第77話 「決戦の幕は切って落とされた」
俺の剣が、邪神の槍を止めれたってことで一安心。ほっと溜息を吐いて、俺は剣を振り切る。
邪神は勢いに押されて遠くまで吹き飛んだ。軽く振っただけなのに、邪神が一瞬で視界から消えるくらいの威力が出たのは完全に予想外だった。
「英雄の力って、すげえな……」
「カイリ殿、助けてもらい、すまなかった。……無事、だったんだな」
「あぁ、俺の方こそ、みんなが生きててくれて良かった。よく頑張った」
ようやくみんなと合流できた。無事を確かめられて嬉しくなった。
「みんなが頑張ってくれたおかげで、俺が間に合った。――後は、俺に任せろ」
見れば、仲間たちは満身創痍。国を跨ぎながら戦ってたらそうなって当然だ。
こんなになるまで頑張ってくれたみんなをこれ以上戦わせたくない。
「戻ってきたんだ……あのまま無様に逃げ続けるつもりかと思ってたのにさ」
邪神が空を飛んで戻ってくる。遠くまで吹き飛ばしたとはいえ、国と国を容易に移動できる邪神にとって、帰ってくるのは簡単なことだろう。
「逃げねえよ。確かに一度は折れたけど……だからこそ、今度こそ俺は絶対に諦めない。俺は――英雄だからな」
「英雄……英雄、か」
邪神が笑う。俺を小馬鹿にするような、悪意のある笑い方だ。
「なにがおかしい」
「英雄は、キミじゃないだろう? 英雄と呼ばれた人間たちは、千年も前に死んでるんだから」
「……」
「その剣だってそうだ。見覚えがある筈だよ。だってそれは、シオンのものなんだから」
俺は封印の祠の中で、この力を手にした。シオンが万が一のために用意しておいた、英雄の力。
そりゃあ、邪神にとっては見覚えがあるに決まってる。
「ボクの力を失ったと知れば、次は別の人間の力を奪うんだね。そうやって、他人から与えられたものを我が物顔で使うんだ。忘れていたよ、キミはそういう人間だったね」
邪神が言っていることは、理解できる。俺だって自分自身で手に入れたものがないって、散々悩んだからな。
でも――
「俺には、与えられたものだけじゃないって、言ってくれた人がいるんだよ。なにもないわけじゃない、空っぽなだけじゃないって。言ってくれた仲間がいたんだ」
「――だから、なんだよ」
「俺は誰かから言われてこの力を手に入れたわけじゃない。自分の意思で、自分の頭で考えて、手に入れた力だ」
「結局、他人任せなところは否定できてないじゃないか。よくそんなことを恥ずかしげもなく――」
「確かに、今はまだ、俺の力じゃねえかもな」
他人の力、他人任せ。そんな言葉を完全に否定することはできない。
「でも、シオンだって、最初は与えられた力だった筈だ。俺とシオンは、『世界』からの防衛装置として生まれてきたって話だったしな」
精神世界で、シオンは言っていた。だとすれば、シオンの力は、いわば「世界」そのものから与えられた力だと言える。
「きっかけは他人だったかもしれない。でも、その力はいつしか『シオン自身の力』だと認識された。――自分の意思で使って、自分のものにしたんだよ」
どんな始まり方でも、その過程に自身の意志があれば、最後には自分の力になる。
「与えられたものばかり? 上等だよ。千年前の力だろうが、神の力だろうが、力を使うって決めたのは俺だ。俺自身が、考えて行動して、手に入れた結果だ。――なら、今この手にある力は俺のものだ」
そもそも、なにも与えられていない人間なんていない。
親から与えられた環境。周りから与えられた道具。先人から与えられた、生きる意味。
今を生きる人間は、与えられたものから、自分に必要なものを選びとって「自分のもの」にしてきた。
そうやって人の歴史が作られてきた。なら、俺が他人の力を使うことを恥じる必要なんてない。
「それに、力なんて形のないものに所有権なんてねえだろ。一番大事なのは、誰が使ってるか。ただそれだけだ」
「――屁理屈だ」
「そうか? 俺は割と理に適ったことを言ってるつもりだけど」
邪神が戦いを止めて話しかけてきてるのは、俺の精神に攻撃して心を折ろうとしてるんだろう。
だったら、邪神の言葉を受け入れる必要ない。そんなことをしたら相手の思う壺だ。
「……ここで折れて諦めてくれたら楽だったのに。本当にキミは……なにからなにまでボクの思いどおりに動いてくれないね」
「そんなこったろうと思ったよ。一度はお前を倒した力だ。この力に勝てる保証はないんだろ?」
自信満々な風を装ってるけど、正直に言うと俺も邪神に勝てるかは定かじゃない。
神の力を使いこなせてなかったように、有り余る力は本領を発揮できるまで時間がかかる。
だからシオンの力をシオンみたいに使えるって言い切れない。
邪神も、千年前の力を完全に取り戻したわけじゃないし、神だって復活したのは最近だから、昔ほど上手くは扱えない。
単純なパワーバランスで言ったら俺の方が上だけど、練度の差で五分ってところか。
「勝てるよ。……ボクには、勝つしかないんだ。キミを殺して、ボクはボクの立場を取り戻す」
「俺だって、負けてやるわけにはいかねえんだ。俺を守ってくれた人のためにも、俺が守りたいと願った人のためにもな」
膠着状態は崩れ――最後の戦いが、始まる。
◇
カイリ様と邪神は空中で激しいバトルを繰り広げています。
剣と剣がぶつかり合い、火花があちこちに飛び散ります。
「やはり、カイリ殿は、あの神と互角に戦えている。本当に、すごい方だ」
「だが、互角なだけで勝負は決まらぬ。消耗戦となれば敗色濃厚だぞ。妾たちも、ただ見ているままではおれぬ」
「ではどうしましょうか。わたしでは治療はできても、邪神の身体に傷を付けることはできません。エリザベスさんとフィオナさんのお力でも、攻勢に出ることはできませんでした。そんなわたしたちでは、カイリ様の戦いに割って入ることなんて……」
「そのくらいは妾も理解しておるわ。正しく実力を把握し、状況を理解するのも王たる素質よ。……約束を結んでおいて戦えないのは不甲斐ないところだが」
「それが分かってるなら、結局この状況を変えることは……」
「ふん、妾自らが出なくとも加勢することは可能だ。そのためには――カメラを用意する必要があるな」