最終話 「俺たちのエピローグ」
邪神を倒して世界を救ったけれど、なにか劇的な演出が起きたりはしない。ゲームみたいに称号が貰えるわけでも、報酬が出るわけでもない。
俺たちに残されていたのは、邪神によって破壊された街の復興だった。
「……その筈なんだけど、俺たちこんなところでのんびりしてていいのかな」
燃えた城下町の復興に、カルード帝国の支援もやらなきゃいけない。
でも、俺が動こうとしたら国民から猛反対された。
なんでも、「英雄様に労働をさせるのは申し訳ない」ということらしい。
建物の知識とかないから、建て直すにしても足手まといにしかならないだろうけど……こうしてのんびり王城で日常を送っているのもどうなんだ。
「国民が良いって言ってるならイオリちゃんは気にしなーい。あ、それちょうだい」
朝食で出てきた焼き魚をイオリに奪われる。
「イオリは割りきっててすげえな。カナの事も心配だし、しばらくは素直に平和を堪能できる気がしねえ」
カナは邪神の力を無理やり使わされてたことで心身への負荷がすごかったらしい。
邪神の魂が消滅した後から、カナはずっと眠っている。俺が「魂喰い」に刺された後意識を失ったのと同じような状況になっている。
情報量を整理出きるまで目覚めることはないだろう。だけど、命に別状はない。時間さえあればいずれ必ず治る。
とはいえ、心配なことに変わりはない。
「もう厄災も邪神も消えたましたし、カナさんも命に別状はないですし、そんなに気を張らなくても良いんじゃないですか」
「それは分かってるけどさ……」
厄災が消えたお陰でダンジョンの外に魔物が出ることもなくなった。邪神も消えた。残っているとすれば、ダンジョンの魔物くらいだろう。
俺はイオリの皿に乗った焼き魚を奪うと口に放り込む。
「飯食い終わったらちょっと外歩いてくるけど、みんなはどうする?」
俺の言葉に対する仲間の反応は芳しくなかった。
それもそうだ。みんなそれぞれで忙しいし。
シャルとフィオナは復興のため、肉体労働で手伝いをしている。それと、邪神の被害で行方不明になった人の捜索とか。
ソニアは魔道具職人として常になにかを作ってるし、イオリはアイドルとしてひっぱりだこ。
ナナは王女だから勉強しないといけないし、カナは起きない。
俺以外は日々を忙しく生きている。だからこそ、俺の肩身の狭さと気まずさが増すわけだけど。
俺もなにかしようかなって動けば周りに止められる。……だから、俺は一つの作戦を立てた。
食事が終わって、メイドが机の食器をまとめて持っていく。
そして、仲間たちはそれぞれの仕事へ行く。俺はただのんびり散歩するだけ――って、そんなわけがない。
「これでいいかな……」
俺はこっそり購入した外套を羽織る。付属しているフードを深く被って、顔を隠した。
「声は……まあなんとかなるか」
手伝いをしようとしたら止められるのは、俺が邪神討伐時に目立ちすぎたせいで、世間から見た時、俺の手柄みたいになってるからだ。
俺への過剰な英雄扱いはそういうことである。
実際はみんなで掴んだ勝利だし、俺一人の手柄にするつもりはない。
どうしたもんかと考え、俺は思い付いた。俺だとバレなければ誰からも止められないんじゃないかと。
「ちょっと不審者っぽいのは……まあ我慢だ我慢」
今の俺は英雄でもなければ、士道乖離という高校生でもない。
「――さしずめ、流離いの救世主ってとこか」
自室で一人、カッコつけるのは虚しい。
言ってみたかったから仕方なし。
気合いを入れたところで俺は街へと繰り出した。
◇
――大問題発生。カッコつけて出てきたは良いけど、専門知識のない俺は単純作業とか肉体労働しか出来ない。
そして、そんな仕事をするのに外套は邪魔すぎる。
「……あれ、詰んでね」
そもそも顔を隠した不審者に仕事をしてもらうなんてことがあるわけもない。
途方に暮れて大通りを歩いていると、一人の子供とぶつかった。
「あ、ごめん。大丈夫?」
ぶつかってから転ぶまでの間に俺は子供の手を掴んで救出できた。
シオンの力を継承したおかげで反応速度が段違いになっている。
「おにーちゃん、どこかであったことある?」
「え? いや、初対面だけど……」
ナナと同じくらいの年齢の女の子だ。ナナに慣れてるから、こうも普通の子供らしく接されると逆に戸惑う。
「んーでも、おにーちゃんのにおい、しってるよ! なんだかなつかしいにおいがする!」
「匂い……」
言い回しにどこか聞き覚えがある。そう思って心当たりを探す。
「妖精とか邪神とかだったな……匂いで人を判断すんのは……まさかな」
一瞬、俺の頭にとんでもない推測が浮かんだが、一蹴する。
「じゃしん……? ぼくそれしってるよ!」
「……え?」
「だってぼく――かみさまだもん!」
……今、なんて言った? とんでもない台詞が聞こえた気がするんだけど。
あり得ない……よな?
「たぶん、おにーちゃんにひっぱられてここまできたんだね!」
「ちょっと落ち着いてくれないか。今……情報量で頭がおかしくなりそうになってるから」
整理が付く気がしない。いきなり現れた子供が神を自称しはじめるなんて。
「いや、早めの中二病って可能性がまだ……」
俺がそう結論付けた瞬間――大きな音を立てて地面に穴が空いた。
「おにーちゃん、うたがってる? じゃあ、これみて! すごいでしょ!」
「まさか、自分が神様って証明するために穴空けたのか?」
「うん!」
解決法が脳筋すぎんだろ。
「ねぇ、おにーちゃん――つぎは、なにをこわせばいい?」
その言葉で、俺は認める他なくなった。
今代の「破壊神」はどうもシステムになりきれていない。あまりにも自由すぎる。
それなら、今の内に常識を刷り込んでおけば、前の破壊神みたいな暴走は起きないかもしれない。
新たな破壊神がまた争いの火種を生むかもしれない。また、どこかで被害を与えるのかもしれない。
可能性を疑いだしたらキリがない。そのくらいの厄ネタだと、俺自身ちゃんと理解している。
でも――可能性を信じてみようと思ったから。俺は、新しい神と手を繋ぐ。
「一緒に行こうか――神様」
これからの未来で、なにが起きるか分からない。
今回みたいに人類滅亡の危機がやってくるかもしれない。だけど、きっと。
――俺には、神様が付いてるから、大丈夫だ。
新しい第一歩を、踏み出した。
(了)