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TS転生ド田舎ネクロマンサー聖女  作者: どくいも
第3章 吸血鬼と死霊術師
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第32話 停戦期間

――結論だけ言うと、講和は受理されてしまった。


正確に言えば、一時的な停戦や捕虜送還の契約みたいなものであるがそんなものは些細な問題である。

もちろん、これに関しては当初は大いに荒れた。

すぐにでも家族や子供を取り返したい派、そもそも吸血鬼が約束を守るわけがない派。

人質が返ってくるなら無茶をしたくない派、そもそも自分の命を大切にしたい派。

などなど、連合軍内でもそれ相応の様々な意見が出ていたり、議論になったのは違いない。

しかし、それでもこの講和は割とあっさりと受理されることになってしまった。


『うむ、貴殿がそういうならその話を受けることにしよう。

 反論は許さん』


なぜなら、この連合内で最も社会的地位が高い『領主からの派遣された軍隊』と『その隊長』がいたからだ。

その領主から派遣された軍隊長は、その連合軍内で最も高い戦力を有していながら、同時に、領主から授かった代行状までもってきていたのだ。

それゆえに、この領主代行は連合軍の中で最もこの吸血鬼問題とは程遠い位置にありながら、最も発言権が強いという奇妙な状態に。


『案ずるな、件の講和条件に関しては、貴殿らが納得する形で終わらせようぞ。

 ……こちらも、軍隊故な、無用な部下の出血は減らせるなら減らしたいからな』


それでも、不幸中の幸いなのは、件の隊長がそれなりに優秀であり、少なくとも状況自体は理解していたことだ。

こうして、連合軍は折角準備をしたのに、再びその吸血鬼相手ににらみ合いを続けさせられることになるのでしたとさ。


☆★☆★


「……はい、今回も特に罠や呪いはなし!

 しいて言うなら、この人も少し栄養状態が偏っているかな?

 とりあえずはホウレン草……はこの世界にないんだよなぁ」


かくして、時間は吸血鬼による講和作戦から十数日後。

私は対吸血鬼用の交渉及び前線基地にて、吸血鬼側から返還された捕虜の身体検査を行っていた。


「確か、スピニッチの余りが……いやまぁ、今回もレバーでいいか。

 とりあえず、後でレバーの炒め物を差し入れるから、それを待っていてね」


「は、はい!わ、わかりました司祭様!」


もっとも、この捕虜の診療はすでに何回か行っているが、今回も含め、基本的に捕虜は問題なし。

呪いの類はないし、吸血鬼化もされていない。

さらには、軽い病気にかかっていることはあっても、重篤な病ややばい伝染病はむしろあらかじめ治してから返還してきているという好待遇っぷりだ。

おいおい、肺炎まで治療した形跡があるぞこの野郎、吸血鬼とは思えないそのマメさ、マジでなんなんだよ。


「お疲れ様です。兄弟神高司祭。

 念のため、こちらで軽い浄化の奇跡も使っておきますので」


領主からの部隊お付きの聖職者に作業の引継ぎを済ませて、こちらも休憩に入ることにする。

もっとも今回は休憩というよりは、炊事の手伝いもする気だが。

どうやら前線では、香辛料に飢えているらしく毎回、辛子茸の差し入れが本当に喜ばれる。

この前線基地が、今はわりと空気が寒いのも関係しているのだろう。


「お疲れ様です。イオ兄弟神高司祭殿」


「お疲れ様です。副隊長様。

 それで、件の吸血鬼の様子は」


「相変わらず、不気味なほど静かですよ。

 ……餌である人質も増えている様子はありませんし、新たな吸血鬼を増やしている様子もない」


自分の仕事が終わったと同時に、こちらに向かって話しかけてきた、最近仲良くなったこの前線基地の副隊長と少々の状況確認がてらの会話を楽しむ。


「結局今のところ、表面上は件の吸血鬼はおとなしくしているのですね」


「ええ、人質を使った罠もないし、今のところの上納金も問題なし。

 さらには、餌である人質にも、吸血やいくらかの労働を強いていた以外は、大々的な悪事は行っている様子もありませんでした」


そして、2人で改めて、今回の吸血鬼と領主軍の間で行われた講和の条件について確認し合う。

吸血鬼と領主代行の間で行われた講和の条件として、吸血鬼側がすべきことは『これ以上イラダ地方では人を攫わない』上で『毎日に一人ずつ捕虜を返還する』『いくらかの賠償金を人間側に払う』というもの。

そして、こちらの連合軍側は、『今すぐに旧ストロング村への侵攻や攻撃を行わない』『見張る兵の数をある程度厳選する』というもの。


「いやまぁさぁ、確かにこの条件は一見するとありがたくはあるのはわかるよ?

 一応は捕虜は帰ってくるし、兵を減らせというのも、多くの兵は村の兼業冒険者や衛兵だから、あんまり長いこと故郷を離れるわけにもいかないし」


「まぁ、我が部隊としても、金銭収入を得つつ、安全に仕事と成果どちらも手に入れられる。

 そのことに対して吸血鬼に感謝している不埒者がいるくらいですからな」


そして、今のところこの講和条件は双方きっちり守られていたのであった。

なぜなら、この講和条件は少なくとも表面上は双方にとってそれなりにありがたいものであったからだ。

連合軍からしてみれば、戦をせずに人質が返還され、人的被害を最低限に抑えつつ、各所に金銭やら人手が戻ってくる。

吸血鬼側も、目の前でちらつかされる武力や出血を抑えることができる。

双方にとって、それなりに益のある、少なくとも表面上はそう映る講和条件であった。


「……でも、この講和条件ってどう見ても時間稼ぎだよね」


「まぁ、でしょうな」


副隊長と共に、吸血鬼の根城のほうを確認する。

するとそこからは、明らかに以前よりも強い陰の魔力と、微量に漏れる神気も感じることができた。


「おそらくは単純な戦力強化……とかではないな。

 多分、『結界の強化』や『改良』とかそういうのだと思うよ」


「うううむ、私としては、神の気のほうが気になるところですね。

 冒涜された教会があると聞かされていたので、おそらくは邪教徒であることはわかっていたが……。

 これは素直に、撤退してくれるわけではなさそうだな」


講和条件の後、明らかに何かの準備をしている吸血鬼に思わず2人で溜息を吐く。


「件の吸血鬼には死霊術の心得があるとのことだ。

 このような準備期間を与えれば……どんな恐ろしいアンデッドができるか、考えたくもないな」


「私個人としては、それよりも呪術師としてもそれなりに腕があることの方が気になりますがね。

 この魔力量なら、おそらく危険な疫病や感染性の呪術を周辺にばらまくことも不可能ではないと思いますよ。

 その方が、即効性は薄いですが、時間稼ぎと考えれば有効ですから」


「……」


「さらにいえば、もし向こうが何もしなくとも、これほどの陰の魔力の高まりがあるのなら……。

 近い内に、そこらじゅうの無縁仏が勝手にアンデッド化して生きた人間を求めて、この基地へと押し寄せてくるのが、日常になると思いますよ」


「正直、聞いてちょっと後悔しているよ」


「でしょうね」


自分の発言に副隊長は、やや引き気味の笑いを浮かべる。

でもまぁ、大体これは事実ゆえに仕方ない。

そもそも吸血鬼の行っている陰の魔力による結界は、基本的に人類種にとっては有害な物なのだ。

それこそ、ゴブリンゾンビの洞窟でさえ、小さく、日陰の場所で、丁寧に作って、ようやく周囲への悪影響を最低限に収めることができるのだ。

それなのに、こんな大々的な規模で、しかも割と雑に、陽の魔力溢れる外界まで影響を及ぼすように陰の魔力の結界を張れば、周囲の環境への悪影響は免れないだろう。


「……でも、手段がないわけでもありません」


「おお!なんと!それはどんな方法で!?」


副隊長はうれしそうな顔を浮かべながら、こちらにその手段を尋ねる。


「実はあとひと月もしないうちに、ギャレン村で兄弟神の教会ができるのはご存じでしょうか?」


「おお!それは目出度い!

 うむ、それに確か、教会は神聖呪文や神の影響、司祭の奇跡の力を高めると聞く!

 つまり、そこで何かしらの祈祷やら奇跡を行えば……」


「そうですね。

 教会一つをそのまま『捧げもの』にして、『使い切り』。

 あの吸血鬼の根城、いや、あの悪しき土地そのものに攻撃系奇跡をたたきつける。

 そうすれば、あの吸血鬼とその配下、さらにその結界にも効率的にダメージを与えることができるでしょう」


「ちょっとまて」


自分の発言を、副隊長に真顔で止められてしまった。

いやでも仕方ないだろう、すでに件の吸血鬼の結界やその根城の強度は並の神聖呪文では対応できないレベルまで上がってしまっているのだ。

なればこそ、それに対抗するにはそれ相応の【捧げもの】をする必要があるのは明白である。

まぁ、そのために教会そのものを捧げるのはどうなんだっていうのや、ここ数か月以上の苦労やらミサをした上での完成なのにもったいなさすぎではと思うかもしれない。

が、それでも将来の吸血鬼の脅威を考えるとそのくらいのことをする価値はあるだろう。


「まぁ、幸い聖痕も教会自体を完成させれば消えるもの。

 そもそもなぜ神様が、わざわざこのタイミングで私にこの地に教会を建てろと啓示をしたかを考えれば、これもそれほどおかしい物でもないでしょう」


「……言いたいことはわかるが、それをなすときはきちんとこちらに相談……。

 いや、その前にルドー村長殿ときっちり相談し合ってからにしてくださいよ?

 一応は、村のシンボルや公共物にもなるのですから、そういうのを善行のためとはいえ、勝手に消費すれば問題になるのは目に見えておりますから」


ですよね~。

まぁ、その副隊長の言う事ももっともであり、流石にここ数か月以上の村人の苦労を考えるとあまりに忍びないし、流石に教会ブッパはいろんな意味でリスクが高すぎる。


「まぁ、あくまでこの話は最悪の事態を想定した場合ですよ。

 それに、件の吸血鬼が人質を返還する少し前位にどこか別の土地へと逃げ出す可能性もありますし」


「それはそれで問題だがな」


「あ、それと今日も炊事場を借りますよ。

 明らかに血が足りなくなった捕虜の方々と、ここを見張ってくださる皆さんに軽い料理を作っておきたいので」


「おお!それはありがたい!

 ……ふふっ、今回もあのキノコを持ってきてくださったか!

 これは楽しみだな」


こうして、いざというときの最悪を想定しながら、対吸血鬼前線とギャレン村。

双方を行き来する生活が続いているのでした。



☆★☆★



なお、この話をしてから数日後。

また対吸血鬼前線基地にて。


「と、いうわけで、すまないがイオ高司祭。

 実は、あなたにどうしても会いたいという方が……」


「ん?誰でしょうか?

 捕虜の親戚、それとも何かの呪いにかかった人でしょうか?」


「……いや、その、件の吸血鬼」


「え」


「吸血鬼」


さもあらん。


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