第63話 「新たな地へ……」
話し終わって、俺はエリザベスに向き直る。
「退屈はしなかったろ?」
「まあ、な。神なる者がまだ力を完全に解放できておらぬというのは興味深かった……だが、妾が貴様の『鍵』であるというのは不愉快だな」
「文句は千年前の連中に言ってくれる!?」
鍵を俺が選んだ訳じゃないのに、理不尽だ……
英雄たちも子孫がこんなんだとは予想できなかっただろうけど。
「要はこれ以上鍵を解放させなきゃ、敵が強くなることはないんでしょ? なら早めに追いかけた方がいいんじゃないかな?」
「……いや、追いかけるより前にすることがある」
「カイリ殿、それは一体なんだ?」
「決まってる――配信だよ」
◇
この世界の連絡手段は魔道具しか存在しない。一対一で話すために作られた連絡用の道具で、日本みたく電波を使っている訳じゃないから、どこでも使える。
便利ではあるけど、どうしても消せない欠点があった。それは、「一対一」であること。
多くの人間に伝えるための手段は、そう多くない。
「けど、世界中の人間が見ている媒体で発信すれば別だ。どんな連絡手段よりも、確実に伝えられる」
俺たちは配信で他国に注意を呼び掛けることで、敵の存在を伝えることにした。
「ネットが広まってる異世界なら、拡散速度は最強だ。エリザベス、なんか言ってくれ」
配信の準備は完璧だ。カメラが中に浮いて、エリザベスを捉える。
「妾に命令するなど、身の程を知らんようだな。今の貴様を殺すことなぞ、赤子を殺すより容易い」
「例えが物騒すぎない!?」
せめてひねろよ。ひねても問題だけど。
アウスト王国の新国王であるナナ、アイドルのイオリ、そしてイグリシア王国の王女、エリザベス。
知名度でいえばこれに勝る配信者なんていない。
急増する視聴者。なんなら増える速度が速すぎて目で追えない。
「今、神を名乗る不届きものが世界を我が物にしようとしておる。貴様らがどこの誰だか、妾は知らぬが……賊を見つけ次第抹殺せよ。報酬など、いくらでもくれてやる」
エリザベスはそれだけ言うと勝手に配信を切ってしまう。
「ちょ……おい、なにしてんだよ」
「見つけ時点で殺しにいかねばまた逃げられるぞ。警戒するだけでは甘すぎる。統率だけとっても無意味だ。ならば、全てをかき乱してやればいい」
「なに言ってんのかは分からねえけど、とりあえずめちゃくちゃなこと言ってるってことだけは分かるな」
俺、エリザベスの手綱を握れる気がしない。
結果的にというか、エリザベスの発言は爆速で世界中に知れ渡った。王女様が過激なこと言ってるのは、話題性として最高だしな。
掲示板で情報が流れてくる。
『外で酷い音が聞こえる!』
『だれかはやくきて』
『カルード帝国 危ない』
『みんなで逃げよう!』
『ネットしてるくらいなら早く逃げろと』
世界中からチャットが流れるせいで無事な人と本当に危ない人がごちゃごちゃになっている。
なんとか見分けて、俺は仲間たちに振り返る。
「カルード帝国ってなんだ? 多分そこに邪神が現れてる!」
「ふん、だろうな」
「知ってるのか、エリザベス」
「カルード帝国はこの世界で最も巨大な国だ。武力こそが優れた才であると考える野蛮な国ではあるが……それだけにあの神なる者相手にしても易々と崩壊することはないだろう」
「いや、俺が聞きたいのはそういうことじゃなくって……そのカルード帝国に邪神が向かってるってことを知ってるみたいな口ぶりで……」
「……貴様は本気で聞いているのか? イグリシア王国の『鍵』は今ここにいるのだぞ? ならば狙われる理由がないだろう」
そうだった。邪神はアウスト王国にエリザベスがいるのを知ってるんだから、もぬけの殻になったイグリシア王国を狙っても時間の無駄だ。
「確かに、ちょっと色々おかしくなってた。じゃあすぐにでもその国に――」
「駄目だ」
「……へ?」
エリザベスの発言が信じられなくて、俺は間抜けな声を上げてしまった。
「力を失い腑抜けた人間を連れて行くわけにはいくまい。大人しく城の中で待っているのだな」
――ついに俺は、戦力外通告を受けてしまった。