第36話 油と重油ぐらい違う
端的に言うなら、これは魅了系の呪術である。
まぁ、呪術といっても、魅了そのものは、単に薬学的な呪術や源魔法に分類され、あんまり陰の魔力に関係ないタイプの原始的な魔法である。
が、それでも今行っている呪術が呪術として成り立っている最大の要因は、これが対吸血鬼特化であるということだ。
吸血鬼にとって、非常においしいらしい私の血を空気中に散布し、魔力と簡単な風魔法でくるくると相性のいい菌と共に周囲に散布する。
すると、呪術により活性化した菌類がいい感じに私の血をさらにおいしく分解、あるいは発酵してくれるらしく、ただでさえ吸血鬼を狂わせる私の血がさらにおいしく。
そこに、ちょっとした魂操作やら魅了呪術を混ぜれば、あっという間に吸血鬼おびき寄せ呪術が完成というわけである。
「でもまぁ、この呪術を使うと、結構出血する必要があるからね。
しかも、今回は万全を期して多めに散布したから……。
あ~、貧血で気が遠くなる~」
「ちょ!い、今はそんな暢気なこと言ってる場合じゃないよ!」
なお、そんなこんなで今現在自分たちがいるのは、前線基地から少し離れた場所。
そこで、結界を張りながら呪術を使い、吸血鬼をおびき寄せるという作戦を行っていた。
今私が維持している結界は対吸血鬼用でありながら、単なる行動阻害と侵入妨害を行う程度の結界だ。
これは、あんまり強い結界だと、そもそも吸血鬼を呼び寄せることもできないし、殺してしまうかもしれない。
かといって弱すぎると、一瞬で私たちは血袋奴隷になってしまう。
だからこそ、この結界は元領主兵団を生かさず殺さず集めるための、絶妙な威力と防御力を維持する必要があるんだが……。
「あ゛~、血が足りない頭にはつらい……。
魔力維持と防御維持が……」
「が、頑張ってください!
わ、私も何とか援護しますから!」
そんなこと言いながら、ベネちゃんがこん棒で吸血鬼を殴り倒す。
どうやらベネちゃんは、最近近接戦もできるように鍛え始めたようだ。
でもそれでこん棒を選択するのは、いろんな意味でどうなんだ?
「それよりも……そろそろ吸血鬼化した隊員は全員集まった?」
「はい!お、おそらくこれで全員すでにこの中にいます!
だから、だから……!!」
結界内で暴れまくる吸血鬼の動きを何とか凌ぎながらも、結界内部にいる吸血鬼の数を数え終わった伝令が準備ができたことを伝えてくる。
なれば、もう足止めはいらない。
ここにすべての被害者である吸血鬼の新生児達が集まっているのなら、ここで一網打尽にすれば騒動は収まる。
「というわけで、後はお願いね。
《《オッタビィア》》ちゃん」
「……はい!」
そうだ、今回はそもそもチーム戦なのだ。
今回の騒動を聞いた時に、事前に彼女の力が必要と確信し連れてきたのもこの時のため。
この世界においても、吸血鬼は太陽光に弱い。
なぜならそれは、太陽神の神気が、吸血鬼の存在そのものを排斥するから。
それゆえに今この場において、もっとも強いのは太陽神の司祭たる彼女であり……。
「さぁ!神の威光をその目に焼き付けなさい!!!
【聖光】!!」
たとえ、ただの光を放つ魔法であっても、吸血鬼に対する必殺の一撃となりうるのであった。
「目が、目が、目がぁあああ!!!!!!」
「う、うわぁあああ!!!お日様の香りだぁああ!!!!
うげろぉぉぉぉ!!!」
「な!なんだこのくっさいゲロ以下の太陽の匂いは!!
か、嗅ぎたくないのに、で、でもおいしい血の香りのせいで、鼻をふさげなくて゛……おろろろろろろ!」
「あれ?ここは冥府?天国と地獄が行ったり来たり……」
「というか、あの女くっせ!!!全身太陽神の匂いくせぇええ!!!!
にがからい? 腐った油の匂い? なんでもいい、早くその匂いを止めてくれ!!
でないと俺は……うえぇぇぇぇ!!ぶぼらぁぁぁぁあ!!」
まぁ、でも必殺の一撃というのはあくまで比喩表現であり、実際はもっとひどいものである。
具体的には、吸血鬼の新生児にとって、太陽神の神気や光は致死性はなくても、忌避し無力化には十分すぎる威力の物であり。
その結果が、この様な一面吸血鬼のゲロまみれという地獄絵図が出来上がってしまったわけである。
「さすがだね!オッタビィア!
嫌われることに関しては超一流!」
「太陽神のにおいだけではなく、聖痕のせいとはいえ、オッタビィアさんの匂い……いえ、雰囲気のキツさは強烈ですからね。
五感や第六感の鋭い吸血鬼にとっては、さぞつらいのでしょうね」
「……あの、ちょっと泣いていいですか」
最近はマシにはなったものの、まだ若干聖痕の悪影響が残っているオッタビィア。
今回の吸血鬼退治でさらに聖痕が減ってくれるとは思うが、それでもまだ結構村人から避けられ気味であったりする。
「よしよし、オッタビアちゃんはよくやったよ。
えらいえらい」
「うう、イオさん、イオママ……」
なお、協力してくれはしたものの、心の傷や吸血鬼が飛び交う恐怖は相当だったようで頭を撫でて慰めてあげる。
自分からしたら、性格にやや難はあるけど十分可愛いし役得、向こうも喜んでるし役得。
まさにWIN-WINの行動である。
「うわぁあああ!!!極上の餌にゲロ臭が移るぅう!!!!
や、やめろぉおおおお!!」
「殺す、殺す、コロスゥウウ!!!」
もっとも、この光景は自分の匂いや血を求めてここまで突撃してきた吸血鬼共にとっては許しがたいものであったらしい。
太陽神の光にやられて、余力が残っている吸血鬼が悶えうごめこうとしているのが見て取れた。
かくして、私達はその後もオッタビィアの協力のもとに吸血鬼たちを無力化。
最終的には、その新生児吸血鬼たちを縄で縛り上げ、順番に治療していくのでしたとさ。




