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第59話 「俺と『俺』」

 ――俺の視界は真っ暗だった。

 水に沈んでいるかのような浮遊感が俺を包んでいる。


「ここ、どこだ……」


 俺は記憶を掘り返してここにいる理由を思い出そうとする。

 だけど


「なんで、俺はこんなところに……」


 ……全く思い出せない。記憶があやふやで思考がまとまらない。


 訳もわからずふわふわした空間の中でもがいていると、どこかから声が聞こえてきた。


「あ、ようやく気づいたんだ。おはよう、俺……って、言うのもなんか変だな」


「なにいってんだお前……その前に、お前は誰なんだよ」


「俺か。俺はそんな大した人間じゃないんだけど……まあ、カイリの魂に住み着いてるもう一人の自分、的な」


「いや分かんねえよ」


 もう一人の自分なんて言われても、実感が湧かない。


「細かいことは気にしなくていいよ。だって、俺はもうそろそろ消えるし」


「ただでさえ理解できてないのに更に情報量を増やすな。急に現れて急に消える……? しかももう一人の俺……頭がおかしくなっちまいそうだ」


 もっと丁寧に説明をしてくれ。どいつもこいつも訳知り顔してるやつがみんな意味深なことしか言わないからなにも分からない。


「順を追って説明しようか。君――つまり、カイリは『魂喰い』の攻撃を受けた。それで魂が甚大なダメージを受けたんだ」


「それじゃあここは死後の世界って感じなのか」


「いいや、全然死んでないよ。カイリの肉体も精神も傷ひとつない」


「言ってることが違うじゃねえか! 俺の魂が攻撃されたってさっき――」


「俺は魂が甚大なダメージを受けたって言ったけど、別にカイリのとは言ってないよ」


 なにを言っているんだこいつは。

 俺のじゃない魂ってなんのこと――


「お前、言ってたな。お前は俺の魂に住み着いてるって。つまり、俺の中に二つの魂があったってことか?」


 にわかには信じられないことだけど、目の前の男の言い分を信じるなら、俺とは違う「誰か」が俺の中に存在したことになる。


「そうだね、正解だよ。カイリの中には、カイリと俺の二つの魂が存在する。それで、『魂喰い』のダメージを負ったのも俺の魂だ」


「じゃあなんで俺はこんなところにいるんだって話に戻るんだけど」


「それは思い込みだよ。『魂喰い』に身体を貫かれたって事実を目の当たりにして君は、自身の魂が壊されたと錯覚した。だけど実際にはなにも起こってない。脳の思い込みと本能とで差異が生じた結果――情報量でパンクした。情報処理をするために……スリープモードになったって言えば分かりやすいかな」


 少しずつ状況が飲み込めてきた。俺の身体自体は無事ってことが分かったのは嬉しい。


「だから治療でも治らない。けど、時間が経てば自然と起き上がるよ」


「おおよその状況は理解できた。……にしても、お前は本当に何者なんだ。俺より俺のことを知ってるなんて……」


「名前くらいは言っちゃっても大丈夫なのかな。うーん、まあ多分大丈夫だろう」


 名前を言っちゃいけないとかそんなこと、そうそうないだろう。

 元の世界でやってた映画にはそんなキャラがいたけど。


「俺の名前は……シオン。聞いたことくらいは、あるんじゃないかな?」


 あれ、その名前……どこかで聞いた覚えが……


 思い出せ。俺は、それを聞いたことがあったはずだ。


「そうだ、あの時……ナナから……!」


 ナナから事情を打ち明けられて、配信者になろうと目指した日に、俺はその名前を聞いていた。


「千年前の英雄のリーダーだったやつって、聞いて……って、マジで!?」


 そうだとしたら俺、とんでもない人と出会ってるじゃねえか!」


「マジだよ、マジマジ。まあ、邪神を討伐した人間が目の前にいたらそうなるよね。驚いてくれてよかった。告白しがいがあるってもんだよ」


 満足そうにしているシオンに、俺は言葉を出せなかった。


 過去の英雄、しかもリーダー格って、驚かない方がおかしい。


「俺、英雄の魂入ってたのか……」


「それどころじゃなく、カイリは俺の生まれ変わりなんだよ」


「……え」


「カイリは見たんでしょ。あの本を……俺たちの代から受け継がれた、あの『魔書』をさ。それで全てを知ったはずだよ。千年前の……俺たちのしたことを」


「もしかして、俺があの本で見たのって」


「――俺の記憶、だよ。だからカイリは知ってるはずだ。これから、なにを為すべきか」


「そんなこと言われたって、俺には……分かんねえよ。お前が期待してるほど俺はすごいやつじゃない。シオンと同じになれるほど、優れた人間じゃない」


 英雄の生まれ変わりなんて信じられない。自分がどれだけ凡人であるかは理解しているつもりだ。


 それに、神によって『魂喰い』を刺されたとき、俺の中からなにか大きなものが抜けていったような感覚があった。


『――返してもらうよ。ボクの力を』


 俺に突き刺す直前、そんな言葉が聞こえたのを覚えてる。


 俺の中から、神の力は消えた。ただでさえ俺はなにも持っていなかったのに、唯一この世界で与えられた力すらなくなってしまった。


「俺にはなにも――」


「俺とカイリはさ、英雄になるべく生まれてきたんだ」


「――え?」


「言葉の通りだよ。俺たちは英雄になるって定められて、世界から遣わされてるんだ」


 急になにを言ってるのか、俺には分からない。


「世界が危険を感じたとき、防衛機構が働く。世界からサポートされ、世界そのものを脅かすものから、世界を守るためにね。俺が邪神を倒したのもそうなんだ。邪神を倒すため、俺という存在が創られた」


「俺も、そうなのか……?」


「もちろん。だから、今はなにもないと感じていても、カイリには立ち上がるための力はあるんだ。それを、忘れないで」


 その言葉を言い終えた直後、シオンの身体が淡い光で包まれる。


「そろそろ俺は消えるみたいだ。魂喰いの攻撃を受けてたのを考えると頑張った方だな」


「そんな――」


 まだ、聞きたいことが沢山あるのに。邪神に対抗する策も俺にはない。もっと話を聞きたいのに、シオンの身体はどんどん薄れていく。


「本当はもっと直接的にサポートしたいところだったんだけど、ヒントくらいしか言えなくてごめん。これ以上踏み込んだこと言うと、いくら俺といえど世界から罰せられかねないんだ。そもそも、魂を引き継がせるなんてことも、本来はアウトだしね」


 シオンは薄れ行く身体を俺の方に寄せる。思念体みたいな身体なのに、シオンの体に触れたような気がした。


「消える前に、最後に一個だけ。カイリ、俺たちはかつて邪神を討伐した。シオンって人間は邪神をぶっ倒したんだ。それを、絶対に忘れないように」


「そんなことは知ってるよ。魔書で見てきたし。そこまで強調するようなことなのか?」


 ナナから聞いてるし、本人からも何度も聞いた。

 シオンは自分の功績を自慢したいって人にも見えないし、本気で意図が分からない。


「うーん、まあ――時が来れば分かるよ。きっと」


 シオンは困ったようにそう言って、消えてしまった。


「最後まで訳分からない奴だったな。……でも、シオンの生まれ変わりが俺なんだったら、その名に負けないように頑張らないとな。正直、荷が重いけど」


 神の力を失った、ただの高校生。そんな俺になにができるかなんて分からないけど……やってみるしかない。


 俺の想像が正しければ、世界はきっと、大変なことになってるはずだから。


「次代の英雄……か。あんたみたいになれるように頑張るからさ、見ててくれよ、シオン」


 徐々に、俺の身体が浮き上がっていく。現実世界の俺の身体が目覚めようとしているんだろう。


 この精神世界と同じように、真っ暗な世界を……俺が変えるんだ。その義務が、俺にはあるのだから。

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