第37話 吸血姫の最後()
さて、そんなこんなで無事吸血鬼もどき共の鎮圧は無事に終わったわけだが、今回の騒動はそこが終着点というわけではない。
「うう……あ」
「いてぇよぉ……いてぇよぉ……」
「お願い!!もっと私の血を吸ってよぉ!!
あはは、あはははははは!」
元対吸血鬼用の前線基地。
そこには当然無数の吸血被害者という名の死にかけがいるわけだ。
もちろんその被害者も襲われた吸血鬼によって症状が違う。
ある人は純粋に死にかけていたり、ある人は心に傷を負っていたり。
中には吸血による快楽により、一種の吸血中毒に陥っている人や、吸血鬼になりかかっている人もいた。
「どうして……どうして俺は……」
「げははははは、あーっはっはっは!」
「離せ定命の者よ!我に逆らうとどうなるかわかっているのか!」
もちろん、生きたまま捕縛した吸血鬼側も症状は様々。
純粋に正気に戻って絶望しているもの。
唯々血に酔い続け、混乱しているもの。
なかには、すでに吸血鬼として確固たる個を確立してしまっているものなど。
こちらも、なかなかに混沌を極めていた。
「で、この人達、いやこの吸血鬼たちはすぐに治療できるの?
噂によると、以前エドガーさん辺りを治療して、半端に失敗したって聞いたけど」
「失敗したっていうな。
まぁ、でも常識的に考えて、この量の吸血鬼やけが人を、私一人で一気に治療できると思う?」
「……やっぱり、厳しい?」
「まぁ、そりゃね」
不安げにこちらを見るヴァルターに、私はきっぱりと告げた。
「一応怪我人に関しては、治癒の奇跡が使えるオッタビィアちゃんがいるから、ある程度何とでもなるよ。
でもまぁ、吸血鬼化に関してはあれだよ。
単純に、薬が足りない」
そもそも吸血鬼化はかなり治療が大変な症状だ。
単純な奇跡などの神聖魔法によるものだけでは治療できず、専門家が呪術なども併用して、薬草などの複数の薬を使用してようやくなんとかできる症状なのだ。
「今回に関して言えば、最低限月光草辺りの薬草は必須だね」
「月光草とか、並の薬よりも高いじゃん。
たしか、高級食材。
まずいけど」
「そ、それに採取しに行くにしても、季節も合いませんし……。
せめて、症状を抑える薬とかないんですか?」
「その症状を抑える吸血鬼化抑止薬に必要なのが、月光草」
思わず頭を抱える領主軍の生き残り一行。
彼らは救いを求めて、自分とは別の聖職者であるオッタビィアのほうへと視線を向ける。
「一応、太陽神様からは、吸血鬼をどうにかできる奇跡をいただいております」
「おお!それはつまり……!!」
「はい!私の太陽神様より授かった奇跡を使えば、複数の吸血鬼相手と言えど、一撃で神の下へ届けることができるでしょう!」
が、残念ながら、そこに救いはなかった。
「……いや、それって普通に殺すっていうのでは?」
「そもそも、吸血鬼となり、人の血を吸ってしまった時点で人としては死んだも同然でしょう?
まぁ、今回はイオマ、イオさんがまだ治せると言っているので我慢しますが。
本来はすでに血の味を覚えた吸血鬼なんて、早々に滅ぼすべき存在ですよ」
オッタビィアの余りの言い草に対して、兵団の生き残りが涙目になる。
が、残念ながら王国の一般教会においては、自分よりもオッタビィアの意見のほうが主流である。
そもそも吸血鬼化の治療自体が一部の神官や魔導士でもなきゃ不可能であり、それに反して吸血鬼の繁殖速度のほうが上なので、ある意味では仕方ないことだろう。
「とりあえず、少しでも吸血鬼化を抑えるために、神聖結界を準備しておくから。
一応衰弱死の危険性はあるけど……この辺は空気中の陰の魔力が驚くほど濃いから、まぁ4日に1回外で呼吸させれば問題は起きないでしょう」
まぁ、それでもできる限り何とかしなければならないのが、聖痕付きのつらい所。
もっとも、吸血鬼云々に関しては、冥府神様的にはまぁ助けてやってもいいかな程度っぽいので、気が楽といえば楽であるのが救いか。
「それに、怪我人とは別に……こっちのほうも見なければいけないからな」
そして、自分が視線を向けるのは無数の女子供たち。
そう、今回の騒動で解放された、件の吸血鬼の保持していた捕虜たちだ。
「それで、あなた達はあの吸血鬼につかまっていた捕虜だけど、今はもう解放されている。
……ということでいいんだよね?」
「はいそうです。
一応中には、管理のためにエリザ様により吸血鬼にされたままの者も何人かいますが……。
ここにいるのが、エリザ様がとらえていた残り全ての捕虜のはずです」
そのやけに肌の色が白い捕虜の言葉を聞き、元ストロング村のほうに視線を向ける。
するとそこには廃墟同然の村ではない、よりひどい光景。
地面が大いに荒れ、地面からは魔力蒸気が噴き出し、いくつかの地割れが発生している。
当然廃屋もそのほとんどが倒壊し、冒涜の教会も、小さな吸血鬼の城モドキも消失。
その代わりにそびえたつのは、遠目からでもわかるほど強大な魔力を放つ【塔】であった。
猛烈な悪寒を感じつつ、改めてその捕虜の少女に視線をやる。
すると彼女は、おずおずとこちらに一枚の封筒を渡してくる。
「それと、これがエリザ様の……。
我が主であった吸血鬼様が、あなたに最後に渡してほしいとおっしゃっていた《《遺言状》》になります。
どうか、ご迷惑でなければお手にとって、主様の最後の言葉を、読んでやってください」
捕虜の言葉に周りがわずかに動揺をする中、私は静かにその封を開けるのでした。
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●愛しの闇の聖女様へ
イオちゃん、君がこの手紙を読んでる時、既に私は死んでいる事だろう。
時間がないため手短に言うが、残念ながら君たち領主軍と私の契約は破られてしまった。
おそらくは日々増大していく私の領地での陰の魔力の高まりに、領主軍達が耐えられなかったのだろう。
残る人質が十数人になった時点で、彼らは私の領地に攻め入ってきた。
だからこそ、私は私の計画を早める必要があったし、そのせいで(おそらく)多大な被害を出してしまったことを謝りたいと思う。
しかし、それでも誤解してほしくないのは私は人間を恨んでいないということだ。
私は彼らが私を攻め入る理由がよくわかるし、それだけのことをした自覚がある。
しかし、それでも今回の一連の事件は私、いや、このイラダ地方に住むすべての非邪神陣営にとって必要なことであったのだ。
そう、そのために私が行ったこと、それがこの【ダンジョン】の作成だ。
しかも、邪神の物でもない【月の女神のダンジョン作成】。
それが、我が神と我が血の親から命じられた指令であったのだ。
おそらく、魔導士であるイオちゃんならわかっていると思うが、通常ダンジョンとは、危険なものだ。
邪神の物なら、その入り口から無数の魔の物や呪いが周囲にあふれ出し、太陽神の物なら、周囲の魔物の活性化と弱体化、どちらも引き起こす。
凡そその地で生きる者にとってろくでもないものであり、害悪的なものだ。
そして、イラダ地方が呪われた地と呼ばれているのは、この地の陰の魔力が特別に濃いことにより、【邪神ダンジョン】が定期的に自然発生することにあるのだ。
だからこそ私は、この周辺で大規模な結界を作り、ダンジョンの発生自体を抑えることはできずとも、その方向性を変えることに尽力したわけだ。
結果が上手くいったかどうかはわからない。
なぜならこの秘術は非常に高度で困難なものであり、そのためには私自身を贄にしなければならないからだ。
だからこそ、許してとはいわないが、せめて憶えていてほしい。
ここに一人の人間を想い、そのために尽力した吸血鬼がいたことを。
そして、願わくはこの地に、人類と吸血鬼が共存できる、明るい未来があらんことを。
〇あなたの愛しの夜の眷属より。
PS・すでに役割を終えたために、協力してもらっていた人々とわずかな部下をそちらに引き渡します。
なかには、吸血鬼化しているものがいますが、あくまで私が無理やり吸血鬼化させた被害者であり、私とは何の関係もありません。
暴れないように軽い命令もしているため、大事に扱っていただけると幸いです。
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遺書朗読後、すぐ後。
「で、そうやって、遺書を作成しながら、のこのこ生き残っている吸血鬼がここにいると」
「んにゃあぁああ!!!!」
なんと、そこにはアームロックを決められている一匹の吸血鬼の姿が!
「べ、別に私はただの、捕虜の一人で、え、エリザ様とは何の関係も……いだだだだだ!!!」
「え?その子が件の吸血鬼なの?
見た目ちっこい女の子だけど」
なお、その光景を見ながらヴァルターが質問を投げかけてきた。
「うん。この子が件の吸血鬼。
見た目も多少変わってるし、何より魔力や体も変わってるけど、こいつが今回の元凶で間違いないよ」
「にゃ、にゃんでそんな風に断定して……。
そ、そもそも、体が違うならそれは別人なのでは!?
そうです!私はセイダ!どこにでもいるごく一般的な元農家の娘の吸血鬼で、あの強く美しく賢いエイダ様とは何の関係も……」
「……死霊術師が、魂の形で相手を見間違えると思うか?」
「……う゛」
「さらに言うと、以前私の血をあなたに飲ませたでしょ?
あれって、マーカーの役割もしているから。
なんでこんな狡いことをした?」
自分のセリフに、やや苦い笑みを浮かべながらアームロックを決められていたその吸血少女は小さな声でこういうのであった。
「……何も知らないただの農民の吸血鬼に戻って、捕虜の一員になれば、ワンチャンあなたに合法的に近寄れるかな~って。
そして、悲劇の吸血少女枠で、アリスちゃんみたいにイオちゃんの弟子になれば、合法吸血も夢ではなく………いだ、いだだだだだ!!!!」
「とりあえず、オッタビィアちゃん。
聖光お願い」
「はい、了解しました」
「ちょ!おま、やめ……んぎゃああああああああ!!!!!!!!」
かくして、この前線基地内に、巨大すぎる吸血鬼の悲鳴が木霊したのでしたとさ。