第80話 「いつかまた会えたら」
カイリは武器を持ち変えていた。シオンの剣は手放し、地面に突き刺さっている。
ならば、今カイリが持っている武器は――
「『魂喰い』、だと……」
「お前を完全に滅ぼすのに、ただ殺すだけじゃ駄目だって気づいたんだ。その肉体はただの依り代、お前の本体じゃない」
千年前の英雄たちが邪神を倒せなかった理由はそこだ。
肉体を破壊しようが、魂さえ逃がせば何度でも復活できる。シオンがそれを知らなかったからこそ、邪神は生き延びることが出来た。
同じ過ちを繰り返すわけにはいかない。
「その身体はカナの物だ。出てけよ、人の器から」
邪神にも「魂喰い」の力が効くことは分かっていた。それと、攻撃する魂を選ぶことが出来るのも。
以前俺が刺された時、俺の中に入っていたシオンの魂だけが破壊された。
あの時、邪神は俺の魂を攻撃はしなかった。シオンの魂が封じた「神の力」が欲しかったから。
だから、シオンの魂だけを選んで傷つけた。
だからこそ、魂を乗っ取られたカナも救えるんじゃないかと思ったんだ。俺が破壊するものを選べるのだとしたら、邪神の魂だけ攻撃すればいいんだから。
それと、邪神はシオンより弱い。シオンの魂すら破壊できる「魂喰い」の攻撃に、邪神が耐えられるわけがない。
「あぁ……ボクの力が、消えていく……どう動いても、結末は変えられないのか……」
邪神の肉体から、淡い光が溢れてくる。それはあっという間に俺の身体を包んで――
◇
気づくと俺は、なにもない空間の中にいた。
「ここは……」
いつか、シオンと対話した時の空間だった。いわゆる精神世界というやつだ。
周囲を見渡すと、俺の足元には見知らぬ子供が座っていた。顔も名前も知らない。けど、どうしてかその子が「邪神」であるのだと感じた。
「……お前はどうして、あんなに必死だったんだよ。お前に同情したわけじゃないけど、なにも知らないまま終わるのは……なんかモヤモヤする」
「……はっ、知ったところで、今更じゃないか」
見た目は違うのに、口調は変わらない。
対話は無理かと諦めかけたタイミングで、邪神は口を開く。
「――ボクは、千年前の戦いで敗れた。そして力を奪われ、神としての役目を果たせなくなった。ボクは『破壊』を司る神だからね。人を壊し、物を壊し、世界を壊すことだけが、ボクの存在意義だ。それだけのために、世界によって生み出された」
邪神は、見たことのない表情を浮かべていた。寂しそうで悲しそうで……どこか、諦めたような顔。
「分かってた、筈なんだけどな。全てを壊し尽くしても……その先はない。破壊できる物がなくなったら、ボクという存在は消える。もし、カイリに勝ってたとしても、ボクという存在に未来はない」
自分が存在意義を失わないように前に進んでも、自らを消滅させる未来にしか繋がっていない。
消えるのが早いか遅いかだけの違いだ。
「神様ってのは意外と窮屈なんだな」
「生み出したやつが狭量すぎるのさ。自分で生んでおきながら、自分の制御下から外れようとすれば、排除する。世界ってシステムはそういうものなんだよ」
俺は英雄になるべく生まれた存在だとシオンも言っていた。
俺も、世界にとって不都合な存在になった神を排除するためのシステムの一部なのだろう。
「なにかを壊さなきゃ存在できず、定期的になにもかもを破壊したくなる業を植え付けられて――そうして生まれてきた存在。むしろ、やっと解放されたと、喜ぶべきなんだろうね」
悲しい存在だと、そう思った。力だけを与えられて、俺たち人間よりよっぽど自由がない。
「――神様」
「どうしたんだい?」
「――俺は、同情しない。神様にどんな事情があったとしても、俺は神様を許すことはできない」
「……そうだろうね」
「神様はそれだけの罪を重ねてきた。いくら事情があったって、重ねた罪の重さは、消えない」
俺は自分を裏切った人でも許せると思っている。だけど、神様は数多くの人間を殺した。俺たちが止めなかったら、もっと多くの人を。
それを許すのは優しさじゃない。臆病なだけだ。
「だけど――もし生まれ変わって、罪のない身体と、魂になったなら……俺たちはもっと違う関係になれるだろうな」
「生まれ変わり、なんて。そんな人間みたいな――」
俺も生まれ変わりは信じていなかった。だけど、俺自身がシオンの魂を継承しているし、そもそも異世界だし。なにが起きたって不思議じゃない。
「生まれ変わって人生をもう一回やり直すのが、救いになるか罰になるかは人それぞれあるだろうけど……神様にとっての答えは、一つだろ」
「――あぁ、そうだね」
生まれたときから世界に全てを縛られて、システムとして使い捨てられるだけの存在。
そんなもののために千年も生きた。また人生をやる直すのは、簡単なことじゃないだろう。けど、千年生き足掻いてきたなら、たった数十年なんて物の数じゃない。
「そうだ、最後に一つ言っておかないとだった」
「……」
世界が、崩れていく。精神世界から元の世界に戻ろうとしている。
きっともう会えない。名残惜しいわけじゃないけど、俺は少しの希望を持って、伝える。
「――またな」
◇
光が消えると、俺は元の世界に戻っていた。
「カイリ様、どうかされましたか!? さっきから全く動かなくて……」
カナの身体に「魂喰い」を刺したまま、意識だけが持っていかれてたみたいだ。
「大丈夫だ。それと、邪神はもういない。……終わったんだ。俺たちの戦いは」
――その日、千年続いた戦いが終末を向かえた。