第28話 これはクリーンで神聖なゾンビですよ!
――冥府神の信徒にとって、死霊術とは一種の儀式なのである。
そもそもこの世界において、神と霊魂、さらには死の国が実在している。
だからこそ、通常の人間が死亡した場合はほどなくして昇天するのが一般的。
そうでない状態、すなわち死んだ人間の魂が現世に残っていることは一種の異常事態なのだ。
そして、人の霊魂が成仏しない理由は呪いだったり、邪神の罠であったりするが、そんな霊魂が現世にとどまる一番多い理由は、未練なのだ。
故に、冥府神の信徒である死霊術師は、そんな彼らに魔力を貸し与えることで、使役霊として行使しながら、彼らの未練を晴らす手助けをする。
そう、つまりは【鎮魂】。
故に、世間一般の認識とは異なり、冥府神の信徒の行う死霊術は、神聖で慈悲深い。
まさしく、聖職者の行うべき清い神事というわけなのだ。
「だから、私が操っている死霊が盗賊のアジトを燃やすのも、とっても神聖。
さらには、あそこで盗賊の死体がひとりでに動き出し、別の盗賊の頭にかぶりついてるのも、とってもホーリーでありがたい光景というわけなんだよ!」
「いや、流石にその言い分は無理があると思うんだ」
「っく、どうしてわかってくれないんだ!
これは、盗賊という社会悪をやっつけつつ、無数の未練ある霊魂の未練を晴らす素晴らしい術なのに……」
「と、とりあえず、もう少し見た目をかわいくしたらまだ……。
あ、火が燃え移った」
さて、現在私達がいるのは、盗賊のアジトから少し離れた茂みの中。
そこで村の自警団及びヴァルター達と一緒に、待機中。
みんな、盗賊のアジトに安全に突入できる機会をうかがっている最中だ。
「にしてもやるねぇ、やっぱりやばかったね。
あの盗賊達、数も余裕で30超えているし。
普通に魔法の武器持ちもいるし」
「あいつら、俺達よりもいい武器や防衛施設を持ってやがるぜ?
これは絶対に許せんよなぁ!?!?」
遠くから盗賊の様子を見ている、村の守衛たちが怒りながらそういう。
なお、今回行った私たちの盗賊の根城攻略法は実にシンプル。
捕まえた元彼らの仲間である盗賊達にちょっとした細工を施し、彼らのアジトへと返す。
そして、内部にしっかりともぐりこんだと同時に暴れてもらい、ついでに人質もいい感じに逃げ出せるように誘導してもらうといったものだ。
「まぁ、でもきちんと作戦が通用したようでよかったよ」
「通用したというか、通用しすぎというか」
まぁ、色々穴の多い作戦であったが、今のところ経過は順調なようだ。
無数にいた盗賊の見張りや弓兵は、内部の混乱で機能しておらず。
危険視していた呪術師もこちらの死霊術を見破ることはできず。
なんなら、彼自身すでに手遅れになっているようだ。
魔力を探ると、彼自身もすでに生きた屍、いや、生きた操り人形状態になっているのを感知できた。
「にしても、この呪い、いや死霊術って、本当に大丈夫なの?
敵味方の区別とか、それに、冥府神の司祭的に。
要するにこれって、感染するゾンビってことでいいんだよね?」
「いや、見た目だけはそうだけど、この術は別にゾンビを作る術じゃないぞ。
正確には【未練のある浮遊霊】を【生きたままの人間に憑依させ操る】。
そう言う死霊術の延長だから」
「え?そうなの?」
自分の言葉に、ヴァルターは驚きの声を上げる。
そうだ、今回自分が行った死霊術は、一見パンデミック映画に出てくるゾンビを量産する術に見えるが、そうではない。
今回使った死霊術は、この盗賊団に襲われ殺された【無数の未練ある者の霊】を呼び出し、それを【捕まえた盗賊達の体に強制的に憑り付かせ、操る】という呪術なのだ。
一見噛みつきでゾンビが増えているように見えるが、あくまで相手の体に憑り付かせた使役霊が相手の体に移り変わったから起こる現象だ。
別にゾンビウィルスや寄生虫の仕業というわけではない。
「あいつらはな~、相当の人間を殺していたからな。
協力してくれる未練ある亡霊を集めるのはすごく簡単だったよ。
むしろ、数を絞るのが大変だったくらい」
なお、今回の作戦では、その辺を軽く探しただけでも、30人以上の亡霊がこの作戦に協力してくれ、人間以外の霊まで参加してくれた。
その数、なんと100以上であり、そのため、今回の鉄砲玉という名の返還捕虜6人には、一人当たり20の盗賊達に恨みがある亡霊の魂をその身に詰めこむ羽目になった。
当然本人の意に反する悪霊、いや、使役霊の憑依は依り代にそれなり以上の苦痛が発生する。
その苦痛の割合は、憑依している霊が多ければ多いほど強くなるのは、まぁ言わずともわかるだろう。
「でも、代わりにあの元捕虜たちは死んだら、すぐに成仏できるようにしておいたからね。
少なくとも、怪しまれずにアジトに戻れたらもう尋問もしないし、死後アンデッド化もしないと約束したら、喜んで体を明け渡してくれたよ」
「それって、一般的に言ってただの脅しなのでは?」
まぁ、件の捕虜君たちも、体に20以上の亡霊に憑依され、体を操られるときの苦痛よりも、【尋問】のほうがつらかったって言ってたし。
多くの人々を殺した悪人なのに、死後魂が冒涜されないで死ねるようにしたことを考えれば、これは十分慈悲深い行い。
さらに、この作戦の過程で、多くの盗賊に恨みがある未練ある魂が、その未練という名のストレスを発散しているため、慈悲深い+慈悲深いですごく慈悲深い。
実に聖職者的行いだといえるのではなかろうか?
「それにほら、先の襲撃で亡くなったサラザーさんも、今はこうして無事にストレス発散中だからさ」
「う……あ……、すぐえ……だ……ずぐ、え、だ………!!
ばにあっだ、ま……に、あ゛……っだ!!」
「あ、あああ!!
そのくせ、その口調、お父さん、お父さんなの!!
私は、私は……」
なお、そんな話をしている最中に、盗賊のアジトからそんなうごく屍が、いくらかの人質や捕虜を引率しながらこちらへと戻ってきた。
どうやら、今あの体に憑依している亡霊軍は、家族を盗賊にさらわれて救えなかった未練ある魂の群れらしい。
でも、全身ボロボロで頭が欠けた盗賊の死体が、捕虜である人質を庇い避難させている姿はとってもシュールである。
「いや、理屈ではわかる。理屈ではわかるが……。
でも、この光景が、神聖とか、慈悲深いとか。
ボクの脳が理解を拒むというか……うん」
頭を抱えるヴァルターに、周りにいる何人かが苦笑しながら同意する。
まぁ、いくら賊とはいえ、ホラー映画みたいな死に方をするさまを見せつけられて、思うところが出るのはわかる。
「でもま、ほら、いつまでも呆けているわけにもいかないみたいだよ」
「……!!
そうだね、どうやら、本命の登場、といった所かな?」
自分たちが盗賊のアジトの崩壊を眺めている中、その騒乱の中心から突如一つの影が飛び出してくる。
それは、馬に乗り、空を駆け。
全身金属鎧を身にまとい、その手にはうっすら光る魔法の剣を持ち。
何よりもその眼がらんらんと輝き、怒りに燃えていることが分かった。
「貴様らぁあああ!!!!
よくも我が同胞たちを!!!!
王国の蛆虫共が!!!!
もう手加減はせん、ここで全員ひねりつぶし、あの村にいる人間ごと血祭りにあげてやるわぁああ!!!!!」
「どうやら、悪の親玉登場ってね!
それじゃぁいざ尋常に、勝負!」
かくして我々は、満を持して登場したその盗賊団の親玉と、最後の決闘を開始!
「えいえい、怒った?
怒った?」
「みんな、投石の手を止めるな~!
ここが正念場だ!!」
「とりあえず、馬から射止めますね」
「なら、足止めは僕の役割か」
「き、貴様ら~~~!!!!」
もっとも、すでに向こうは盗賊の頭領以外はほぼ全滅状態。
逆にこちらは、ほぼ全員無事な状態なうえに、私を含め遠距離攻撃できる人員が複数。
最終的には、まるで文明人にやられるサルのように、遠距離からの攻撃が複数直撃。
その珍しい全身鎧の騎馬持ち女頭領は、あっさりと捕縛、その後処刑されることになるのでしたとさ。