第26話 女騎士盗賊の後悔
―――はじめは純粋に防衛のためであった。
故郷を奪われ、領主からも見捨てられ。
祖国からも敵国からも攻められる。
そんな状況を何とかするために、私は自警団に入ったつもりであった。
―――しかし、その目的が変わったのはいつからだろうか?
敬愛する父が、帝国の部隊に殺されてからだろうか?
愛を誓った恋人が、王国の冒険者に殺されてからだろうか?
守るべき兄弟が、飢餓により死亡した時からだろうか?
帝国の弱卒に、復讐を誓った時からだろうか?
王国の冒険者を追剝することに、充実感を覚えてからだろうか?
弱き女子供を、かの君に騙して献上することに、躊躇を覚えなくなってからだろうか?
結局このことに答えは出ず。
私は一生この後悔を抱えながら、生きていくのだろう。
……いつか殺される、その日まで……
★☆★☆
「お、親分!
お目覚めですか?」
「……ああ、まぁ。
相変わらず最低な目覚めだが」
ギャレン村から少し離れた渓谷。
森の奥深くにある、三方を崖に囲まれた天然の要塞。
そこに彼彼女ら元【ライオット自警団】、現【大ヴォラル盗賊団・ライオン隊】が存在していた。
「う~ん、せっかく久々の襲撃が成功した後なのに。
親分は相変わらず不機嫌っすね!」
「仕方ねぇだろ!親分には竿がねぇんだから」
「そうだそうだ! 俺達と違って、溜まっても出すことができねぇからな!」
ゲハゲハと下品な笑いが周囲をこだまする。
その裏で、女のうめき声と肉を打ち合う音がいくつかの方向から聞こえる。
我が部下達ながら、実に下品で品性のない輩である。
「おい、お前たち分かっているとは思うが……」
「ええ、もちろん。
当然、処女には手を出してねぇっす。
やってるのは、男か人妻だけ、そこは守りやす」
自信満々にそう答える部下を尻目に、思わずため息を吐く。
内心、また誰かがガキの一人でも殺していたら、見せしめに粛清できるのにと思わないでもなかった。
が、それでもこれ以上部下が減り、またしょうもないやつらを引き入れなければならなくなる方が、めんどくさいなと考えを改めた。
「……」
「ボス、お悩みですか?」
お楽しみを得た後の、自分の古くからの知り合いの部下が、こちらへとやってきた。
かつてはただの雑貨屋の倅であったこいつは、今ではすっかり下種な山賊の一人だ。
「ずいぶんとお楽しみだったなと。
……昔のお前とは、大違いで」
「っは、せっかくの盗賊なんだから楽しまなくちゃ損でしょう?
それに、腐り具合で言ったらあなたもどっこいでしょう、元純白の女騎士様?」
嫌味ったらしくそう自分に告げてくるその部下に、はぁと溜息を吐く。
「おまえ、その首を切られたいのか?」
「切りたいなら好きに切ればいいでしょう。
あなたにはそれができるだけの地位と価値があるでしょう?」
「お前にだってあるじゃないか。
この不良呪術師めが」
「ははは、どこかの村のガキにすら負ける程度の、にわか呪術師ですがね」
そのように冷笑する部下を見つつ、彼女は改めて過去を思い返していた。
そうだ、自分たちはかつては帝国の民として、この地に住んでいたのだ。
何も知らず、開拓民の一人として、父からは当時の帝王の命でこの地に送られたと言っていた。
……しかし、それが崩れたのは、今から十年以上も前。
【魔王討伐】という共通の目的により、王国と帝国は手を結び、互いに協力して魔王を打ち倒した。
そして、その友好の証として、表面上は【無人の地】とされるこのイラダ地方を王国に引き渡した。
しかし、無人のはずのこの地に、帝国の民である自分たちが残っているのは、帝国王国どちらにとっても都合が悪いものであった。
それゆえに自分たちは、全てから見放された。
以上が、この数十年で彼女がようやくわかった、自らの身に起きた悲劇の原因であった。
「……昔は、よかったな」
「それは、お互いまだイゴウ村の子供だった時の事ですか?」
「それもある。
だがそれ以降の、村が滅ぼされてなお、村のみんながいた時。
私達が自警団を立ち上げた時。
……少なくとも、今でない、全ての過去だな」
「おっしゃる通りで」
薄暗い空を見つつ、思わずため息が漏れる。
あの時はよかった、父からの教えである防衛術を広め、この地を守る英雄として生きていくつもりであった。
正義を掲げ、弱者をまもる、真の騎士になれるつもりでいた。
それが今では、神の教えに反し、蛮族を指揮し、吸血鬼に弱き子を捧げる物語に出てくる悪党そのものだ。
「やけに暗い顔をしていますが……。
やっぱり、この間の襲撃の失敗が原因ですか?」
「……まぁな、あの村に関しては、2回目でもあるからな。
これは、流石に危ういかな、と」
かくして、彼女は先日のギャレン村の襲撃を思い出す。
1回目の失敗から警戒して、2回目は冒険者がいない時を狙ったが……。
それでもなお、あの村の防衛力はかなりの物であった。
数こそ少ないが、そこそこ戦える守衛に、常識的でありながら、戦える強い村長。
なにより、霊的に強い防御力を持つ教会が2つもあり、それに付随する聖職者も、こちらを遠距離から攻撃できる呪術師までいるのだ。
おおよそ、つい最近まで廃村同然であった開拓村とは思えないほどの充実ぶりだ。
「……これは、年貢の納め時かもね」
「いやいや、縁起でもないことを言わないでくださいよ?
それに今の私達には、あの吸血鬼に、帝国の貴族、どちらもついてるんですよ?
その我々が、まさか、そんなことがあるわけないでしょう」
大げさに手を広げながら、まるでやられる前の三流悪党のようなセリフ言う。
そんな元雑貨屋の倅に思わず、彼女は苦笑してしまった。
おそらく、今回ばかりは彼も相当に危機感を感じているのだろう。
堅固な天然の檻に、無数の装備、さらには長年の勘と経験をもってしても、今回のギャレン村の襲撃失敗は恐らく致命傷になるであろうことは、何となく彼女たちは察していた。
そして、近い未来自分たちに向けて、報復が来るであろうことも、だ。
「今度は、たった3人で小隊を全滅させたあの冒険者達もいる、と」
「……おそらくは、しかも、呪術師や魔術師、いや、あのゴブリンゾンビを作った死霊術師もやってくるでしょうね」
余りの困難さに頭がくらくらする。
おそらく、向こうが本気を出せば、こちらを全員《《ろくでもない》》末路にすることも可能なのだろう。
「……救援については?」
「一応、金銭と文を渡して、2、3は派遣したが……。
まぁ、多分すぐには来ないだろうな」
「なら、まだやりようがあるか」
幸いにも、こちらには吸血鬼への献上品である奴らの村の女子供がいる。
だからこそ、奴らにもし仮にこの場所がばれても、大岩を落としたり、病魔を蔓延させるような大規模でえげつない作戦は使えないだろう。
なればこそ、確かに一見こちらの方が戦況は不利に見えるが、時間を稼げ、人質も地の理もあるこちらも決して不利なだけとはいえず。
むしろ時間を稼げば、吸血鬼の君の援助を受けることもできそうだ。
「ならま、時間を稼げるだけ稼いで……本隊か、吸血鬼の援助でも待つことにしますか」
「それに、もしかしたら部下がここの場所について、口を開かないかもしれませんからね!」
「ははは、それはさすがに楽観視しすぎだ!」
かくして彼ら彼女らは、そう遠くない未来にやってくるであろう、絶望の未来を待ち構えるとしたとさ。