第6話 ぎゅっ
小松由衣と表示されている画面を見ながら固まる俺――。
――な、何で!?
そのまま動揺して、画面を見つめたまま何もできない時間が少しの間続く。
スマホに相手の連絡先が入っているんだから表示もされるし、相手も自分の番号など連絡先は知っているのだから当たり前なんだけど、実際に掛かってくるという事は無いと予想していたので、心の準備が整っていない。
もちろん自分から掛けようとは思っていなかった。どちらかというとかかってきて欲しかった。だから今嬉しさとどうしたらいいのかで頭が混乱している。
ごくん!!
のどを鳴らして唾を飲み込む。そして震える指で画面をタップした。
「も、もしもし……」
――やば!! ちょっと声が震えてるかも!?
『あ、良かった……あの、宮城さん……のお電話でしょうか?』
聞こえてきた声はあたりまえだけど、聞き覚えのある声で安心する。
「ええ、宮城です」
『あの……もう休まれてましたか?』
電話の向こうの彼女も困惑しているのか声が少し小さくなった気がした。
「いや、大丈夫。今はシャワーから上がって扇風機の前であぁ~って声出してた……」
――扇風機なんてないけどな……。
『へ!?』
「あ、いやなんでもない!!」
電話から聞こえる声で、凄く驚くような顔をした彼女を想像してしまった。慌てて先ほどの発言を無かったものにしようとした。
『あはははははは……』
しかし向こう側から聞こえてきたのはそんな事をかき消すような笑い声だった。そしてまた彼女が笑っているところを想像すると恥ずかしくなってくる。
「え、と大丈夫?」
『だ、大丈夫……です……ふふふ。聖さんて面白い人ですよね?』
「え!? そ、そうかな?」
『はい』
「あ、ありがとう……」
目の前ではなしをしているわけではないけど、ぺこりと頭を下げた。
『そ、それで、ふふ……。今日お電話した訳なんですけど……』
「あ、うん」
――そ、そうだ!! 突然どうしたんだろう?
完全に失念していた。
『わ、わたし……今週の金曜日はいつものあそこには行けないんです。それで日曜日の件なんですけど、待ち合わせ場所と時間を決めて……ふふふ……お、こうかと思いまして』
電話の途中で入る笑い声は聞かなかったことにしようと思う。完全に笑いのツボか何かに入ってしまったみたいだ。止めようと頑張ってくれているみたいだけどなかなか止められないみたい。
これが噂の[箸が転がっても面白い世代か!!]と変なところに感心した。
「日曜日か……うん分かった。じゃぁどこが良いかな?」
『え~っと……〇〇駅のマフラー犬の前に午前十時でどうですか?』
サイン会のある街の最寄り駅前にはなぜかマフラーを巻いた犬の像が有る。そこが待ち合わせの目印によく使われる場所と浸透していた。
「了解……じゃぁ日曜日に……」
『はい!! よろしくお願いします!! 遅くにすいませんでした』
「いや、まだ大丈夫だって」
『そうですか? でも……はい。じゃぁおやすみなさい……』
「うん。おやすみ」
最後に何か言いたそうにしてたけど、彼女の口から何か言葉が出うことは無く、そのまま電話は切れた。
――ふぅ~!! 緊張した!!
大きく深呼吸を一つしてからスマホをテーブルの上に置いた。そして壁にかかっているカレンダーへと目を移す。次の日曜日には赤いマジックで丸印が付けてある。
「俺……誕生日……なんだけどな……」
独り言ちたその部屋で、誰もその言葉を聞くものはいない。もちろんそんな事を彼女が知るはずもないのだけれど、少しばかり期待してしまっている自分がいた。
電話のあった日から約束の日までは凄く早く過ぎて行くような感じがした。
いつものように金曜日にあの本屋で彼女を見かける事は無かったけど、それでも何も感じなかった。やっぱり前もって来ないと知っていると心の準備ってヤツが出来るらしい。
本屋で偶然? いやつけられて彼女と会わせてしまった栄太はあの後本当に真っすぐ駅まで送って行ったらしい。
何もないと信じている俺だって、やっぱり少し疑っていた事を反省した。
そして今日は約束の日曜日――。
既に待ち合わせ場所についてマフラー犬の前で待っていた。時刻は午前九時二十分を指そうとしていた。
――さすがに早すぎたかな……。
先程ついたばかりだというのに腕に付けた時計をチラチラ見たり、周りをそわそわしながら見回したりしている。茶色の髪をした女の子を見るとドキッとしたりしていた。
「あの……」
ビクッ!!
後ろから声を掛けられて体が少し浮いたような感覚。
「ご、ごめんなさい……びっくりさせちゃったかな?」
声のした方に首がグリっと音がするほどのスピードで振り向いた。すぐ後ろで顔の前で両手を合わせて俺に向かって「ふふふ」っと笑いかける女性が立っていた。髪型はいつもと同じでストレートの髪を両肩から前に垂らしている。でもいつも見かける制服に身を包んだ女子高生ではなく、裾がふわっとした薄い桃色のワンピースに七分袖の薄い上着を纏い、足元は通学用の革靴ではなく、素足にかかとの低い白のヒールを履いているそこから見ても女の子ではなく女性そのモノだ。
「…………」
そのまま何も言えずに固まった。その姿に見惚れてしまっていた。
「あの……聖さん?」
「え!? あぁごめん。おはよう」
「おはようございます」
にこっとキラースマイルを向けてくるあたりは、天然ながら恐ろしいと思う。
「聖さん早いですね!! まだ時間までだいぶありますよ?」
「それは君も同じでしょ?」
「そう言われるとそうですね」
二人で正面に向かい合いながらクスクスと笑う。今日は赤いメガネを装着バージョンの由衣だった。でも今日の姿を見るとそれも似合ってるような気がする。
「少し早いけど、行こうか?」
「はい」
コクンと由衣が返事をするのを確認してサイン会の場所を目指して歩き始めた。この待ち合わせ場所の駅からは少し歩いて行かないといけない。まだ時間が早いためにそんなに人通りは少なかった。
――この感覚……久しぶりだな……。
いつも隣について歩いているのは、人は違えど男ばかり。だから歩くスピードだって気にしないし、付いてきている事が前提なのでしっかり付いてきているかを確認なんてしない。ただただ次の場所へと歩いて行くだけ。でも今日は違う。
隣を歩くのは自分より頭一つ分も小さい女の子。それを考えると歩幅を小さくして由衣に合わせて歩く。いつもと違ってゆっくりだけどなぜか嬉しかった。
ふとした事で通りに面したお店の窓ガラスで見える自分たち二人は、見る人が見たらお父さんと娘みたいな感じに見えるのだろうか? それとも……。
――いかん……何を考えているんだ俺は……。
頭をブンブンと左右に大きく振った。隣の由衣が訝しそうに下から覗き込んでくる。それにニコッと笑顔を作ってこたえた。
ぎゅっ!!
――え!?
歩道の道路側を歩いていた俺は、空いている右手に温かくて柔らかい感触を感じた。その原因を見るために視線を向ける。
完全にではなく本当に優しく、それでも離れないほどの力で由衣の左手に握られた俺の右手。目を見開いてそれを見る。そして由衣の顔へと視線を向けた。
「行きましょう!!」
その視線に応えるように言葉とあの笑顔が返って来た。
握られた手のぬくもりを感じながら歩くこと数分。
本日のお目当ての場所、サイン会が行われる本屋さんの前へとたどり着いた。自分たちの他にもお目当ての読者の方と思われる人たちが集まっていて、その手にはこの前本屋で見かけ速攻で二人並んで買った本が大事そうに握られていた。すでに数十人が開店に十分前から並んでいる光景を見てちょっと気後れしてしまう。
今日のサイン会に来る予定の先生はまだ若く、書いているモノも男女問わず人気が有り、本もかなりの勢いで売れているらしい。文体も可愛いので女性にも人気が有ると由衣が言っていたけど、確かに並んでいる半数以上が女性だった。その中で更に若い由衣と一緒に並んでいることが少し恥ずかしくなってくる。
――こういうのは慣れないなぁ……。
昔、友達の付き合いでゲームの発売日や好きなバンドのライブチケットを買うのに並んだ経験があったけど、今日は本を書いている作者本人に会ってサインをもらうという今までになかったパターンでちょっと緊張していた。
「なんだかわくわくしますね!!」
横に並んでいる由衣が店内を見たり周りを見わたしたりとそわそわしているのが分かる。
「まだ……十五分あるから落ち着け」
「は、はい!! そうですね!!」
俺の掛けた声にビクンと身体を震わせて驚くと、俺の顔を見つめながらちょっと硬い表情でのぞき返してきた。
――まだ……子供だなぁ……。
由衣の事を目の前に見ながら、列からはみ出たりして他の人とぶつからないように、自分の体をスッと間に入れたりして時間が経つのを待った。開店十分前になって店の中で店員さんが慌ただしくなり始める。
二人の店員さんが店の前の格子状シャッターを上げて出て来ると、サイン会引換券と整理番号を配布し始めた。その二つを手にしてようやく今日の目的が達成することに向かいつつあることを実感する。
――俺にとっては由衣といる事がすでに目的ではあるんだけど……。
ぼんやりと考えていると、列の後ろから押されるような感覚がし始める。こういう時は入場を焦ったりすることで逸る気持ちもあり入り口近くに移動したい心理で良く押される。自分は男だし、周りからすると少し大きい体であるから大したことは無いけど、横に並ぶ女の子は小さいからか、波に飲み込まれそうになっている。その腕を掴むとグッと自分の方へ引き寄せた。
「っ!?」
腕を掴まれた瞬間の由衣が目を大きく見開いた。引き寄せる行為でちょっと驚いていたけど、素直に体を預けてくれた。
「あ、ありがとう……」
その状態を経た今は俺の腕の中にすっぽりと由衣がおさまっている状態で、俺の方を向きながらクチをちょっと頬を赤く染めてムニムニさせている。
――やばいコレ……かわいいな……。
思いつつ由衣の方を見ていると、店内に近い場所に並んでいた人たちから歓声が上がった。
今日お目当ての人が店の中に姿を現したみたいだ。
俺はその姿も気になるけど、目の前の女の子の事が頭から離れないでいた。
お読み頂いた皆様に感謝を!!
段々恋愛作品らしくなってきたかな?
根幹設定を変えているので、そのへんに違和感がございましたらメッセくださいm(__)m