第30話 風雲吸血城
何はともあれ、盗賊討伐により受けられる恩恵は非常に大きかった。
それは単純な私個人の利益という話だけではなく、村全体の利益になり、さらにはこの周囲全ての利益になる。
イラダ地方全体の利益……とまではいわないが、それでもギャレン村周辺にある村々全てに恩恵がある程度には影響が大きく。
地方都市にもその知らせが届く程度には大きな出来事であったとのことだ。
そんな飛ぶ鳥も落とす勢いで発達しているギャレン村(やや町)とその周辺ではあるが、当然まだ大きな問題が残っている。
――そう、それが吸血鬼問題。
ギャレン村の近くにありながら、近日起きた中では盗賊の襲撃以上の犠牲者を出している恐るべき事件。
先日の盗賊の騒ぎも元をたどればこの吸血鬼が関連している。
実際ストロング村まるごと、この吸血鬼の餌食となり、今なおその脅威は続いているとなれば、この問題がいかに大きな問題かわかるだろう。
特にこれから先ギャレン村の規模を大きくしていくことを考えるなら、徒歩でも数日で行き来できる場所にそんな危険な場所があるのが事実ならば、おちおちまともに遠出することすらできない。
だからこそ、この吸血鬼を仕留めなければ、ギャレン村の発展に未来はなく、この地域すべてがこの吸血鬼の脅威にさらされ続けることは必定。
それゆえ、村長がこの吸血鬼退治の依頼を自分たちに出すのは自然な流れであったといえるだろう。
☆★☆★
「【聖光の一撃】」
さて、場所は変わって、ストロング村近く。
元々は綿花畑が多い過疎化が進んでいた、実に牧歌的な村であったそうだが、それは昔の話。
綿花畑はすでになく、かわりに無数の芋畑。
そして、無数の蝙蝠と人間の奴隷。
冒涜的に魔改造された教会に、小さな城モドキ。
さらには、無数の死霊術と吸血鬼の固有魔術を使用した特別な配下が出迎えてくれる実にクソみたいな場所になっていた。
「……グギ!」
『……ガガ!!』
吸血鬼の配下である『鎧霊』がこちらの『鎧霊』を襲う。
物理的轟音と共に、陰の魔力と魔力が空中ではじけ飛ぶ。
「……じ、が」
『………ギギギギ!!』
もっとも、こちらの鎧霊であるトガちゃんは、それなり以上に厳選した魂を使用した鎧霊だ。
吸血鬼の配下が、野良で動かす鎧霊モドキでは足止めにすらならん。
「お~い!そっちの始末が終わったら、こっちも手伝ってよ~!
というか、こいつ明らかに僕と相性が悪く……。
んにゃあぁあああ!!!!ぼくの剣がぁあああ!!!」
なお、横を見るとヴァルターが別の吸血鬼の配下の相手にそれなりに苦労しているようだ。
見た目は巨大なスライムだが、その全身は赤黒く、流動的かつ非生物的な動きでヴァルターを翻弄していた。
「うわぁ、ブラッドゴーレムの一種かな?ブラッドスライムとか、そういうのか。
とりあえず、【聖光の一撃】【聖光の一撃】」
実にレアな魔物に一種の感動を覚えながら、神聖呪文をぶつけて撃退する。
しかしながら、ヴァルターの剣技を無効化しながら、対魔物用の神聖呪文でも倒すのに二発もかかったことを考えると、これはかなり強い魔物だったのかもしれない。
しかし、そんな強い魔物を倒しても、吸血鬼からの攻勢は止まる様子を見せない。
「ま、また来ました!
蝙蝠の群れです!」
上空を見張るベネちゃんが声を上げる。
すると、村の中央にある小さな城の方面から、無数に飛んでくる吸血鬼の群れ。
それらは、わずかな陰の魔力で呪いを込めながら、こちらへと集団で襲い掛かろうとしてきた。
「とりあえず、私が足止めするから、その間にお願い!
ふぅぅぅ……!!【連鎖する電弧】」
大きく息を吸い、体内にある魔力を大幅に減らして、その呪文を放つ。
すると、巨大な電気の網がその蝙蝠の群れにぶつかり、泥と肉が焼き焦げる匂いが周囲に充満する。
「……っ!!倒しきれない……!」
しかし、それでもこの電撃の呪文では蝙蝠を倒しきるには至らなかった。
蝙蝠は、陰の魔力に親和性の高い生物。
それゆえに、生物故の神聖呪文にも、陰の魔力の親和性による呪術にも抵抗力があるため、それ以外の呪文で仕留める必要がある。
が、どうやら私のなれない電気呪文では、そこまでの威力は発揮できないようだ。
「大丈夫です!
ここまで減らしてくれれば……それぇ!!!」
「……キィイイイイイイイイ!!?!?」
蝙蝠の群れの中に潜んでいた、群れの中でもひときわに大きい蝙蝠がベネちゃんにより狙撃された。
すると、その巨大蝙蝠が気味の悪い悲鳴とともに絶命、蝙蝠の群れそのものが四散することになった。
「相変わらず、この蝙蝠の群れは本当にきついねぇ。
たしか、普通の蝙蝠に吸血鬼化した蝙蝠が混じっているんだっけ?
こんなことなら、全身鎧を持ってくるんだった」
「まぁまぁ、その反省は次回に生かそう。
それに、そろそろ彼も戻ってきたみたいだし。」
そのように、無数の吸血鬼の配下相手に連戦を続けている間に、ようやく自分たちが待っていたその人物がこちらへ戻ってきた。
『ひ、ひぃひぃ、な、何とか生きて戻ってきたっすよ!
何回かマジで捕まりそうになったっすが……。
と、とりあえず、村の様子や捕虜の場所はばっちり記憶できたっす!』
かくして、私たちは、この吸血鬼によって占拠された村から最低限の情報を収集し、逃げるようにストロング村を後にするのでしたとさ。
☆★☆★
「と、いうわけで、件の吸血鬼の根城は、私達だけだと攻略不可能なことだけはわかったよ」
「まじか」
そして、場所は戻って、ギャレン村の村長の家。
そこで今回のストロング村の偵察という名の、吸血鬼への威力偵察結果を村長へと伝えるのであった。
「ヴァルターに、ベネディクト、それに君の3人そろっても勝てないとは……。
正直、件の盗賊団をほぼ無傷で壊滅させた君達なら、噂の吸血鬼も無理なく倒せると思っていたんだが……」
「流石にそれは買いかぶりすぎです。
件の吸血鬼は、吸血鬼歴50年を超えるそこそこ大物な吸血鬼。
それが数か月以上拠点準備をした上で、こちらが攻める側なんだから、なおさらですよ」
自分のセリフに、ルドー村長は頭を悩ませる。
なお、件の吸血鬼がそれなり以上に強力であろうことは、盗賊達への尋問によってわかっていたことではあった。
どうやら件の吸血鬼はそれなりに古くからこの地に住んでおり、彼らが生まれる前からこの地で、一部地域の人々を支配、あるいは捕食してきたそうだ。
「吸血した相手を吸血鬼に変えられる疑似繁殖に、死霊術。
そしてなにより、あそこは村全体が『死霊術用の結界』になっているみたいだからね。
だからこそ、基本的にあのストロング村を攻略するためには、まずはその結界を何とかする必要があると思うよ」
お茶請けの焼き菓子を食べながら、自分はルドー村長にそう告げる。
なお、死霊術用の結界とは、まぁ単純に自分の配下の死霊を強化したり制御したり、あるいは死霊の一種である吸血鬼なら自己強化にも使える結界の事だ。
分かりやすく言えば、自分がゴブリンゾンビの洞窟で使っているものを、ちょっと豪華にしたものだ。
「ならば、どうすれば、この吸血鬼を討伐することができると思う?」
「囲んで棒で殴る」
「……」
「囲んで棒で殴る」
ルドーがこちらにすごく困ったものを見る目で見つめてくる。
まぁ一応、もう少し手順を言うのなら、誰かが吸血鬼の配下を足止めしているうちに、もう一方が吸血鬼本体を足止め。
さらには、もう一部隊は結界の核の破壊をするという手順はあるが、結局はその作戦を行うには人数が必要になるのは明白なのだ。
それにもし相手が人質を肉盾にすることを考えれば、事前に人質を救うためにさらなる人員が必要であるし、人質の中には呪印がつけられている人もいるそうだ。
「一応、補足しますと、この村に立つ兄弟神の教会が完成さえすれば、私につけられた聖痕の制約がなくなりますので、もうちょっと楽に攻略できるとは思いますが……。
それでも、人数が必要なのは変わりませんしね」
「……ゴブリンゾンビや吸血鬼被害者の亡霊による、人海戦術とかは?」
「すくなくとも、向こうも死霊術の覚えがあるみたいなので……。
制御を奪われることを考えるとちょっと使う気にはなれませんね」
そうしていくつかの情報を提供した結果、ルドー村長はこの吸血鬼討伐に対して、一つの結論を出す。
「ならば仕方ない、ここは、他の村と協力して、『吸血鬼討伐隊包囲網』を作成することにするか」
こうして、ギャレン村とその周囲の開拓村により、対吸血鬼部隊が編成されることになったのでしたとさ。