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第4話 ヘタレか?

 


私は今夏休みの補習中で、午後も仕方なく学校の教室にいた――。


 二年生になった自分たちはこの夏休みからが大事だと先生に言われ続け、そのせいか周りは自分以外を蹴落としてやろうと言わんばかりの勢いで勉強している。進学クラスの自分の教室はガチ受験勢が多い。必然的に教室の中は静かだし、カリカリとノートに書き写す音が教室中に響いている。

 

 ちょっと前までの私はその中の一人だった。今はちょっと違う。授業は真面目まじめに聞いてるけど、時々ふと窓から見える外の景色を見たくなる。そしてそのままぼぉ~っとしている時間が増えたような気がしている。

 そして今日はその中でもそわそわしちゃう曜日でもある。


――早く補習終わらないかな……。

 そんな事を思う自分に少し驚いた。去年、一年生だった自分は夏休みの補習で成績を上げるんだと意気込んでいた。

 なのに今は――。




 それから二時間きっちりと授業を受けるとようやく解放された。机に掛けてあるカバンを持って帰ろうとすると、一人の女子生徒が近寄って来る。


「ねぇ由衣(ゆい)、今日これから一緒に買い物に行かない?」

 声を掛けてきたのは、このクラスで唯一の友達と言っていい長尾春奈(ながおはるな)だ。

 サラサラな黒髪をショートボブにまとめてワンポイントに前髪をピンでとめている。制服も着崩すことなくそれと言って標準なままでもない。スカートも短すぎることなく上手いところでギリギリ調整している感じ。ソフトボール部に所属している彼女は肌も日焼けしているけど健康的に焼けてる感じがした。


「あれ? でも春奈部活は?」

「今日は無いんだよ。グランドの関係でさ」

 学校のグランドはそんなに広くないので部活同士が調整しながら使用している。夏休みだからって休んでいることが無い。最近では学校側も力を入れていることもあって活気があふれていた。

「そっか……いいよ。何処に行くの?」

 最近は友達と出かける事も少なくなってきたと思いすぐに承諾しょうだくした。

「ちょっと本が買いたいんだ……」


――本!?


「へぇ~……」

「何よ? 以外かな?」

 私のビックリした気持ちの返事に、ちょっとホホをぷくっとふくらませた春奈がかわいい。


「ううん変じゃない。そうだ!! 私行きつけの本屋さんが近くにあるからそこに行かない?」

「行きつけの……本屋?」

 春奈は凄く不思議がった。普通に考えたら女子高生が本屋に行きつけとか作る方が変なのかもしれない。

「だめ?」

 ちょっと首を曲げて胸の前で両手を組んだ。自分でも少しあざといと思う。

「くっ!! かわいい!!」

「きゃぁ!!」

 春奈がガバッと抱き着いてくる。そんな感じで少しその場でおしゃべりしてから、カバンを持って本屋さんに向かうべく二人で教室を後にした。


――宮城さんに逢えるかな?

 私は歩きながらそんな事を思っていた。







 金曜日になって俺は少し浮かれていたのかもしれない――。


――やっと金曜日か……。

 見上げた空には、気の早い星が夕焼けの明るさに負けまいと瞬き始めていた。


 仕事上の相棒である栄太(えいた)といつものように出先で別れ、一人いつものように最寄り駅まで移動して歩いてすぐの本屋へたどり着いた。店の前で一度大きく息を吸うと、気合を入れてドアを開け――


「やっぱり()()に来たか」

 後ろから聞き慣れた声がする。しかも数十分前に別れたはずの声。背中に汗がブワッと噴き出すのが分かる。額からもツーっと流れ落ちてくる。

 まるで機械にでもなったかのように声のした方へ首を捻った。


「よ!!」

 片手を上げていつものイケメン女子瞬殺じょししゅんさつスマイルを俺に向けている栄太がいた。

「え、栄太……なんでここに?」

 思った疑問がそのまま口かられた。

 そんな俺を見ながら栄太はくっくと笑い出した。

「なんで? う~ん……それはお前の後をつけてきたから……かな? というかお前心の声がダダモレだぞ」

「ダダモレって何が?」

「顔にも声にも出てるぞ。邪魔なやつが何でいるんだってな」

 そう言いながら俺の肩にポンと手を置いた。

「俺にも話させてくれよ。()()()とさ」

 この言葉を聞いて瞬時に理解した。金曜日にはいつもココに来ていることがこいつにはすでにバレていると。


「さぁ、入ろうぜ?」

 右手で店内を指しながら俺をかす。俺の意志はまったく聞くことなく、結局は栄太と共に店内へと入って行くことになった。


「で? どこどこ? その娘は何処に居るんだ?」

 店内に入ると直ぐに周りをきょろきょろと見回し始める栄太。その姿に俺は手で顔をおおいながらがっかりした。


「お前、それやめろよ……」

「なんで? 良いから早くその娘のところに案内してくれよ!!」

「はぁ……分かったよ……」

 勢いに押されるがままに俺はいつも座っていいる机の方へと栄太を引き連れながら歩いて行った。

 しかしそこにカノジョの姿は無かった。その事にちょっと安心した。

「今日は来てないみたいだな……」

 心の中では「良かったぁ!!」と思いながらも、顔では至極残念しごくざんねんそうに栄太の方を振り返った。

「なんだ……そうか……残念だなぁ」


 俺の言葉を聞きながらまだ辺りを見回す栄太。それにつられて俺も店内を見回した。月末が近い金曜日という事もあってか店内にはいつも以上にお客様がいる感じがする。若い子からお年寄りまでいろいろな層の人達が本を選んだり、立ち読みしたりしていた。あの子のような茶色の髪をした女の子も見かけるけど、その顔を見て違う事に安堵のため息が出る。


(ひじり)、連絡してみろよ」

「え?」

 俺の肩に手を置いた栄太がそんな事を小さな声で言ってきた。たぶん店内に入ったから多少は遠慮したんだろう。

「だから今何処に居るのか聞いてみろって」

「あ、いや……俺…連絡先知らないんだ……」


――そういえば聞いてなかったな……。


「はぁ!?」

 けっこう大きな声で驚く栄太の言葉に、周りが俺達に一斉に視線を送って来た。

「バカ!! 声がでかいぞ!!」

「す、すまん……だってお前……」

「何だよ……?」

 じとぉ~っとした視線を俺に送る栄太を見ながら少しその場から下がった。

「ヘタレか?」

「っ!?」

 言葉にならない心情が沸き起こって俺の体を突き抜けて行った。



 余りの衝撃に固まってると、背中をツンツンされる感覚がする。でも暴言にも似た言葉を吐かれた目の前に立っている奴から目を離すことが出来ない。


ツンツンツン


「っ!???」

――先程よりも一回多いな……。じゃなくて!!

 誰かが確実に俺の背中を突いている。チラッと視線だけを後ろにまわした。映ったのはチェックのスカートの一部分。


「あのぉ~……」

 見えたモノだけじゃなく、この声を聞いて完全に分かった。

宮城(みやぎ)さんですよね? こんな所でどうしたんですかぁ?」


――やっぱりこの子か……。

 俺は後ろから視線を戻して開いている手で顔を覆った。


「えと……君が聖の知り合いの……」

 俺の体からひょいと顔だけ出した栄太が俺よりも先に後ろから声を掛けてきた人物に声を掛けた。

「こんばんは。俺コイツの友達の福島栄太。よろしくね」

 そう言いながらいつものキラースマイルを向けている。


――はぁ……こうなったらコイツの思うツボかな……。

 いつものように栄太の笑顔でまずは気を引くことが出来るだろう。

 

――俺の後ろの子達も他の女の子や女性と同様にコイツに気をかれるんだろうな……。

 そんな思いを抱きながら、ツンツンしていた人物に正面を向けるため体を捻って振り返った。


「はぁ……」

 ため息をつきながら後ろに視線を向けると、同じ制服に身を包んだ二人の女の子が、俺の後ろに視線を向けたまま固まっていた。


「あ、あの……」

「…………」

 声を掛けたけど二人から返事が無い。

「あ、あの、小松さん!?」

「え、あ、はい……」

 少し大きな声を出した俺に、ビクッと肩を揺らしながら顔を俺に向けて返事を返してきた。


――あれ?


 俺は違和感を感じていた。いままでこのコンビで出会ってきた女性達は先ほどの栄太の挨拶と笑顔で瞬殺されてきたんだけど、目の前にいる小松さんは驚いて少し引いているみたいだし、一緒にいる子に関してはいぶかし気な視線を俺と栄太とを交互に行ったり来たりさせている。


「こんばんは小松さん。ごめんね驚かせちゃって」

 気まずい空気を読んだ俺が、なるべく優しい声色で小松さんに声を掛けた。


「あ、はい。こんばんは宮城さん」

「今こいつも言ったけど、一緒に来たいっていうから連れてきちゃったんだけど大丈夫かな?」

 頭をポリポリときながら声を掛けた。

「大丈夫です……私も……友達と一緒ですし」

 そう言うと小松さんの隣でだまっていた女の子が小松さんを自分の後ろにかくまうように一歩前に出てきた。


「初めまして!! 私はこの子の友達で長尾春奈ながおはるなと言います。で、その……宮城さんでしたっけ? あなた方はこの子とどういう関係ですか?」

「関係……かぁ……」

 自分の名前を名乗って俺を見ながら聞いてきたその言葉は、俺にだけじゃなく俺達二人に向けて放たれたものだと理解した。

「えと……」

 俺がその疑問に答えようとした時、小松さんがグイっと長尾さんの体をすり抜けるようにして前に出て来て俺の前に背中を向けて立った。


 そして――。


「あのね春奈!! 宮城さん()私の大切な人なんだよ!!」



「「「え!?」」」

 俺達はその言葉で固まった。



 聞いた瞬間から頭の中が思考停止に陥った。それは俺だけじゃなくて他二人も固まっている。俺と長尾さんの間にいる小松さんだけが、未だにオロオロとしているのは言葉発したからではなく、たぶん先ほどの俺達に対する長尾さんの言葉を気にしての事だと思う。


「ち、ちょっと由衣、今の言葉どういう意味よ!?」

「へ? 今の言葉って?」

 詰め寄られる小松さんの頭にははてながかなり飛んでいる感じ。自分が何を言ったのかまだ理解していない。


「あなた……天然?」

「ち、ちょっと失礼じゃない?」

 目の前で繰り広げられる女子高生の黄色いやり取り。俺は先ほどの言葉のおかげでまだ思考停止中。隣の栄太はニヤニヤしながら俺を見ていた。


「良かったな聖」

「え!? あ、いやそんな意味じゃないと思うぞ……たぶん」

 ぼそぼそと俺に向かって話す栄太に、彼女達の方を見ながら少し残念そうに答えた。


――残念? 果たして俺はそんな事を思う資格があるのか?

 そもそも俺は彼女にとってただの本の話ができるオジサンでしかないのではないか?それなのに残念だなんて思うこと自体が、思うこと自体が……今の世の中的にも社会的にいけない事なのではないだろうか……。


「お前……変な事を考えているんじゃないよな?」

 急に真面目な顔をした栄太が片方のまゆをキュッと上げて俺の横顔をじっと見ている。

「変な事って何だよ?」

 コイツがこういう表情をするときは真剣な時だ。昔からの付き合いなんだからそれだけでわかる。でも心の中を見透かされているような気がして、素直に返事できなかった。


「あの……そろそろ座りませんか?」

 先程まで二人でキャーキャー言っていた二人が、顔を近づけ合い何やら内緒話ないしょばなしをしていたかと思うと、ホホをちょっと赤く染めた由衣が俺達二人をのぞき込むように話してきた。


――二人で何を話していたんだろう?

 気にはなるけど、それを直接聞けるほど俺はまだ仲が良いとは言えない。仲が良くても聞く事はしないだろうな……。


「ねね、何話してたの?」

「おおい!!」

――聞く奴がいた!! 

 栄太は俺の考えなどお構いなしに切り込んでいた。


「え~と福島さんだっけ? ちょっと軽そうな人だね?」

「そんなことないよ春奈ちゃ~ん」

 長尾の言葉に反応した栄太が俺とすれ違うように前に出た。その時ちょっと肘で押された。しかも男のウインク付きで。そのまま奥の本棚の方へと長尾を連れて歩いて行った。


――あいつ……らしいな。

 なんだかちょっと嬉しくなった。その場に残された俺達二人は少し時間を空けて顔を合わせると、どちらからともなくクスクスと笑い合った。


「座ろうか」

「あ、はい」

 いつもの席が空いていることを確認してそこまで移動し、机の上に荷物を置いた。するとそれが当たり前化のように由衣が俺の方を向いて座った。


 前髪をいじりながらホホを染めている彼女がなんだかかわいいと思った。

「あの……さっきの言葉ですけど……」

 彼女から発せられた言葉にそれ場でほっこりしてきた気分がサッと引いて、急に現実に引き戻されるような感じがした。

「その……」

 言いにくそうに言いよどむ。

「いいよ……分かっているから。俺みたいなオジサンに簡単にあんなこと言っちゃいけないよ」

「っ!?」


 

複雑な表情を俺に見せた後で、彼女はそのまま俯いてしまった。




お読み頂いた皆様に感謝を!!


ちょっとドキッとしてしまう言動。

それがどんなに年が離れていても異性からだったら気になっちゃう……


そして現実に引き戻される感じ。

どうしようもなく寂しくなっちゃう瞬間ですかね。

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