血鬼、互いにとってよりよい未来を作るための、ね」
それから数日後、領主から王都や各開拓村に、ダンジョン出現及びその周囲の開拓指令が発令されることになるのだが。
またそれは、別のお話である。