第78話 「逆転の手札」
俺は封印の祠でシオンの剣を手にした時、自分の身体になにかが入り込む感覚があった。
それがシオンの力だったのだろう。高速で繰り出される邪神の攻撃が、俺の目には止まって見える。
「――しぶとい、奴だな! キミは! 早くやられろよ!」
「それは俺の台詞だっての! 何回吹っ飛ばしてると思ってんだ!」
向かってくる邪神を吹き飛ばしては回復され……というやり取りを数えきれないくらい繰り返した。
力に振り回されてる俺では決定打を入れられないのはなんとなく分かっていた。
邪神に疲れは見えない。感情をむき出しにしてはいるが、それくらいだ。
邪神の表情は怒りというより――焦っているようで。なにに焦っているのかは知らないけど、そのおかげか攻撃が単純で防ぎやすい。
「くそ、くそくそくそ! なんでボクは、こんな奴に――っ!」
俺に攻撃が当たらないことに嘆いてるけど、俺からしても今の状況はだいぶヤバい。
邪神には体力なんて概念がなさそうだから、やろうと思えば一生戦い続けることも出来るだろう。
だけど俺は違う。時間をかければかけるほど体力を消耗して疲弊してしまう。
長期戦は不利だ。でも、決定打がないからトドメを刺せない。
――俺の中にも、焦りが沸き上がってくる。
「負けられないんだ……ボクは、人間なんかに……!」
負けられないのは、俺だって同じだよ。邪神に何度も負けてきた。その度に沢山の被害が出た。負傷者も死傷者も数えきれないほど見てきた。
俺がここで負ければ、あの光景が再現されてしまう。
神槍が、俺の横腹をえぐる。神経が死んだのか、痛みすら感じない。血液だけが大量に吹き出している。
出血はまずい。早く治療しないと。治療といえば――
「――あぁ、そうか。先にそっちを狙えば良かったんだ。ボクとしたことが焦りすぎてたね」
邪神が笑みを浮かべる。
俺が一瞬、ナナの方に目線を向けた瞬間、全てを察した邪神がナナの方に向かう。
「しまっ……」
初動が遅れた俺は邪神の速度に追い付けない。ナナたちも反応できず、その場で立ち尽くしている。
――こんなところで、俺はまた犠牲を出すのか。
「くっ……間に合え……っ!」
邪神がナナの元に着く前に。
早く、早くしろ。俺は俺の身体を必死に動かすけれど、邪神との距離は縮まらない。
既に邪神は攻撃体勢に入っている。神剣と神槍がナナを襲う――
「――もう十分溜まった頃合いだな」
あと数秒で神器が届く、その直前だった。フィオナがナナの前に出て、神器を受け止めた。
「……っ!」
邪神もまさか自分の攻撃が止められると思ってなかったのだろう。
戸惑う邪神を突き飛ばして、俺はフィオナの元に駆け寄る。
「助かった! フィオナ、あいつの攻撃止めれるんだな」
「いいや、私一人の力ではあの武器を防ぐことはできない。スキルを使ったとはいえな」
「じゃあどうして……」
「カイリ殿も感じる筈だ。自らの内から力が沸き上がるようなこの感覚を」
言われてみれば、そんな気がしてきた。今ならなんでも出来そうな万能感が俺を満たしている。
ふと視線を向けると、エリザベスと目が合った。そして、俺は確信する。
――これは、エリザベスの仕業だと。
◇
スキルというのは先天的なものと、後天的に獲得するものの二つがある。
妾は、後者であった。
――最初はただ、守りたかった。
「は、はじめまして! 今日から貴方にお仕えすることになりました! よ、よろしくお願いします!」
初々しく、似合わないスーツを着こんだ少年。彼の家系は代々妾の家に仕えていた。
妾が十歳になるころ、同年代の少年が執事見習いとして送られてきたのだった。
執事になるべく育てられた少年と、王になるべく育てられた妾。将来を期待されている者同士で親近感があったように思う。
「お姫様! おはようございます!」
おおよそ執事とは思えぬ気安い態度であったが、それが妾にとっては心地よかった。
「あ、あのぅ……先日父親に、敬語がなってないって怒られちゃったんですけど……お姫様、不愉快にさせてたなら申し訳ありません」
「構わぬ。誰も彼もが同じ態度だとつまらんからな」
「そっか……良かったです!」
妾は元々付いていた執事を置いて、少年と二人で出掛けることが多くなった。
父親からは小言を言われたが、大人の執事よりも、少年と話している時の方が遥かに楽しかった。
「お姫様! そちらは危険です!」
妾が気まぐれでダンジョンへ向かった時、執事がひどく動揺していた。
妾一人で魔物を追い払える。ある程度戦い方を学んでいた妾は何度かダンジョンに潜った経験があった。
だから――
「姫様!」
――妾の身長の倍以上ある体躯の魔物に襲われた時も、妾に動揺はなかった。
しかし、執事は違った。妾の実力を知らないわけじゃないのに、執事は魔物の攻撃から身を呈して妾を守った。
「お主が危険を犯す必要はなかった。妾であればあの程度、容易く葬れる」
「そう、ですよね……それは、分かってた……つもりなんです。でも、身体が……勝手に、動いて……」
「もう話さなくていい。即刻帰還し、治療させる。お主は死なないようにだけ気を付けろ」
「ありがとう、ございます……こんな、無能な執事のために……」
「ふん、主人を守ろうと己が命を投げ捨てる者を、無能だと罵る人間はいない。その覚悟は――誇っていい」
危なっかしい奴。妾の印象を端的に話せばそうなる。
それからしばらくして、妾の訪れた街に魔物が出現する事件が起きた。
「姫様、早く安全な場所へ」
「……お主はどうするつもりだ」
「魔物の頭目を発見しました。私めが倒しにいくつもりです。それが出来れば、この度の騒ぎも収まるかと」
出会ってから数年経ったからか、敬語も上手くなり、態度も執事らしくなってきた。
けど、危なっかしいところは変わらない。主人を助けようと、自らの安全を考慮しないところも。
「妾も出るぞ。お主だけでは心許ない」
「それは――」
「妾の意見に歯向かう気か?」
「……分かりました。ですが、御身を最優先に考えてくださいね。本当に、王になろうかという人が危険に踏み入るなんて……普通そんなことはしないですよ」
「そういうものなのか?」
「そういうものです」
執事が心配だから戦地に赴く王族……確かにそんな例を聞いたことはない。
集団の中で一番巨大な魔物が統率をとっていた。
執事が先頭に立ち、少し後ろから妾が攻撃する。もっと前に出たかったが、執事に怒られたため我慢している。
「くっ、強い……」
実力的にも妾の方が強い。合理的に考えれば妾が最前線で戦うべきだ。だが、ここで激しく戦闘し、傷ついたりすれば国に迷惑をかける。
中途半端に戦っていたせいか、執事の形成は不利になっていった。見る度に傷が増え、血で汚れていく。
「撤退しても良いのだぞ。ここまで時間を稼げば、避難は終わっている」
「ここで逃げて……他に被害が出るくらいなら、私めが……」
守りたい、とそう思った。かつてダンジョンで妾がされたように。
だが、身を呈して庇うのは立場上出来ない。妾の命は、妾一人だけのものではなかったから。
――その時、「スキル」が、覚醒した。
◇
「そのためには――カメラを用意する必要があるな」
「カメラ、ですか……」
空ではカイリと邪神が得物を交えている。そんな中でカメラを用意する必要があると、ナナには思えなかった。
「妾にはスキルがある。だが、それは簡単に扱えるものではなくてな」
「スキルを発動する条件に、カメラが必要ってことですか?」
「全く違うが……まあ良い」
「良くはないと思いますけど……」
なにをするか分からないまま協力するのは不安だ。
エリザベスの方から無言の圧を感じて、アイテムボックスからカメラを取り出す。以前配信をしていた時に使っていたものだ。
「配信を始めろ。全世界に、カイリの戦闘を映すのだ」
「は、配信って……ここでですか!? そんな場合じゃ……」
「早くしろ」
せめてもう少し説明がほしい。と思ったけれど、エリザベスがこちらを振り回すのは今に始まったことじゃない。
手慣れた動きで配信の準備をし、激しい戦闘を繰り広げるカイリをカメラに映す。
「……妾はな、守りたかったのだ」
「守り、たかった……?」
不意に語りかけてくるエリザベスの言葉に、思わず首を傾げる。
「故にこそ、このスキルが発現した。……あの時使えていたら、変わっていたのやもしれぬな」
エリザベスはどこか遠くを見ているような目をしていた。
「今は物思いに耽ている場合ではないな。……妾は人の感情、想い、願いといった正の感情を力へ変換するスキルを保有しておる」
「願いを、力に……」
「想いが強ければ強いほど、その想いを向けた相手に与える力は強くなる。つまりは、貴様がカイリへ強い感情を向ければ、妾のスキルでそのまま力へと変換し、カイリの力を増してやることが出来る」
「それはとっても強力なスキルですが……どうして今まで使わなかったんですか? エリザベスさん自身をパワーアップさせれば邪神とも渡り合えたかもしれないですよね」
「唯一、妾自身には効かないのだ。元より、『分け与えるため』の力だからな」
自分が強くなるのではなく、自分が他人を支えることで、エリザベスは大切な人を守ろうとした。
その想いがスキルを発現させたのだ。だからこそ、自分に使うことだけはできなかった。
「妾が配信を付けろと入った理由はそれだ。カイリは次代の英雄と称されているのだろう? そんな人間が、世界を破壊せんとする脅威と戦っている。配信を見ている連中はこう思うだろう。『あの邪神を倒してくれ』と。世界中のその願いを、妾のスキルで力に変換し、カイリに与える」
世界中から力を貸してもらえるのであれば、邪神を倒す力が手に入るかもしれない。
やってみる価値は、十分にある。
「しっかりと映しておけよ。それこそが――逆転への一手だ」




