第25話 ろくでもない秘策2
「というわけで、件の盗賊団の居場所が分かったよ」
酒場で待機していた、冒険者仲間や守衛たちがおおっと沸きたつ。
怒りと喜びが混じった、危険な空気が酒場全体に蔓延する。
先日の楽しい尋問の後。
盗賊の捕虜たちは、実に親切にこちらに向かって情報を提供してくれた。
「もちろん!どこに潜んでいるかも、わかったし。
何故、こんな時期に盗賊達がこちらを攻めてきたかの理由もばっちり!
……その上で聞くけど、みんなはいい情報と悪い情報、どっちから聞きたい?」
「う~ん僕としては、イイ情報から知りたいかな?
悪い情報については、大体予想がついているからね」
この中では比較的落ち着いている方のヴァルターが、軽口に乗ってくれる。
この張りつめた空気に、一滴の落ち着きと遊び心を戻してくれたのは、こちらとしてもありがたい限りだ。
「まず、いい情報だけど……。
いなくなった女子供は、基本的に生きているとは思われるよ。
どうやら、あの盗賊団は人売りもやっているらしくてね。
だから、その商品である女子供を殺す理由はないし、むしろ生きていなければならない。
という話だそうだ」
おお、という歓喜の声が上がる。
盗賊団への怒りのみではない、優しさと勇気を伴ったやる気の咆哮を放つ。
「で、でも、そもそもこの辺での、女子供の誘拐なんて儲かるのでしょうか?
そ、その、イオさんを疑うわけじゃないですが……ど、どうかんがえても、こんな僻地でそんなことをするなんて、不自然な気が……」
ベネちゃんが、不安そうな声を上げるが、幸か不幸か、件の盗賊がこの地に住み、女子供の人さらいをするにはそれなりの理由があるのだ。
「それに関しては、安心していいよ。
何よりもこの地には、強さや利便性なんて関係なく、生きた人間を欲しがる奴がいるじゃないか。
……そう、ストロング村とかに、ね」
その瞬間、酒場内にはっとした驚きに包まれた。
そうだ、この盗賊団が交易相手としていたのは、件の【吸血鬼】であったのだ。
人の血を啜り、超常の力を以て、人々を魔に堕とす。
最も邪悪な魔の眷属として知られる存在で、それが件の盗賊との取引相手であったのだ。
ついでに、そもそもの先のストロング村の壊滅もこの盗賊団と吸血鬼が協力し合って引き起こした物だそうだ。
「そもそも今回、あの盗賊団が無茶をしてまでこの村を襲ったのは、納期が近かったというのが理由らしいからね」
「はっ!卑しい盗人のくせに納期とは!
実にまめな奴だ。
なら、二度とそんな納期を気にしなくていいようにしてやるか!」
おそらく、ストロング村に知り合いがいたのであろう。
件の吸血鬼へと盗賊双方に強い恨みを持つ守衛を中心とした村人たちが、殺気立つ。
文字通り気力は十分なようだ。
「さて、ここからは少し悪い情報だね。
件の盗賊団は、元傭兵……いや、騎士団モドキといった所かな?
だからこそ彼らはそれなり以上に、戦うことができる。
まぁ、この辺は恐らくみんなも知っていたと思うけど」
それに関しては周囲からやはりという声しか出なかった。
そもそも、今回の襲撃といい前回の襲撃といい、あまりにも盗賊側の襲撃ができすぎていたからだ。
こちらの油断をついた機の見極め、半端な守衛や防衛側を殲滅できるほどの攻撃力、略奪や撤退の手慣れぶりなど。
何よりも、相手の装備は盗賊というにはあまりにも整いすぎていた。
はじめは、冒険者崩れとも思っていたが、それにしては統率が取れすぎている。
だからこそ、件の相手がただの無法者の集まりでないことは、みんな何となく悟っていたのであった。
「奴らの根城は、それなりに攻めにくい場所にあるよ。
周囲を崖に囲まれて、防衛装置もきちんと配備されている。
弓兵もいるし、アジトには全身金属の鎧や戦馬までいるみたいだね」
その言葉に、守衛の何人かは苦虫をかみ殺したような顔をする。
少なくとも全身鎧は、この世界に於いてそれなり以上に優秀な装備の一つである。
魔法や呪術には効果が薄いとは言われているが、そんなものは使えなければ関係ない。その上、並の魔法使いでは金属の鎧を貫通できるほどの魔法を使えないのが常だ。
機動力が弱いという欠点も、戦馬に乗れば解消できる。
おおよそ、正面からまともに戦いたくない相手と言えよう。
「その上、相手には魔導士もどきであり、死霊術師未満ではあるが……。
どうやら、【呪術師】がいるみたいだからね。
油断は禁物だよ」
自分の言葉に何人かは、ポカンとした顔をし、もう何人かはさっと青い顔をした。
「【呪術師】っていうと……たしか、死霊術師の前段階、みたいのだっけ?」
「たしか、魔導士の一種だけど、なんか使いにくいとか、不浄とか言われている奴らだよな」
「いやいや、不浄とはさすがに失礼だろ。
それに、最近イオ様の家でお世話になっているアリスちゃんだって呪術師見習いらしいじゃないか!」
「あぁ~!そういえばそうだね!
それに、今回の防衛戦でもアリスちゃんにはすごくお世話になったし……って、あ」
「そういえば、アリスちゃんって呪術師見習いなのに……めちゃくちゃ強くなかったか?」
「そうだな。少なくとも守られた状態で後方という条件でも、何人もの盗賊を無力化や足止めができていたし……。
あれより強くしたのが、敵にいると?」
アリスの活躍のおかげか、アリスの活躍のせいか。
酒場の雰囲気が一段階重いものになる。
「ああ、先に言っておくけど、おそらく向こうの残存人数は、こちらの人数よりも多いよ」
「……つまりは、相手のほうが兵力が多く、さらにはアリスちゃん以上の呪術師がいる可能性があり、それを守る全身鎧の騎兵がいるかもと」
「いやいやいや、いやいやいやいや!
さすがにこれは、ただの村の守衛が攻め切れる戦力差じゃなくね?」
「ヴァルターのアニキぃ!」
「一応、全身鎧の騎士と戦うのは無理なくできるだろうけど……。
矢の援護や呪術師の援護つきだと、どこまで有効かはちょっと怪しいかな?」
「えっと、ベネディクトさんは……」
「そ、その、矢の援護は任せてください!」
「あ、はい。
ありがとうございます」
まぁ、呪術師の腕前に関しては、どうやら非正規の呪術師だから多分アリス以下ではあると思うが、その辺は自分の推察なので口には出さず。
逆にそれ以上の可能性も十分あるわけだし。
仇は取りたいし、攫われた人々は救いたい。
それでも、あまりにも目標達成は困難そうであり、酒場にいる人の何人かが、困ったような視線をこちらに向けてくる。
「……でも、大丈夫だ。
今回の盗賊討伐作戦、きちんと策はある」
おおっと、酒場のみんなが歓喜の声を上げる。
皆、死霊術師である自分に向けて、無垢な喜びと希望の視線を向けてくるのに、少し変な笑いが出そうになる。
が、そこはぐっと抑えて、言葉を続ける。
「でも、今回行う作戦は、時間もないから急造だし、物資もないから派手で楽な作戦はできない」
「だからこそ、この討伐及び救出作戦には村のみんなの協力が必須だし……。
おそらく、激闘は避けられない」
「しかし、それでもなお!
村のみんなを救いたい、平和をその手で取り戻したい!
そして、こんな私でも信用してもいい!
そう思う人は、是非私の策に協力してくれると嬉しい!」
自分の言葉に呼応して、酒場全体から大きな雄たけびが上がる。
それは、単純な守衛だけではなく、非戦闘員からも、村人全員がその手を挙げてくれた。
日頃の行いといえばいいのか、村人の純粋さといえばいいのかは怪しいところではある。
が、それでも今のこの場において、自分を信用してくれ希望を託してくれるのはこの上なくありがたかった。
「それじゃぁ、さっそく盗賊討伐及び村人救出作戦……開始するか!」